第17話 処分
フレイアの処分が決まった。
三か月の謹慎。
城内で与えられる居室への軟禁となり、部屋から出る場合は必ず監視の騎士を付ける事となっている。城外への外出は禁止だ。
いくつかの課題が与えられ、この期間に指定された勉強とスキルを身につけよ、という指示も出ていて、遊んでいても良いという感じではない。
エリセは部下の管理不行き届きで減棒処分、セリオンは同じ賊に二度の城敷地内侵入を許した咎と、同じく部下の管理不行き届きがあったが、今のところ何も処分が下りていない。
「まぁ、おそらく次の戦いの従軍は確実だな」
風呂上りの濡れた髪をわしゃわしゃと音を立てて拭きながら、それもいいだろう、前線で戦うのは嫌いではない、とでも言いたげだ。
コーヘイの謹慎は一日で解かれて、その後は特に何もない。
ベッドの上に仰向けになり、黒髪の男は枕を意味もなく揉んでいる。
「そうなったら、優秀な部下を選んで連れて行かねば」
「一番優秀な人材を選んでくださいね」
その言葉に真意を測りかねて、セリオンは続ける。
「お前は絶対連れて行くからな」
「置いていく、って言ったら、この枕をぶつけていましたよ」
コーヘイは枕を構えて、投げる仕草をし軽やかに笑う。
「危ない、俺は答えを間違えると殺される所だったのか」
軽口を言い合える心地良い関係だ。
たくましく、頼もしくなった。
判断力もあり、行動力もある。
今ではもう、手放せない相棒に成長していた。
当然のように、今なお同室のままである。
魔導士団の構成は、戦略的要因からあまり公にされていないが、団長以下四人の副団長がいる。それぞれ治癒、封印、攻撃、防御の専門家からなる。
謹慎の開始前日、フレイアは呪術師と関わった影響を調べるという名目の、治癒の専門である副団長の一人、カイルの診察を受けた。
無理をしたのだろう。痛みが出ている様子を、尋問時にセトルヴィードが感じ取り密やかに手配したのだ。
鉄仮面の団長を破顔させた面白い娘と聞いていたから、カイルは大変興味深く思っていた。会ってみたいと思っていたから、嬉々として引き受けた。
診察の後、忙しいはずの魔導士団の団長が、わざわざ結果を聞きにきたというのも、カイルは面白かった。二人は幼馴染であり、随分と古い付き合いで気心の知れた関係。あまり横のつながりのない魔導士団にあって、二人は仲が良いといってもいいが、真面目一辺倒のセトルヴィードにカイルが一方的に茶々を入れている関係だろうか。
優等生を絵にかいたような高位魔導士を、カイルは前々からなんとかしたかった。最高位という重圧の中で、責任感で力を求めるだけの姿勢では、いつかポッキリ折れてしまうのではないかと心配もある。
治癒術師としては、精神面の支えの存在があったほうがいいと見ていた。
先代団長も、稀代の大魔導士の誉れ高い人であったが、秘めた心の支えを持っていたという。
魔導士は孤高であればよい、というものではないのだ。
「何故そんなにもったいぶっているのだ」
紫の瞳が抗議の目を向ける。カイルの紺色の瞳が受けて立つ。髪も紺色に近い黒だ。遠目には黒髪、黒目に見えるかもしれない。
「何でそんなに急いで知りたいんだ」
からかうように言うと、銀髪の魔導士がいつも以上に冷ややかな表情を見せたので、慌ててカイルは説明を始めた。
「痛みの原因は簡単だ、術がほころんでる」
「かなり、腕の良い治療に見えたが」
「治癒術は良かったが、どうも成長期の存在を忘れて処置したんだな」
「成長期」
大真面目に復唱するこの国の最高位魔導士が、なんだかかわいく見えて来る。
「成長に術が追い付いてないんだ。傷を消す処置もするなら、成長期が終わってからがいいな」
「まだ育ちそうか?」
カイルは沈黙する。
変な間が生じた後、首をかしげながら紺色の髪の魔導士は口を開く。
「胸は、成長期が終わっても育つ余地はあると思うぞ?」
「身長の話だっ!!」
◇◆◇
「三か月って半端じゃないか?」
マンセルはいつものように、だらしなく座って、椅子をきしませている。
じゃあどれぐらいが妥当なのか? と言われるとわからないが。
この男は、あれ以来めっきり遅刻癖がなくなったが真面目に働くかというと、また別だ。
