第18話 監視の騎士


 フレイアは小柄である。幼顔という事もあり、実年齢よりも若く見られている。本人に記憶がないため、登録簿でも”正確な年齢は不明”と記載されているが、この世界に来た時の外見と今までの滞在年数を足して、おおよそ十八歳か十九歳とされている。


 コーヘイは特別に低身長ではないが、鍛えても筋肉が大きくなるわけではなく引き締まって行くので、一見すると小柄な印象を受ける。顔立ちもどことなく少年のままという感じで、二十四歳という年齢を訝しむ者もいる感じだ。


 男女そろってこの方向性という所から、おそらく人種的・民族的特徴なんだろうというのが周囲の見解である。



 季節は冬に向けて舵を切ったらしく、少し冷たい風が吹いていた午後。

 フレイアはこの童顔のために、シェリと頭を悩ましていた。

 

 私服が少ないからとシェリが買い足してくれたのだが、着やすくて動きやすく小柄な体型に合う服は子供向けのデザインが多くなってしまう。


「もう、このままでいいんじゃないかしら~」


 シェリがついに音を上げた。


「おかしくはないのよ~、おかしくなさすぎておかしいっていうか……」


 十四歳の少女ファッションが違和感なさ過ぎて、もういっそのこと、十四歳って事でいいのでは!? というレベルである。


 今までになく子供っぽい自分の見た目を気にするというところに、年頃の女の子らしさを感じてシェリは嬉しかった。わいわい服の組み合わせを考えたり髪型を変えたりという女子同士の楽しみが共有できたし、同僚ではなく友達同士という雰囲気のこの時間がすごく楽しかった。


 シェリには他にも友人がたくさんいるが、フレイアは特別だった。妹のようでいて、大人びた物言いは姉のようであり、慈愛に満ちた態度は母のようであり。


 同じ時間を共有するのが心地よく、いつまでもこのままでいたい。

 久々の非番に遊びに来てしまったのも、このフレイアの醸し出す雰囲気に浸りたかったからだ。




 シェリが帰ったので、フレイアは借りていた本を図書室に返しに行く事にした。

 ドアの外には一人の騎士が控えている。彼は監視のために配置されていて、所属は王子の近衛兵だという。


 当初は警備隊から派遣されるのではないかと、セリオンもそのつもりで人員の選定を行っていたのだが、王子の連れて来た騎士団員が現在は城内での直接の担当箇所がないため人員があぶれているという。


 仕事がないよりある方がいいだろうが、こんな自分の監視をさせるのは気の毒だとフレイアは思っていた。


 なので必要以上に出歩かず、部屋の中で大人しくしている。退屈だが、ウロウロしていると監視の人も疲れるだろうという彼女らしい気遣い。


 いつも騎士に対して、ご苦労様という気持ちで丁寧に接する。

 今日も扉を開けそれに騎士が反応したら、まず声をかける。


「これから図書室に行きますので、お付き合いよろしくお願いします」


 この担当騎士がそれに何の感情も表さないが、彼の胸中は複雑。

 わざわざ行先を告げなくても、部屋から出れば勝手についていくだけなので問題ないのだが、騎士の方からするとこうやって報告をしてもらえるとその心づもりでついていけるので、監視はしやすい。

 あの宗教団体の狂信者と付き合いがあった女の監視と聞いていたので、最初はかなり警戒していたのだが、そんなものと関わりがあったのが信じられないほど清廉とした雰囲気があって意外に思っていた。


 自らの近衛を監視につけると言い出したのは王子だ。愛する妃の命を奪った教団と関わりがあった女。魔導士団の団長が何を言おうと、警戒心は消えなかった。


 実はこの騎士、仕事にあぶれた者ではない。亜麻色の髪にエメラルドのような深い緑の瞳を持つこの男、名をディルクといい、王子と騎士団長が信頼を寄せる近衛の中の隠し玉。一般兵のようであって、情報収集能力に長け、秘密裡に城内外の不穏分子の調査を行う諜報活動の天才。

 他にも数人の交代要員がいるが、すべて王子が厳選した優秀な監視者だった。正直なところ、こんな娘にまるで敵のスパイの疑いがあるような人物につけるような監視体制は、使命を受けたこの男にも不要に思えた。


 特に自己紹介をしなかったので、フレイアはディルクの事を「騎士様」と呼ぶ。そんな今日の彼女は、突然に何かを思い出したように足を止めて振り返る。


「騎士様、変な事をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 いきなりだったので、ディルクは一瞬怯んだ。自分の立場を気づかれたのか? 等という事も思い浮かび、いや、自分はただの一般兵にしか見えないはずと思いなおす。


 少女は言ってはみたものの少し躊躇したようだが、おずおずと質問を口にする。


「あの、この服おかしくないですか……」


 予想の斜め上の質問に、返事に窮する。


「とても可愛らしくてお似合いですが」


 可愛い、似合う、という言葉が陳腐だと思ったが、それ以外は言葉が出てこなかった。可愛いものが似合うと言われた事に、フレイアは喜んでいる風ではなかった。


「着なれないので恥ずかしくて」


 少しがっかりしたようである。制服がズボンだったので、スカート自体も着なれないのだ。フリルのついた膝丈のスカートに、厚手の黒いタイツなのもあって、随分可愛らしく見える。実を言うとディルクはこんな感じのお人形のような服装の女の子が好みだった事もあり、その態度を見せられて少しドギマギしてしまった。


