第21話 平穏な日々のあと
フレイアの部屋に、キース王子がよく遊びに来るようになっていた。
「フレイア、ほんをよんで!」
絨毯の上に座り王子をひざに乗せて、絵物語を読み聞かせてあげたり、異世界のおとぎ話をしてみたり。時には王者の心得や帝王学のさわり、空に雲ができる理由、虫の名前、石の種類、この国の歴史。王子の興味に次々とこたえてみせた。
今まで我儘三昧だった小さな王子が、進んで楽しみながら学んでいく姿勢を見せる事に、国王と王妃も喜んでいるとディルクは聞き及んでいる。
いっそのこと王子の教育係もいいのではないかという話さえ出ていて。異世界人でありながらこの国の文化に対する教養も深いし、異世界の知識も豊富だから、適任にも思えた。
「ぼく、おおきくなったら兄上みたいに、いせかいじんのフレイアをおよめさんにするから、それまでだれとも、けっこんしちゃだめだよ!」
等と言い始める始末。微笑ましい光景だった。
フレイアは幼い王子を優しく撫でながら、年が離れすぎててダメですよ、でもありがとう、と笑いながら言う。小さい子をあやしていると、見た目の幼さが消え去って暖かな陽だまりそのもののように見えた。
いい母親になれそうだなと、ディルクの監視の目も眩しくて緩む。
アリステア王子は相変わらずフレイアを認めていない。未だに”異世界人の女”呼ばわりで、彼女を知ろうともしない。キリカ妃の死で頑なに、視野が狭くなっているのは、王者としてどうなんだろうか。むしろ幼いキース王子の方が、人を見る目があるのではないかとディルクには思えてしまった。
監視者としては正しくはないのだけど、ディルクは、フレイアと言葉を交わす事が増えていた。
「私、この国で役に立てる人になりたいんです」
暇さえあれば勉強に邁進する彼女に、彼が問うた時の返答である。
「今、私がこうやって大切にされるのは、先に異世界から来た人がこの国で異世界人は悪い人間ではない、むしろ役に立つという事を示してくれたからだと思うんです」
大切にされるのは、フレイアの人柄が大きいとディルクは思ったが。
「だから私がちゃんとすれば、これから訪れる異世界の人も、より受け入れてもらえるのではないかと思って」
綺麗ごとだったが彼女が言うと、それは確かにあるかもと思えてくるからなんだか不思議だ。
もう少しで謹慎期間が終わる。この監視の仕事がもうすぐ終わってしまう事を、緑目の騎士はひどく残念に思う。
乗り気ではなかった仕事だったが、こうやって時折彼女と会話をする時間が、彼にとって癒しの時間にさえなっていたという。
とある夜から異変がはじまった。
黒い、いくつもの手が、いつまでも自分を追いかけてくる。逃げようとするけど足が痛くて走れない。その足にも、何かがまとわりついてくる。
逃げても逃げても、ずっと追いかけてくる闇が怖くて、早く逃げたいのに。体が思うように動かなくて、闇に取り込まれそう。
激しくゆすられて、フレイアは目を覚ました。
心臓が激しく踊っている。汗をじっとりとかいていて、夜着が重い。
フレイアを揺り起こしたのは、ディルクだった。
「大丈夫ですか」
「ありがとうございます、ディルク様」
先日、自己紹介をしてからは名前で呼んでいた。様付けなのが彼にはくすぐったいが、騎士団員は友人という一人を除いて、様付けで呼んでいるようだ。
少女は体を起こすが、とても苦しそうに見えた。
「すごく、怖い夢を見ていたみたいです」
目を覚ますと夢の内容はすっかり忘れてしまったが、あれは本当に夢だったのだろうかという不安もある。とてもリアリティがあった。
ディルクは心配していた。部屋の外に控えていても聞こえるほど、苦しそうで辛そうな声だった。呼ばれてもいないのに女性の部屋に入るのは抵抗があったが、起こさないとまずいと思うほどうなされていた。
今はまだ深夜である。
枕元の水差しからコップに水を移し、手渡す。
水面が揺れて、かすかにふるえているのがわかって。
「いったん外に出てますので着替えてください」
汗で濡れて夜着が透けそうになっていて、目のやり場に困るし、体が冷えてしまう。着替え終わったのを確認して、ディルクが部屋に戻って来ると、少し躊躇しつつではあったが、自ら申し出る。
「今夜はここで控えていますから、もう少し眠ってください」
そばに人がいる気配に安心したのか、しばらくすると静かな寝息を立て始めた。これを報告するかどうか、ディルクは悩んでいた。
監視のためにそばにいたのに、今は護るためにいる気分でいる。
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