第5話 巡回
「巡回ルートは決まっていない。怪しそうなところを勘でまわるのさ」
「随分と奔放なんですね。それで大丈夫なんですか?」
「むしろ決まった時間に決まったルートを巡回する方が、くせ者は狙って入ってきやすいだろう? 適当でいつどこに巡回が来るのかわからない、そういうのがいいのさ」
言われてみると、理にかなっている気がする。遊撃、というのはいろいろな意味を含んでいるようだ。
「意外と他の隊員と、巡回コースが被らないんだよな。隊員ごとに癖はあるし、好みのルートもあったりもするけど、俺は気ままに回ってる」
なんとなく、美人が目に入りそうなコースを選んでいるのではないかと、今までの行動と発言から容易に想像がつくが、さすがに侵入者はそんなコースでまわっている等とは考えないだろう。流石に意外が過ぎる。
セリオンはふと思い出したように立ち止まって、壁の方を指をさした。
「二名単位で必ず行動する、というのが鉄則だが、有事の際は動ける方が緊急を知らせる事になる。もし俺が侵入者と相対する事になったら」
指さされたランプの下に、小さな赤い宝石のような石がはめ込まれているのが見えた。
「この赤い石を剣の柄を使って叩き潰せ。警報が鳴る。一区画に一か所ある」
火災報知器みたいなものかな、と理解した。
「最近、ちょっとキナ臭くてな……もしももあり得るから一応覚悟は持っておいてほしい」
こんな真剣な顔は出会って初めて見たせいか、思わずコーヘイは緊張し、拳をぐっと固めた。
「まっ、隊でも新人だし、この世界でも新参者だ。あまり難しくは考えなくていいさ。臨機応変にな」
いつもの軽い調子に戻り、歩きはじめる。
「エステリア王国は、異世界人の技術をうまく取り入れていて、また提供を受けやすくするため、他国に比べて異世界人の保護が手厚い」
「他国ではどんな感じなんですか?」
「色々だな。神のように崇め称えられる国もあれば、異物として必ず殺す、なんて物騒な国もある。まあ知識や技術が美味しいから、だいたいの国は捕らえて奴隷化する事が多いかな」
「……この国で良かったです」
「こうやって保護が手厚いのを知って、他国から亡命してくる異世界人もいるぐらいだ。登録局はどんどん忙しくなっているな」
セリオンはまた立ち止まった。コーヘイもつられて立ち止まる。
耳を澄ますと、どこかで騒いでいるような声が聞こえる。
二人は顔を見合わせると、声の方に走った。
声の主はシンプルなローブ姿の男四人。
一人の女性を取り囲んで、何やら恫喝している様子だった。
「何をしている!!」
四人の男達は、駆けつける騎士をも睨みつけた。
「おうおう、脳味噌まで筋肉をつけた騎士団員様か。警備隊ごときが何用ぞ」
腕を組み、見下すような態度を隠そうともしない。
取り囲まれていた女性は、異世界人登録局のフレイアだった。
セリオンは男達とフレイアの間に音もなく入り、声のトーンを落とす。
「職務中の局員を足止めして、どうなされたのかな?」
灰色の瞳の眼光に鋭さが増す。男のうちの一人が、はっと表情を変えて青ざめた。他の三人のローブを指先でつまんで引っ張り、耳打ちをする。何かを聞いた男どもの態度が一変した。
「失礼しました、いえ、この異世界人が、ちょっと生意気だったものですから、あのその、まあ今しがた誤解も解けましたので」
わたわたと、慌てて走り去って行った。
「小者が」
侮蔑を込めて吐き捨てる。
くるりと振り返り、腰をかがめ、背の低い女性と目線を揃え、先ほどとはうって変わって優しい声をかける。
「大丈夫でしたか、フレイア嬢」
「ありがとうございます、セリオン様」
「何があったんです?」
コーヘイも思わず声をかける。
「あっ! コーヘイさん、もう職務に出られているんですか!?」
ものすごく驚いた顔。すぐさまフレイアはセリオンの顔をまじまじと見る。
「色々見込みがありそうだったので、つい…‥ね」
含みのある笑いをしてみせる。
フレイアはセリオンのその態度に、お手上げと言った感じで息を吐く。
「まぁ、いいでしょう。コーヘイさんも平気そうですし」
「で? 今のやつらはあなたに何をしていたのかな」
「……どうにもならない事についてです」
フレイアは目線をそらす。それだけでセリオンは理解ができたようだった。
「もう、局に戻られるところかな?」
「ええ、用事は済みました」
「コーヘイ、彼女を登録局まで送ってくれ。自分はちょっと用を済ませて来る。ここで再合流しよう」
さっさとセリオンは行ってしまった。二名で行動しなくていいのかな? 等とも思えたが、さっきの出来事の後に彼女を一人で歩かせるわけにもいかないと、指示に従う事にした。
歩きはじめるとすぐ、フレイアは口を開いた。
「先ほどの人達は、魔導士団の方々です」
「魔法を使う人達ですか」
「異世界人の技術が浸透するようになって、もう随分経ちますが、それに比例して魔法の価値が下がってきているんです」
「魔法が使えるなんて、それだけでカッコイイと思っちゃいますけどね」
「魔法が使える事にプライドを持ってる人達ですし、魔法が使える事が爵位の条件だったりして、貴族も多いのです。魔法の価値が下がるのは、この地位も危うくなってくるという事ですから」
「まさか、異世界人というだけで絡まれたんですか?」
「……」
答えはなかったが、そういう事のようだ。
