第四章 罪と罰

第15話 神の声と呪術師


 書類を取りに戻ったフレイアが、書庫に戻ってこないという報告を巡回から戻ったコーヘイは受けた。宿舎、局の方に赴いたが姿がない。


 マンセルとシェリと共に、もう一度フレイアが通りそうな通路を歩く。


「護衛を付けなかったのは迂闊でしたが、フレイアさんが一人で歩くなら、人通りの多い道を選んだと思います」


 付き合いも長くなり、コーヘイはフレイアの性格をよくわかっていた。


「フレイア~」


 泣きだしそうな声で、シェリは同僚の名を呼ぶ。

 マンセルとコーヘイはまだ冷静だ。


 キョロキョロとしていたシェリが真っ先に、不自然に開いた扉を見つけた。掃除道具等を入れてある倉庫だが、大掃除の時でしかこの場所の道具は使わない。


 そっとのぞき込むとフレイアのハンカチが落ちており、ハンカチにも周辺にもわずかながら血痕が散っている。

 シェリは真っ蒼になって倒れそうになるが、コーヘイがそんな彼女を支えながら言う。


「出血量は大した事ないです、彼女は無事です」


 今は、


 だが。その言葉は飲み込む。


 床に埃を指で拭って、何か記号が書かれている。

 マンセルには何かわからなかったが、コーヘイは理解したようだ。


 彼らはフレイアを探し、城の出口付近まで行くと警備隊と警ら隊がもめている様子が目に入った。


 警ら隊が異世界人連続殺人事件の容疑者としてマークしていた少年と、登録局の局員が一緒に出ていくのを見たという。警ら隊は、登録局の調査をさせろと食い下がっていたのだ。物陰からその様子をうかがう。


「うわ、まずいな」


 マンセルも顔色を悪くする。

 フレイアは脅されてという感じではなく、自分の意思で連れ立って歩いて行ったようだった。


「あの殺人事件には、登録局が関わっていたと我々は判断する!」


 強い口調だ。


「警ら隊に見つかる前に、フレイアさんを見つけないといけませんね」


 コーヘイはぐっと、剣の柄を握る。


 見つかったら、この勢いでは問答無用で逮捕されてしまいそうだ。警ら隊も功を焦っている様子。おそらく王子が滞在中に、妃を殺した犯人一味が未だ暗躍しているなど、知られるわけにもいかないのだろう。


 コーヘイは警備隊の制服の上着を脱ぎ、袖を腰に結んだ。城の外は警備隊の管轄外だ。警備隊員として出るわけにはいかない。

 

 シェリは血を見た事や警ら隊の様子を見て、心配が突き抜けて具合を悪くしてしまったので、フレイアの捜索にはローウィンに交代で加わってもらった。物理的な戦闘では心もとないが、防御魔法や治癒魔法は扱えるし弁が立つ。理論的な交渉ごとでもあれば相手を論破する事もできるだろう。


「フレイアの居場所、何か見当がついているのか?」


 ローウィンが問う。

 

「フレイアさんが床に書いていたのは、地図記号です。このあたりの重要港……輸入品等の取引の多い港はどこですか?」


 フレイアが床に書いていたマークは、いわゆるイカリマークだ。だが、横線が一本多い。これは漁港や地方港ではなく重要港の印。

 マンセルはふと、使用人に命じた調査の結果を思い出す。


「そういえば輸入品を扱うソンドワ港に、変な倉庫があるんだ。この間見せた方位磁石ってやつを、売っていた奴の後を付けさせたらそこだったんだが、警備が物々しくて近づけなかったらしい」


 三人は頷き合うと、そこに向かう事にした。



◇◆◇



 グリードは通い慣れた倉庫の扉を重々しくあけた。


「名簿、手に入れたよ!」


 グリードが声を張り上げる。

 暗闇の奥からフードの男が前に進み出て来て、明かりの魔法が唱えられたようで、周辺がぽっと明るくなる。


 周囲にはグリードと変わらない年頃の少年少女が十数人立っていたが、表情は平たんで、目に光なく、何も映していないかのようだった。


「随分のんびりしていたな」


 一人の少年が一歩前に出て、手にもっていた物を乱雑に床に投げる。

 その少年はカイトで、投げられたのは六歳ほどの少女だった。

 少女は糸の切れた血まみれの操り人形のように、微動だにしない。

 メアリージェーンであることは間違いなかった。


「まあ、面白いものを拾ってきたようだが」


 不気味な笑みに、フレイアは寒気を覚えた。体中をザラザラした舌で嘗め回されるような、不快感も駆け巡る。


「皆を元に戻せ!」


 フードの男は、わざとらしく大きなため息をついた。


「はぁ……本当にあの英雄の息子なのでしょうかねえ、情けない」


 二人とも睨み合ってる状態が続く。


「人数もだいぶ揃ったし、広告塔はもういらないか」


 フードの男はクックックと、嫌らしい笑い声をあげる。フレイアは思わずペンダントを握りしめた。


「グリード、お前にも術が効けばよかったんだが。どうにも緑目は耐性が強くていかん。このアジトもそろそろ潮時だし、片付けてしまうか」


 男は小さな壷を袖口から取り出すと、床に投げやった。

 壷は軽い音を立て、割れると同時に、中から煙と共に黒い醜悪な塊が現れる。それはオオカミのような形に代わり、こちらに向かって威嚇の唸り声をあげた。


 フレイアはこの世界に来て知った知識を総動員し、それが何か判断した。


「呪術……」


 魔導士は自らの中にある魔力を行使するが、呪術師はその魔力で、魔力を持つ獣を使役する。精霊を使役する者を白呪術師、魔獣を使役する者を黒呪術師という。

 あまりエステリア王国では一般的ではないが、白呪術師は占い師としてとか、施療院等で働いていることもあるが、黒呪術は禁忌とされ、呪術師を重用しているゴートワナ帝国以外、どの国でも危険因子として監視対象である。


