第五章 失われた過去の残照
第19話 昔話1
昔、小川にかかる小さな橋の上で二人の男女が出会った。
女は小さな宿屋の一人娘。
男は高位の魔導士の家系、大貴族の跡取り息子だった。
恋に落ちた二人だったが、身分の壁を乗り越えられない事をお互いが知っていた。
歴史ある家業を思うと、駆け落ちして家族を捨てる事もできず。
もし五十年後、これから出会う連れ合いをお互い失って、一人になってから再会できたなら、今度こそすべてを捨てて一緒になろうと、長い長い時間をかけた約束をした。
運命の神は二人を再び出会わせた。五十年前の約束が果たされる。
二人は娘の宿屋を終の棲家とし、静かに余生を送る。
ある日金色の小麦畑に、心も体も限界まで傷ついた少女がうずくまっていた。この世界の娘でない事は一目見てわかった。国の取り決めに従って登録申請をしたが、時の局長は少女をそのまま二人に預ける事を決めた。
男は引退したとはいえ魔導士だったから、その魔法の力を使って少女の傷を癒す。
体の傷がふさがっても少女は毎夜泣き叫び、暗闇を恐れて震えて苦しみもだえる。
考え抜いた魔導士は、少女の記憶を1つずつ鍵をかけて封じる事にする。少女が夜眠れるまで記憶を閉じ込め続けた。
少女が恐怖に泣かなくなった時、彼女の記憶は何ひとつ残っていなかった。
男の子だったらエリーアス、女の子だったらフレイア。
もし普通に結婚できて子供が生まれたらそう名付けたいと、叶わない夢をかつて語り合っていた二人は、少女にフレイアと名付けた。
空っぽになった少女をもう一度、自分たちの子供として慈しみ、育てなおす。年齢からいうと祖父母という年の差だったが、お父さん、お母さんと呼んでくれて。
女の子はたくさんの事を吸収して、どんどん心を育てやがて二人の生きがいに。
季節が二周したその年に、夫人が亡くなった。
少女にたくさんのぬくもりと愛の記憶を遺産として残して。
それほど月日をおかず、老魔導士も倒れた。
愛娘を死の際の枕元に呼んで、同じ言葉を何度も復唱させる。
「わたしは 負けない わたしは 強い わたしは 死なない わたしは 生きるわたしは 戦う ……」
エリセが連絡を受けて老夫婦の家に到着したとき、少女は永遠の眠りについた老人の傍らで静かに涙を流していた。
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