「登録局の評判の回復にかかる日数、にしたら長いかな」
ローウィンは書類を書きながら答える。
実は登録局の評判もフレイアの名誉も早々に回復していた。
やはり魔導士団のトップがフレイアを事件と無関係と判定したのは大きい。処分は職務放棄、いたずらに世間を騒がせた罪、という感じに落ち着いた。
事件の被害者の家族からも、フレイアはそんな事をする人ではないという減刑の陳情書が次々と送られてきたのも影響しただろう。
「なんだか三か月って、長すぎる気もしてきた」
扉が開いて、シェリが戻ってきた。宿舎から城内への、フレイアの引っ越しの手伝いに行っていたのだ。
「物が少なすぎて、疲れもしませんでした~」
フレイアの私物は少ない。この世界に来て年数が少ない事もあるが、それほど物を買う事もなく、ほとんどの時間を局員の制服で過ごしているから、私服も少ない。本も図書館で借りて過ごしていたから、私物の本すらない。
眼鏡を拭いていたローウィンが、かけなおしながらふと思い出す。
「そういえば、あの子がアクセサリをしてるなんて初めて見たな」
いつからか小さなメダルのついたペンダントを身につけるようになっていた。おしゃれのために、という付け方ではなかったようだが。
「もしかして男にもらったのかなー」
自分も何かをあげれば使ってくれたのかな?とも思う。でも理由もなく渡しても断るのがフレイアだった。誕生日や記念日でもあれば、渡しやすいが、彼女にはそういうものがない。この世界に来た記念日、というのも変だし。
「あの子が男性からプレゼントをもらうだなんて~、まったくそのイメージわかないです~」
シェリもあまり、色恋に盛り上がる方ではないが、フレイアは異性への意識というのが欠落しているような気がする。男に対しても女に対しても、態度が一貫しているというか。そもそも性別、というものを意識してない。
顔の美醜も全く関知していないようにも思える。美しい物を美しいと感じるようだが、その美しさを傍に置きたい、自分の物にしたいという欲求もないようだ。シェリでさえカッコイイと思う人は城内に何人もいるが、フレイアが目で追ったり、ついぞ頬を赤らめているなんて姿は見たことがない。
ローウィンも少し、それに関しては思う所がある。以前フレイアの自殺を心配したが、あの娘には執着心がない。どんなに素晴らしい物が存在しても、それは自分の人生には関係ないものとして接しているという感じがする。
自分の命さえも簡単に手放してしまいそうで、危なっかしい。
エリセも願っていたようだが、フレイアに好きな人でもできて、この人のために生きていける、この人のために生きていきたい、という存在に出会えればいいのだが。恋愛感情は、生への執着につながる。
残念ながらマンセルは、その相手になれそうにないが。
同郷のコーヘイに対しては、他の誰に対するよりも特別な反応があるが、こちらも今のところ恋愛感情という様子ではない。元の世界の話題が共有できる相手、という形の特別さでしかなさそうだ。
「三か月制服が使えないから、私服が少ないと大変よねえ」
自分では絶対に買いに行きそうにない。だからと言って買ってあげても受け取る気もしない。
「何気にあいつ、喜ばせようと思うと結構、面倒くさいよな」
素直に受け取って喜んでくれるなら、とても楽なのに、と思う。
シェリがマンセルを日誌の角で殴る。
「あなたは~、そういう事言うからモテないの~よ~」
貸すにしても、エリセやシェリの服はサイズが合わないし。
ローウィンは二人のやり取りを、年長者らしく見守っていたが、埒があかなさそうなので、とっておきのアイデアを提供する事にした。
「謹慎中用の制服として、似合いそうなのを数点、局の予算で買えばいいんじゃないか? まだ局に籍があるから経費で落とせるぞ。たくさんは無理だが」
マンセルとシェリが、びっくりした顔でローウィンを見る。
「あっ、おれんちの実家の店で買ってね!」
間髪入れずに言う、商売に余念のないマンセルであった。
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