 黒い獣はフレイア達にとびかかろうとするが、飛び掛かろうとしては怯み、を繰り返して、一向に襲い掛かってくる気配がない。

 フレイアの握った手の中で、ペンダントのコインがかすかに熱くなっていた。


 魔獣が思い通りに動かず、呪術師は怪訝の表情を浮かべた。


「なんだ?」


 時間がかかる事に苛立ったようで、男が指をパチリと鳴らしすと獣は苦しみながら元の醜悪な塊に戻り、そして灰のようになって消滅した。


 男が手を挙げると、ほとんどの子供たちは闇に溶けるように消えていき、三人だけが残った。カイトもいる。


「グリードを殺せ」


 三人の子供が一斉にグリードに刃物を手にとびかかって来る。

 グリードはフレイアを後方に押しのけて庇うと、ナイフ1本で迎え撃つ。しかし友人を傷つける事などできそうになく、防戦一方で追いつめられていく。

 フレイアは周囲を見渡すと、呪術師の後ろの机の燭台が目に入った。


 足に痛みを感じたが、痛みをねじ伏せて呪術師に向かって走り出し、思いっきり体当たりをした。


「がっ、この、小娘っ」


 掴みかかってくる呪術師に、卓上の燭台を手に取り、目を閉じたまま無我夢中で突き出した。


「ギャァアアアアア」


 狙ったわけではないが、燭台は呪術師の右掌を貫いていて、呪術師は悶絶する。


「はやく、こんな事、やめさせて! やめさせてよ!」


 フレイアはその後は必死に、周辺の雑貨を掴んでは、呪術師に投げつけ続けると、呪術師は腕をあげて顔をかばいながら笑う。


「ば、ばかめ、もう遅いわ!!」


 その言葉に振り向けば。


 グリードは床に伏していて、三本の血塗られた刃を持った、三人の子供たちが虚ろな目で立っていた。

 命令を遂行し終えて、呪術師の操り人形達は動きを止めていた。



 時間が止まったように思えた。

 音が消え、静寂が倉庫を満たす。



 次に時間が流れ出したのは、倉庫の扉が開け放たれ、コーヘイ、マンセル、ローウィンの三人が駆けつけてきた時。


 コーヘイはすでに抜刀しており、この中で一番最初に倒すべき者に目をつけ、殺到する。

 呪術師は身の危険を察知した。


「くそ、絶対にこのままじゃすまさんぞ」


 憎悪の視線を邪魔ものたちに向けて送ると、子供達と共に闇に溶け消えていった。


 完全に気配が消え逃げられた事をコーヘイは悟り、息を吐いて剣を鞘に納めた。

 フレイアは倒れたグリードのそばに駆け寄って、必死に名前を呼ぶ。


「グリード! グリードしっかりして!」


 少年にはまだわずかに息があって、脈動に合わせて赤い血潮が噴き出していた。


「誰か、助けて、お願い」


 見知った顔を見回すが、誰も動こうとしない。治癒魔法を使う気配も、治癒術師を呼びに行くようなそぶりすらないのだ。


 フレイアは制服の裏地を割いて、噴き出す血を抑え込もうとするが、布は一瞬で真っ赤に、重く染まってしまう。


「治療しても、裁判になればその子は極刑だ」


 マンセルが言う。

 状況的に、異世界人殺人にこの少年が関わっているのは明らかだった。

 ローウィンがフレイアに静かに声をかける。


「今ならお前が看取ってやれる」


 コーヘイは何も言えずにいる。何を言っても彼女を慰められない事がわかっていたから。


 フレイアは絶望にも似た表情を浮かべる。

 助けに来てくれた三人から目をそらし、ふたたびグリードに目を向けたが、彼の目は開いてはいても、何かを映しているようには見えなくて。

 フレイアは膝にグリードの頭を乗せ、優しく撫でた。


「……女神さま……僕のために、来てくれたんですね」


 うわ言のように言い終えると、最後に大量の血を吐いて、グリードは息を引き取った。苦しんで、その苦しみを利用され、傷つけられただけで終わった命がそこにあった。


「……っ!!」


 誰も助けられなかった。無力だった。何のためにここに来たのだろう。


 フレイアは泣いた。こんな時であっても、声を殺して泣くのである。無音の慟哭が立ち尽くす三人の胸を締め付ける。


 そこにいくつもの足音が倉庫に殺到してきた。

 警ら隊が駆けつけてきたのである。


 警ら隊の兵士二名は静かに近づくと、おもむろにフレイアの両腕を掴み上げた。

 反射的にマンセルが動くが、ローウィンが手で制する。


「異世界人登録局フレイア、異世界人殺人、容疑者と通じた罪で逮捕する!」


 彼女は静かに従った。


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