第6話 世界の理論

 コーヘイがこの世界に来て、一か月。


 行方知れずの装備については、未だ解決の糸口は見つかっていない。

 おそらく、国外に持ち出されたのではないかという所で、直接的な調査は打ち切りになってしまったようだ。


 コーヘイはこのことに申し訳なさを感じている。

 元の世界の上官や同僚たちも、銃弾ひとつ無くなるだけでいつも大騒ぎなのに、装備を全部持ったまま行方不明になった自分を、今頃ずっと捜索し続けているだろうなと思うと、胃も痛む。自分のせいではないといっても。

 家族の事も、本当のところを言えば今すぐ会いたい。

 だが、戻れないとされているならこの気持ちには蓋をするしかないとも思った。



◇◆◇



「忙しいよぅ~もう嫌だあああ」


 マンセルが書類を投げ捨てようとしているのを、眼鏡の年配者が腕を掴んで止める。


「子供みたいな事をするでない!」

「だってーーローウィンさん、俺もうこの一か月、休みなしなんですよ」


 登録局、副局長ローウィン。

 彼はこの部署で一番年長の四十七歳。元総務で書類仕事のエキスパートだ。王立図書館での司書経験もある。黒ぶちの眼鏡で几帳面にオールバックになでつけられた灰色に近い銀髪は、絵にかいたような真面目な堅物頑固さを醸し出していた。魔法の腕もなかなかだという。


 今月はコーヘイ以降の登録者はいないのに、この忙しさの理由は、コーヘイの消えた装備のためであった。


 フレイアの機転で、ほとんど時間を空けずに現地調査を派遣する事ができたが、一日以上経てばそれだけで痕跡を追うのはとても難しくなる。


 過去にも嘘の申告が繰り返されている可能性も疑われ、再調査を行う必要が出てきていた。今のところ、コーヘイの持ち物ほど、危険度の高い物はなさそうだが。

 登録局の直接の責任ではないが、異世界人に関わる事はすべてこの部署である、という事で、対応や処理の案件は全部回って来る。


 結果、あれから局員全員が休みなしで奔走する毎日であり、さすがに疲れも出て来てしまった。

 そろそろ交代で休みを入れた方がいいなと、勤務表に目をやる。

 相談業務も少なくない。


 相談にはおっとりした喋り方のシェリ、柔和なフレイアが指名される事が多く、この二人は特に荷重勤務になっていた。

 適当で雑なマンセル、堅苦しそうなローウィン、局長への悩み相談は忌避される傾向が強い。

 二人はとりあえず書類業務から外して、相談業務に専念させる方がいいかもしれないと彼は考えた。


 勤務表を棚に戻して振り返ると、マンセルが机に突っ伏していびきをかいていて、叩き起こそうとも思ったが思いなおし上着を肩にかけてやり、自身は、めいいっぱい濃い茶を淹れ椅子に深く腰掛けて一息つく。



 このような仕事についてはいるが、ローウィン自身は魔導士団員と同様に、異世界人にいいイメージを抱いていない。異世界人さえこの世界に来ていなければ、と思った事件も一つや二つではないからだ。

 歴史の中で、異世界人の技術をめぐって戦端が開かれた事も多い。



 異世界人の話を聞くと、異世界人の世界にこちらの人間が行っている様子はないようだ。なぜこちらの世界にやってくるのか。色々な研究もなされているが、これといって確定的な結論には至っていない。


 以前フレイアと二人の勤務になったとき、この疑問について語り合った事がある。異世界人の存在にはあまり好意的ではないローウィンだったが、彼等特有の思考パターンや考え方は参考になると常々思っていた。

 異世界人がみな優れた思考力を持っているわけではなかったが、フレイアはこちらが思ってもみなかったような視点で物事を語る事があり、問答の時間は価値あるものになる事が多く、今や小娘と侮っていた時期が懐かしいほどだ。