 てくてくと、何事もなかったように再び歩きはじめた彼女の後ろをついて歩いてみると、歩き方もいかにも少女といった感じで可愛らしいと騎士は思いつい見とれてしまったりも。


 しばし歩いていると、前方から女官たちの黄色い歓声が聞こえてきた。

 何事だろうという顔を少女がしていたので、聞かれてもいないのにディルクは言ってしまう。


「この時間ですと、王子殿下が中庭で鍛錬中なのでしょう」


 第一王子アリステアは、女性たちが夢見る王子様イメージ通りの男性だった。金髪碧眼の麗しい容姿、決断力があり臣下からの信望も厚い。

 剣技の腕もなかなかで魔法も同時に扱えるため、魔法剣士としての評判も高い。


 今日の鍛錬の相手は、これまた女性に人気の警備隊員のレオン。悪魔的美貌の黒騎士と、金髪碧眼の白い王子との対戦は、女性たちを熱狂させるのに十分だった。


 しかしフレイアは歩みを止める事なく、中庭を見下ろせるバルコニーを通り過ぎようとしていた。


「ご覧にならないのですか?」


 ディルクは驚いて、また聞かれてもいないのに言ってしまう。

 フレイアこそ驚いたような表情を浮かべ、ディルクの顔をじっと見る。そして、ああ! と閃いたようにほほ笑む。


「少し見学させてもらいましょうか」


 自分が見たいわけではなく、傍にいるこの騎士が自らの主君を見たがっていると判断したようだ。


 女官たちの塊を避けて、バルコニーの隅に立って中庭に目をやる。

 近くからは、カッコイイ、こっちを見て、すてき、などというような軽やかな声が上がるが、この少女は真剣に見学を始めていた。

 やっと口を開いたと思えば


「お二方とも、素晴らしい太刀筋ですね」


 である。


 鍛錬が終わったようで女官たちが近くの階段を駆け下りて行き、タオルや水を差し入れに殺到する。


 レオンが最初にフレイアに気付き、軽く手を挙げる。

 フレイアは小さくお辞儀をして応える。

 続けて王子と目が合う。王子からは敵意ある鋭い視線が投げかけられた。少し怯んだが、こちらにもお辞儀を返した。


「騎士様、そろそろ参りましょうか」


 気を取り直して図書室に向かった。





 その夜、ディルクは王子と騎士団長を前に報告を行う。


 騎士団長ヘルは、精悍な顔立ちの貫禄ある顎髭を持つ、五十歳のベテラン騎士である。幼い王子アリステアに剣の手ほどきをした、剣術の師でもあった。


「同じ異世界人とはいえ、我が妃とは似ても似つかない凡庸な女だ」


 昼間はじめてフレイアを見た王子の感想である。


 目を閉じれば今も、眼裏に浮かび上がる、天真爛漫な美しい女性の姿。自分を愛し支えてくれた魂の伴侶。あの女性を超える人にはもう出会えないだろうと思う。思い出の中で茶色の大きな瞳が、今でも自分を見つめ返してくれる。

 王太子としていずれ新たな妻は娶らねばならぬが、生涯忘れられぬ恋に苦しむ覚悟が必要であった。


 今も時折、血にまみれた花嫁の冷たくなりゆく体を抱きしめ、無力さに嗚咽を漏らす夢を見る。

 ほんの数分目を離しての惨劇であった。悔やんでも悔やみきれない。

 あの素晴らしい彼女と、他の女を比較する事さえ許しがたい感情であった。


「キリカ様は本当に美しくあられた、心も、お姿も」


 重々しく団長のヘルは王子の心情を慮って言う。この騎士団長も、かつては異世界人の女に恋する王子を叱りつけたりもしたものだが、一本気なアリステアに感化され、今では王太子妃としてキリカを認めていた。


 ディルクは今は亡き女性と比較されて悪し様に言われるフレイアを、少し気の毒に思う。確かに特別見目麗しいわけではないが、礼儀正しく慎ましい女性である。言葉の端々に知性が感じられ、気遣いも素晴らしい。時々子供っぽい仕草と表情を見せる事があって、まだ成長過程であるとも感じられた。


 キリカ妃はぐいぐいと人を引っ張って行く覇王の妻だったが、フレイアは後ろから支える賢王の妻にふさわしい感じだ。そもそもタイプが正反対なのだ。比べる方がどうかしていると、ディルクは少し腹を立てている自分に驚いた。


 報告には自分の感情はさしはさまず、今日はどういう行動だったか、どういう態度だったかという事実だけを伝えた。


 更に城下の部下からの報告として、王子に注意を促す。


「帝国の不穏分子が、どうも王都に入り込んだようでございます」


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