第14話 王子の帰還パレード


「隊長に見えますね!」

「それ以上言うと、お前に着せるぞ」


 セリオンが礼服の類を身につけるのを見るのは初めてだった。


 コーヘイは相変わらず、セリオンと同室のままだったが、ここまで来ると、部屋を分けるつもりなど、そもそもないのではないかという気がしてくる。

 

「警備隊の人間が警備もせずに、動きにくいキレイな服を着て、式典に雁首並べて出席しなければならないというのはおかしくないだろうか」

「陛下のそばに、いつものぼろ雑巾を配置するわけにはいかないからじゃないでしょうか? その服で警備する、という感じでは」


 コーヘイも結構、言うようになって嬉しいような悲しいような。


 今では、”爽やかな訓練バカ”、という二つ名まで得てしまっている。かっこよくもなんともない異名だが、本人は二つ名ってだけでカッコイイ! というスタンスだから、手に負えない。


 本来、二つ名がつけられるのは、戦場で本名が敵にばれないようにするためだ。戦場では、役職があれば役職名で呼ばれる。

 名前は魂に刻み込まれ関連付けられるから、高位の魔導士なら相手の名前を呼ぶだけで動きを縛る魔法を使う事も可能だ。王族や貴族はいくつも名前を持ち、家族しか知らない名前もある。魔導士はその恐ろしさをよく知っているから、魔導士団では公式に名前が明らかになってる人間はほぼいない。ほとんどが貴族だから、長い複数の名前を持っているが、それでも隠すのだ。

 二つ名は、役職もなく名前が短い庶民の唯一の戦場での防御方法である。ただしあまりにも膨大であるため、ネタ切れ感がすごい。


 戦場でこいつを呼びたい時、どうにも呼びにくないな……とセリオンは思った。


 コーヘイは通常警備なので、いつもの制服である。


「いつか、お前も着る事になるんだからな」

「結婚する事ができたら、式用に貸してくださいね」

「そんな時でさえ借りて済ますつもりか、貴様」


 ぶちぶち言いながら、宝石のついたカフスを留める。

 白い煌びやかな礼服を着こなしているあたり、セリオンもなかなかの美丈夫に思われた。


「何事もないよう、祈るだけだな」



 今回の式典は、長く王都を離れていた第一王子の一時帰還を祝したものである。妃を失ってから、国境の城に籠っていたが、帝国との一戦もなくはないという雰囲気になった今、一度王都に戻ってくることになったようだ。


 普段は姿を見せない魔導士団長をはじめ、国の重鎮が式典では居並ぶ。

 王子に付き従っている騎士団長ヘルも一緒に戻っているので、王都にいた騎士団員は久々に自分たちのトップを見る事になるのだ。


 騎士団の副団長バートランドと、警備隊総隊長セリオンが国王の後ろに並び立ち、王子を出迎える王を警護していた。

 パレードの警備もあり、騎士団はフル稼働状態。

 街もお祭り騒ぎである。このような盛り上がりは久々だった。


 城内警備はすっかり手薄になっていたが、主要な場所の警備隊員は通常勤務であったし、人通りも多く、それほど危険がありそうには一見するとない。


 フレイアは、警備隊員の最も多い書庫エリアで仕事をしていたが、部屋に持ち帰っていた資料を持って来るのを忘れていることに気付いた。それがないと、次の仕事が進まない。取りに行かなければと、席を立つ。


 念のため書庫を出る時に、行先と要件を近場の詰め所に報告すると警備隊員の一人が護衛を申し出てくれたが、ただでさえ人数がギリギリになっているので、肝心の名簿が守る方が重要だと断った。


 なるべく人通りの多い道順を選んでいた彼女だったが、ほんの一瞬、人通りが切れた瞬間だった。

 扉が開くのと腕が伸びてきたのは同時で、声を出す暇もなく部屋に引き込まれていた。


「名簿はどこにある」


 扉は早々に締め切られ、暗くて見えないが、全身を抑え込まれ、刃物を突き付けられているひんやりとした金属の感触を首元に感じた。

 目を凝らしながら知覚向上の魔法を使う。詠唱がなくても使える簡単なものなので、相手にバレる事はない。

 声が若い、と思ったが、十三歳ぐらいの少年で、緑の瞳に見覚えがあった。手に持つナイフが震えている。


「あなた、……あの襲撃の……」


 力加減を知らない少年は、全力でフレイアを床に押さえつけており、息ができないぐらい苦しい。

 

