第9話 銀髪の魔導士
フレイアはまた、魔導士団の下っ端に絡まれていた。城内で働くと、魔導士団との遭遇率も高い。
人の悪し様を言う娘ではないが、さすがにこうも続くとストレスだ。
何を言ってもこれが収まるわけでもないから、相手がある程度の憂さ晴らしを終えて飽きて立ち去ってくれるのを待つしかない。
フレイアがもう少し魔法を使いこなし、ぐうの音も出ないほどに叩きのめせばこの無駄な時間は生じなくなるだろうが、フレイアにはそこまでの魔法の才能はないようだった。
「何をしている」
耐えている少女の背後から重みのある低い声が聞こえた。
「ヒッ」と情けない声を上げる下っ端の視線と同じ場所に目をやれば、豪奢なローブ姿の若い男の姿。年齢はセリオンと同じぐらいだろうか。男性を形容するにはふさわしくないだろうが、美しい顔立ち。女性的ではなく男性なのに美しいという、不思議な魅力を持つ造形。神々の彫刻のひとつに混じっていてもおかしくなさそうである。
派手ではないが縫込みの装飾の見事な裾飾り、質の良い布で仕立ても良い。下っ端共の怯えようから、かなり高位の力のある魔導士であろう。
フレイアは今まで直接会った事はないように思うが、式典であろうか? 肩までのサラリとした銀の髪を、どこかで見かけた事はあるような気はした。
「私らはこれで……」
へへへと卑屈な愛想笑いを見せて、足早に立ち去っていく。その顔は醜悪で、銀髪の男性も嫌悪感を秀麗な顔に浮かべていた。
こうやって誰かに追い払ってもらわないと、下級の魔導士さえあしらえない自分の弱さが切ない。
紫の瞳がこちらに向き、目が合った。
「ありがとうございます、助かりました」
「別にお前を助けたわけではない。下賤なわめき声が耳障りだっただけだ」
そう言いながら、フレイアの方に歩み寄る。
「異世界人か?」
声に憎しみが込められたのを感じ、ゾクりと寒気がした。魔力が多いのであろう、醸し出される圧が少女を圧倒してくる。
異世界人とこちらの世界の人間とでは、見た目上の大きな違いはない。たまたまフレイアのような黒髪、黒い瞳の東洋人の民族的容姿が、この国では異質で、わかりやすいだけだ。
この世界で生まれた人間には多少なりとも魔力が備わっているため、魔力量を把握できる力の強い魔導士が、魔力を全く持たないタイプの異世界人を知覚できる場合はあるが、通常は見ただけでわかるという事はない。異世界人でも魔力を持てる事がある事から、実際に見分ける事は困難といえる。
つまり本人が自分が異世界人であると吹聴しなければ、違和感なく溶け込めるのだ。頑なに隠して生活している者もいる。
登録局でも溶け込むように指導しているし、より早く溶け込ませるためのサポートをしている。
魔導士はみんな異世界人を嫌っていてもおかしくはない。今更だが、フレイアは改めてそう思った。先ほどの下級魔導士より高位な分、憎しみがより強いかもしれない。高位の魔導士とは接点がなく、どう思われているかは判断が難しいが、この男性の様子を見ても好意的に思われていないのは明らかだった。
こちらの世界で黒髪黒目の人間が皆無というわけではないから、異世界人ではないと言い突っぱねれば、この場ではそれで通る可能性もあるが、この魔導士に嘘は通じなさそうにも思え、正直に答えるしか選択肢はないようだ。
「はい」
絞り出して、精一杯の力で返事をする。
ふいにローブの衣擦れの音と共に腕が伸び、長い指がフレイアの前髪をはじき、爪先が額に触れた。思わず体がビクリと震える。先日の襲撃を受けた経験からなのか? このような行動をされると強い本能からくる恐怖を覚える。怯えていることが顔に出ないように気を付けるが、どういう表情をしたらいいのかもわからない。
下品な暴言に耐えている時間の方がマシだったように思える。
「生意気にも魔力があるのか」
更に声のトーンが下がったので思わず一歩後ずさってしまい、背中が壁にぶつかる。間髪を入れず相手も一歩前に進み寄った。フレイアの顔の横をかすめ、壁に若い魔導士の右手が押し付けられる。
身長差があるため、ほとんど覆いかぶさられるような圧迫感があった。
逃げ場を塞がれせめてもの抵抗とばかり、顔を横に背けるが、魔導士の左手は容赦なく顎を掴み、無理やり自分の方に向けさせる。
「逃げるな、もっと顔をよく見せろ」
男はまじまじと、フレイアを観察しはじめた。
年の頃は二十歳に満たないのは明らかだが、黒曜石のような瞳は理知的で大人びて見える。顔立ちは幼く、局員の制服ではなく町娘のような恰好であれば、十四歳と言っても通用しそうだ。
城内の下働きでももう少し化粧っけがあるものだが、全く何もしていないように見える。ほんの少し色を差すだけで化けそうな気もするが。
異世界人と言っても別に変わった部分はない。
顔の造詣ばかりを観察していたが、よくよく見ると瞳がかすかに揺れている。
「私が怖いのか」
もう隠しようがないと覚悟を決める。
「はい……」