 なお、これと同じ疑問をマンセルにぶつけた時は五秒で逃げられた。

 これに対しフレイアは、五秒考えて仮定の話をした。


 こちらから異世界と呼ぶ世界をアルファ、こちらの世界をベータとする。

 この2つの世界は双子のような存在で誕生。それぞれに科学技術メインのアルファ、魔法メインのベータという役割を割り振り、それぞれの世界を構築するエネルギーは均等に存在するという条件を用意し、そのエネルギーで、人間や動植物の魂を生成する。


 アルファでは個体に魔力的な物が付与されない。

 ベータにはすべてに魔力が付与されるという違いが与えられる。


 そうなると魔力なしの魂より、魔力を帯びた魂の方が、生成にエネルギーが消費される。

 最終的にエネルギーをすべて消費して生成される魂の数に、大きな差が出来てしまったのではないだろうかと。二つの世界は魂の数のバランスを取るために、数の多い世界から引き込むではないか?

 人間が目立つだけであって、実際は虫や鳥、動物、植物等も常に取り込み続けられている、というものであった。

 二つの世界の魂量の均衡が取れた時、異世界人が来なくなるのではないかというものだった。


 魂というのはあくまで説明のために用いられた単位の扱いだが、なんともしっくりと来た。

 フレイアにこの考えに至った理由を聞くと、この国の人口が文化レベルから想定される人口に満たない感じがすること、植物、動物、虫の数も元の世界より少なく感じる事、向こうの世界にある植物や動物と同じ種類がこちらにも存在しているから、と。


 この理論を最初に聞いた時は、舌を巻いたものだ。


 続けて、その理論の穴である「異世界人でも魔法が使えるようになる」理由について突っ込んでみた。この時も少し考えてからの返答だった。


 フレイアの理論はこうだ。


 二つの世界にある魂の構造は全く同じ物であると仮定する。魂には魔力の器があり、アルファの世界は空っぽで常に閉じられている状態。ベータの世界では、その器に収まる分量の魔力が詰められ、開きっぱなしの状態とする。


 アルファの世界の魂も器自体は存在するので、それを開く事ができれば、魔力を貯める事が出来るのではないかと。器が開く事を”覚醒”と捉えてみてはどうかと言う。


 世界に存在する魔力の総量は決まっていて、魔法が使われるたびにそれは器から大気中に放出され、時間をかけて器に戻って行く。この時、異世界人でも器が開いていれば、魔力が蓄積されるという算段だ。結果的にこの世界の元々の魂が保有していた魔力が減っている事になるが、総量として見ると誤差の範囲だろう。少なくとも個人の感覚で把握できるような差異にはならない。

 アルファの世界にいる段階で”覚醒”している人もいるかもしれないけど、器に溜まるべき魔力が大気中に存在しないため、アルファでは魔法が使えない、というのはどうだろうと。


 これらの考え方だと、魔力分のエネルギーがそのままで魂の分エネルギーが追加で増えている分、全体の構成エネルギー量が、ベータがアルファを超えていくため、それに関するバランス取りも発生しているというのがフレイアの考えだ。こちらの世界には地殻移動のような自然エネルギーの使用が少なく地震等の自然災害はほとんど存在しないが、元の世界では自然エネルギーの暴走とも思える災害が多いという。


 両方の世界を見てるからこそ導き出せる考えだったので、ローウィンはフレイアとの問答は楽しみの一つになっている。


 この理論を、城に勤務する面子との飲み会で思い出して言ってしまった時は、フレイアを研究所に移動させる話まで発展してしまい、随分焦った。飲み会の笑い話では済まず、今でも研究所の上層部では虎視眈々とタイミングを見計らっているとも聞く。


 今では局に無くてはならない人材だ、渡してたまるかと思う。

 カップに残った最後の一口を飲み干し、勢いをつけて椅子から立ち上がる。


 カップをマンセルの頭に、ゴツンとぶつける。


「休憩は終わりだ」


 しぶしぶマンセルは目を開けた。


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