「交渉しよう、あんたは名簿を渡す。俺達はあんただけは殺さずにいてやる。これでどうだ」

「な……。」


 身をよじり、体の向きをずらしてやっと呼吸ができた。


「何を言ってるの、そんな事しない」


 ナイフがより強く当てられる。

 なぜこの少年は一人なんだろうか、という事も気になった。あの時、何人もいたはずだ。他の場所にいるのだろうか。


「異世界人は殺さなければいけない、一人残らず」


 いきなりさっきと矛盾する事を言っている事に気付いていない様子で、独り言のように彼は言う。


「それが神の意思だ。そしたら俺達は幸せになれる、こんなくそったれな世界じゃないところに行けるんだ」


 自分に言い聞かせているようにさえ聞こえる。

 名簿が目的なら、今すぐ自分が殺される事はなさそうに感じたので、この少年の説得を試みる事にした。怖いとは思ったが、以前はあった殺意を感じないのが不思議にも思える。怯えて、混乱している感覚が伝わってくるからだ。

 言葉とは裏腹に、言葉に乗っている感情は、”助けて”という叫び。

 知覚上昇の魔法は、察する能力も上昇させるのだろうか。少年の気持ちがダイレクトに伝わって来るのだ。


「泣いてるの……?」

「お前、見えてるのか!?」

「こんな事をしないで。あなたの神様は、こんなひどい事をしないと、素敵な場所に連れていってくれないの?」


 少し抑え込む力が緩む。

 犯人は狂信的な信者と聞いていたが、この子はどう見ても信仰心に揺らぎが見て取れた。


「わからないんだ、もう、何も」

「殺しても、殺しても、何も変わらないんだ」

「あんなに殺したのに」

「神様は僕を助けてくれない、なんでまだこんなに苦しいんだ」


 半狂乱ともいえるほど取り乱し、フレイアから手を離したが、ナイフを縦横に振り回し始め、フレイアの腕をかすめる。


「……ッ!」


 咄嗟に彼女が明かりの魔法を唱えると、薄暗いもののお互いの顔が見える程度には明るくなった。

 血がポタリポタリと、音を立てて落ちた。かすっただけと思ったが、結構ざっくりいってしまったらしい。ハンカチで抑えるが傷口が熱い。この熱さと恐怖が重なり一瞬、別の映像が脳裏をよぎったが、頭を振って追い出し今は目の前の事に集中する。


 少年は肩で息をしていた。

 落ち着かせたい、と思った。

 静かにゆっくりと姿勢を整え、床に座った姿勢になった。少年は膝立ちの状態だ。


「あなたの、神様の話を聞かせてくれる?」


 少年は教義を暗唱するように話し始めた。

 フレイアは否定も肯定もせず、ただそれを聞く。


「あなたは、神様のために何をしたの?」


 ビクリ、と体が震えて見えた。


「異世界人を、たくさん、殺したんだ」


「そうしろと言ったのは誰?」

「神様が」


「あなたに直接、神様がそう言ったの?」

「神様の声を聴く神官が……」


 フレイアは腕を抑えたハンカチを外すと、血がにじまなくなったのを確認し、それを床に置いた。

 その動きを少年は見ているだけで特に何も言わない。


 フレイアは少年に精一杯、微笑みかけた。そして自分も膝立ちをし、少年をそっと抱きしめた。身長は同じぐらいだろうか。少年の冷えた体に、自分の体温が吸い取られていく感じがした。


「よく聞いてね」


 少年は返事はしない。


「あなたは私に、何もしてくれていないけど、そんな私でさえこうやってあなたを抱きしめるんだよ。こんなふうに、本当に優れた神様は、あなたの忠誠心を行動で測ったりしない。ちゃんとわかってくれるの。何かをしなければ、幸せにしてくれないのは、本当の神様じゃない」