怯えを悟られまいと全身全霊で耐えていたがもう限界とばかりに目を閉じ、体を硬くし、腕で身をかばう。
ふいに掴まれていた顎から手が離れ、壁からも手が離れていく気配を感じた。
恐る恐る目を開けると、銀髪の青年は腕を組んで憮然とした顔でこちらを見ていた。
「無力な野ネズミを虐めても、特段面白くはないな」
ぶっきらぼうだが、先ほどまであった口調の強さはなくなっていた。真意を測りかね、フレイアはただ立ち尽くす。壁の支えがなければ、膝から崩れおちそうだ。
最近、異世界人の生意気な女が、我が物顔で城内をうろうろしていると、下位の団員が噂をしていたので様子を見に来たが、取るに足らないただの小娘だった。怯えていることを悟られまいと必死に努力していたのがいじらしくて可愛らしく思ったが、そんな姿を見て悦ぶような性癖を彼は持ち合わせていない。
本気で怯えられた事に、銀髪の魔導士は傷ついた気分になった。
この青年も魔導士らしく、異世界人などいなくなればいいと思うし、いなくてもいいと思う。だが所詮はこの世界では力なき者だ。魔法研究の題材にもならなければ、自分の地位を揺るがす脅威でもない。目障りなら排除するがこの娘は無力過ぎる。子供相手に、大人げない行動をしてしまった。
「名は?」
短く問う。
「異世界人登録局、一般局員のフレイアです」
少女は我に返ったように、間髪を入れずに姿勢を整えて返事をした。
先日、深夜に登録局の女性局員が賊に襲われたという報告を耳にしていた。
――しまった。この娘がそうだったか……。
下位の団員より、質の悪い事をしてしまったと思い至る。
粗っぽく扱って、無意味に怖がらせてしまった詫びはしなければならないだろう。だが今は、自分の前から解放してやる方が先決だと思った。
「もう行け」
ぺこりと随分子供っぽいお辞儀をして、走りだしたいけどそれは我慢、といった感じの速足で立ち去る背中が見えなくなるまでその場で見送った。
「私らしくは、なかったな」
あまり考えたくないが、想像していた異世界人のイメージと違った事に、迂闊にも狼狽えてしまい調子が狂ったとしか思えなかった。想像以上に無力すぎると思えたのだ。
一方的に嫌い続け、異世界人との接触は今までほとんどなかった。
が。
もう少し歩み寄ってみても、いいのかもしれない。
◇◆◇
マンセルは不機嫌だった。
いつもぶーたれながら仕事をしているが、フレイアと会う機会も減り、仕事も忙しい。相変わらず休みもない。
あのバカが持ち物を失うなんてヘマをするからだと、コーヘイに対しての憎しみも沸く。フレイアがコーヘイの前で泣いたという話も思い出し、益々腹が立つ。
だからと言って自分を磨こうとか、それ以上の男になってやろうと思わないのがこの男らしい。ただ、うまい事やりやがってと一方的に妬むだけ。
エリセが聞こえるようにため息をつく。
「わかったわかった、マンセル。今日はもう仕事を終えていい。帰って寝ろ」
単純な事に、それだけで機嫌が直る。
絶対に明日は時間通りにこないというのが明らかなだけに、エリセはいい加減マンセルをクビにしてしまおうかと思っていたりもする。
ただ憎めないキャラで、局のムードメーカーでもある。もう少し自発的に頑張ってくれないかと祈るばかりだ。
マンセルの自宅は城下町の商業区にある。商人の自宅らしく、それなりに豊かな感じのする屋敷。
嬉々として帰宅したマンセルに、使用人駆け寄ってくる。
「若様、お帰りなさいませ! 今日はちょっと面白い物が入りましたよ」
マンセルは登録局で働いているが、商人の息子らしく、今も商売に余念がない。兄が店を継ぐ事が決まり、それに拗ねて局勤めをしているが、フレイアと会う機会も減るなら、店の方に戻ってもいいと思っていた。
エリセの口から解雇の一言がそろそろ出かねないし、父や兄とは違う方向の商売で独立するのも面白いと思い、色々と模索をしているところだ。
使用人が持ってきたのは、見慣れない物だった。
「なんだこれ?」
丸く分厚いコイン状の透明ケースに、薄い尖った板のようなものがゆらゆら揺れている。文字らしき物も書かれているが意味はわからない。
どう使うのか、何に使うのかもわからない。確かに見てる分には面白いが。
「どこから仕入れたんだ」
「最近、輸入品市場に、わけのわからない物が出回りはじめたんですよ。一点ものが多いのが難点ですが、使い道を見つけたら結構売れたりするんじゃないですかねえ」
「最近って、いつぐらいからだ」
「そうですね、今年に入ってからでしょうか。今までも全くなかったわけではないですが、ここんところ多い気がしますね。まぁ用途がわからなくて、値段を下げても殆ど売れていない物も多いようですが」
そういうものはたいてい、異世界人の持ち物の横流しである。
使用人にそれとなく出所を調査するように指示した。
あまり自宅で局の仕事の事は考えたくないが、関係があるなら打てる手は打っておかねばならない。
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