「望んでこの世界に来たわけでもないし、ほんとどうしようもないですね」
「コーヘイさんも彼らに目の敵にされる要素があるので、気を付けてくださいね」
心配そうに黒目がちな瞳で見つめられ、ドキっとした。セリオンに言われた事もあって意識してしまったが、やっぱこの子、可愛いよな……。一目惚れをしてしまう、という系統ではないが、ちょっとした仕草や表情の、総合力から醸し出される魅力というのだろうか。
深く知れば知るほど、好きになってしまいそうでちょっと危ないな、と思った。
いや、別に好きになる事自体は、問題はないのだろうけど……。
「それにしても、セリオンさんはすごいですね。ただのチャラ男かと思ってました」
「楽しい人です。でもあの方、騎士団で一・二位を争う剣術の使い手なんですよ」
「あの眼光はやばいです、自分もびびりました」
「気さく過ぎてわからないと思いますが、セリオン様は全警備隊員の総隊長です」
「えっ!!」
そんな人といきなり同室にされた事に驚くし、平隊員と同じシフトで働いている様子だったし、この国の階級システムはおかしくないだろうか。
「エリセ局長が懇意にしていますし、騎士団に入れるしかないと判断したときに、入れるならセリオン様の隊しかないと思ったみたいですね」
「まさか、これからも同室なんでしょうか」
さすがに隊長クラスとと寝食をずっと共にするとなると、ストレスがたまりそうだ。気軽な同僚という態度で接しても問題なさそうな人ではあったが。
「コーヘイさんが自分で自分の身を守れるようになるまで、ですね。今は護衛を兼ねてると思った方がいいと思います。遊撃警備隊は精鋭部隊なので、誰とペアを組んでも安全ですよ」
「そうなんですか」
どの人も気さくで、特別強そうではなかったが、力をひけらかす事なく、真に強いからこその余裕とも思えてきた。
「精進します……」
まずはこの世界で目指すべきは、隊長との同室解消になりそうだ。
しばらく無言で歩を進めていたが、フレイアはまた何かを思い出したように口を開いた。
「コーヘイさん、なんだか馴染むのが早いですよね」
「え、そうなんですか?」
他の異世界人がどんな感じなのか知らないので、比較ができずに焦る。
「少なくとも一週間程度は悶々としている人が多いです。何年経ってもこの世界で生きていく、という覚悟に至らない人もいますから」
「なんだか親切な人ばかりで、この世界も悪くないのでは? と思っちゃったんですよね。局員の皆さんにもずいぶん良くしてもらって」
「そう言っていただけると」
ふわりとした軽やかな笑顔を浮かべてくれる。
色々と手配してくれた彼女たちのおかげもあるんだな、と改めて思う。
登録局の扉の前で、軽く挨拶をしてフレイアと別れ、先ほどセリオンと別れた場所に足早に戻った。
急いで戻ったつもりだったが、セリオンは別れた場所の壁にもたれて寛いでいた。
「遅くなりました!」
「いや、想像より早くてびっくりだ」
気を利かせてやったんだけどなとは声にせず、無言で壁から勢いをつけて離れ姿勢を正す。
「あの、隊長……今まで上官に対しての態度じゃなかったです、すみません」
「ああ、聞いたのか。その辺は気にしなくていいぞ」
手をひらひらさせて、本当にどうでも良さそうだった。
巡回を再開する。
「隊長なら隊長らしい恰好をしてくれたらいいのに」
溜息混じりにコーヘイは言う。
「戦闘中に、いかにも指揮官です、なんて格好でいてみろ。真っ先に狙われて怖いじゃないか」
冗談なのか、まじめに言ってるのか判断がつかずに黙っていると、セリオンは言葉を続ける。
「目立つ事は俺の仕事じゃないからな。まあそんなわけだから、戦場ではともかく、城内では隊長と呼んでも返事はしないからそのつもりでいて欲しい」
「わかりました、セリオンさん」
「呼び捨てでもいいぐらいなんだが。俺の方が三歳ほど上だから、そこはいいか」
「そもそも先輩である時点で、呼び捨てなんて無理ですよー」
「フレイアちゃんもそうだけど、お前も随分と生真面目だよなぁ」
少し笑いながら、セリオンは言葉を続ける。
「魔導士団は階級がわかりやすい恰好だから、万が一、奴らとケンカとなったら、その中で一番豪華な装備の奴を真っ先に仕留めたらいい」
こんな事を言い放ちながら、わざとらしく剣の柄を左手で弄ぶ様子から、この人は本当にそのスタンスでやっていそうだなと思った。
ふいに、前を行くセリオンの歩く速度が一定でない事に気付く。
「よく気づいたな」
「ペースが一定でないと、後ろをついて歩きにくいからです。誰でも気づきますよ」
おそらく速足のゾーンはそれほど注意がいらない所で、会話が途切れているのに無言で、ゆっくり歩く場所には、それなりの理由があるのだろうと、想像に難くない。
ただ、歩幅とペースを合わせて行進する訓練が身についていると、この変則的な歩き方はとてつもなくついていきにくい。
「押しつけられたと思ったが、いい拾い物だったようだ」
こちらを見ずにひとりごとのように言うが、口角に漂う不敵な笑みが、明らかに自分に向けられているとコーヘイには感じられた。
これは期待されて訓練がヒートアップするやつ? というような危険を察知した。
当然、翌日からその通りになった。
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