 少年の手からナイフが落ちる。少年の脳裏には、かつて自分を抱きしめてくれた母の記憶がよみがえっていた。

 フレイアは少年を抱きしめながら話を続ける。


「あなたは、どうしてそんなに苦しんでいるの? 私は神様じゃないから、教えてくれないとわからないの」


 そっと体を離し、少年の頬を撫でてやる。

 何がこの少年を苦しめているのだろうか。


 異世界人を殺した、と彼は言った。クローディアも、もしかしてこの少年に殺されたのだろうか。どんな理由があっても許される事ではないが、フレイアの心は、この少年に何かを見つけてしまっていた。痛々しいほどの孤独、不安、苦しみ、何かを求めてやまない気持ち。考えてもわからない、心の奥底からくる感情が、彼を助けるべきだと訴えてくる。


 少年は要領を得ないが、ぽつりぽつりと語り始めた。


 彼の名前はグリード。

 グリードの父は、宗教団体”エステリアの夜明け”で英雄とされる王太子妃の暗殺者だった。父親が処刑された後、母親と二人貧民街で隠れるように暮らしていたが、母は貧しさから命を落とし、自分は世を呪った。


 同じ貧民街の他の子どもたちと、強盗や追剥、スリをして生計を立てる毎日。

 ある日、戦利品を分配しているところに、怪しげな男が近づいて来た。

 おまえはこの国を悪魔から救った英雄の子だと。

 こんなところでくすぶっていてはいけない、英雄の息子は英雄でなければならないと言われると、その気になった。教義も魅力的、幸せになりたかったから。幸せがどういうものかわからなかったけど、母と暮らした日を取り戻せるような気がした。


 それからは他の貧民街の子と、暗殺技を磨き。自分を英雄の再来として慕う人々が、次々と集まる事に喜びも感じた。


 ある日、仲間の少年の一人、カイトが少年の元に来た。彼にはメアリージェーンという妹がいたのだが。


「俺、妹のためにもう辞めたい。人を殺す訓練なんて怖いよ」

「何だよ、異世界人を殺せば妹も一緒に幸せにしてもらえるんだぜ?」


 説得したが、カイトはその日のうちに神官に抜けたい旨を伝えたようだ。


 だが翌日の初仕事。

 誰よりも刃を異世界人に突き立てたのは、そのカイトだった。

 血まみれのナイフを手に、邪悪にほほ笑む親友の少年。グリードの方を見る。おぞましい寒気がした。

 怯んだグリードにカイトは刃を突き付け、


「神は僕を幸福にしてくれた」


 そう言ったのだ。



 その後次々と仲間の子供たちは以前と変わる表情を見せ、グリードの言葉を一切聞かなくなっていた。

 神官に訴えたが、神官のグリードに対する態度もどんどん悪くなる。最初は部下のような態度だったのに、どんどん高圧的になっていき。

 仲間をもとに戻して欲しいと訴えたが。


「英雄の子とは思えない発言。そんな態度では皆、従い難いという事でしょうねえ。きちんと、英雄の子であるという証明を、そろそろすべきでは?」


 時間までに、名簿を奪って戻らなければ、カイトに妹のメアリージェーンを殺させる、というのだ。


「殺すべきなのは異世界人だろ、なんであいつに可愛い妹を殺させるんだよ、わけがわかんないよ、あいつは一番の友達なんだ」


 ボロボロと涙が止まらない。フレイアはあまりの事に、もう一度、抱きしめる。さっきよりも強く。そして気づく。


「時間っていつまで?」

「パレードが終わるまで」


 フレイアは急いで立ち上がると、近くの窓を開け、硬く閉じられた鎧戸を開ける。光が入ってきてまぶしい。

 遠くから歓声が聞こえる。


 考えている時間はなさそうだ。

 今から自分がやる事は、多くの人に迷惑をかける事もわかってはいた。

 本当はすべきではない、せめて誰かに助けを求めるべきだ。


 だけど相談告する相手を間違えれば、この子が逮捕されるだけだろう。

 

「私を連れて行って。名簿の中身は頭に入ってる。私が名簿よ」


 グリードは、窓から入る光を背にする女性の中に、何かを見た。


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