第4話 騎士団


 翌朝、入浴してさっぱりとしたら、随分楽になったようだった。

 

 フレイアの部屋はそれほど広くない。


 下級職員の一般的な宿舎で、ベッドが1つと小さな鏡台と椅子、クローゼットが1つ。風呂場も狭く、湯舟は体を小さくして入る。男性だと随分窮屈だろうと思う。ただこの世界の人にはあまり入浴の習慣がないようで、温水のシャワーを浴びて終わりという人も多い。中には魔法で体表面の洗浄を行う猛者もいるそうだ。

 フレイアはお湯に肩まで浸かるのが好きだった。もしかしたらこれは民族性なのかもしれないなと、忘れてしまった元の世界の事を思う。


 昨日に引き続き元の世界に思いを馳せるなんて、やはりコーヘイが来たからかな? とも思えた。


 髪をタオルで乾かしていたらノックが聞こえた。

 のんきそうな女性の声がする。


「おはよ~起きてる~?」


 フレイアはぱたぱたと扉に駆け寄って、扉を開いて朝からの来客を迎えた。

 ストレートの柔らかな色の金髪が肩の上でサラリと揺れる。少しぽっちゃりとした、包容力のありそうな女性がニコリと微笑む。

 目じりが少し下がった茶色の目と、弧を描く眉のせいで、更におっとりさが協調されている。


「昨日は大変だったって聞いたから~朝ごはん持ってきたの~」

「ありがとうシェリさん」

「一緒に食べましょう~」


 髪をとりあえず後ろで無造作に束ねながら同僚を招き入れ、紅茶を淹れる。


 シェリと呼ばれた女性は、バスケットから焼きたてのパン、ベーコン、チーズ、ゆで卵、マフィン、スコーンを次々に取り出した。


「好きなの取って~」

「リンゴ、切ってきますね」


 女子二人の朝食会が始まった。

 話す内容は昨日の出来事だ。


「ふ~ん、起こるべくして起こった感じだよねえ」

「今まで知られていないだけで、異世界人の持ち物は結構持ち去られているかも。ただ軍隊レベルの武器というのが、今までないかもしれないです」

「異世界人がきたら、即その場にうちらが行ければね~」

「五人でまわるには、ちょっと国土が広すぎですよね」

「まぁね~、だいたい、いつどこにくるかわからないし」

「魔法で予知は、できないものですかね」

「魔導士団にそんな仕事やらせたら、報告せずに異世界人を抹殺しそうだわ~」


 物騒な事を言いながら、フレイアがパンを半分食べる間にシェリはその三倍を食べてる。


「で、その子、騎士団入りなんでしょう? 大変ねえ」

「元の職業が職業ですし、肉体的な訓練の下地はあって、それほど苦労はしていないかもです」



 局員二人がそんな話をしている中、話題の中心になっていた青年、コーヘイは苦労していた。


 訓練はまさに軍隊そのもの。隊の訓練も厳しいが種類が違うと使う筋肉がそもそも違う。更に言えば片手剣なんて今まで持った事がない。ただ、剣道の基礎があったせいか構えは随分褒められた。


「いい姿勢だな、片手剣の構えではないが」


 初日にしては良い動きをしている、見込があると次々に評されるが、朝食前にズタボロだ。

 今しがた、城壁を十周走らされ、休む間もなく握った事もない片手剣を持ち、見様見真似の素振りを千回ほど。それだけでも死ぬかと思ったが、そのまま実戦形式の剣術訓練である。昨日の今日でまさか、他の団員と同じ訓練メニューになるとは。


 訓練場の芝生で、大の字に倒れ込んで動けなくなっていた。

 他の団員は朝食に向かったようだが、コーヘイは運動のしすぎて正直食欲が皆無である。呼吸が整うまでは、到底動けない。



 倒れ込んでいた顔に影が落ちる。なんとか目を開けると、男の姿があった。


 長髪を後ろで無造作に束ねた明るい茶髪の男は、年齢は若干上の様子だが、気安い。灰色の瞳が印象的だ。宿舎では同室になった。

 名はセリオン、下級貴族の三男坊という気楽な立場だという。


「コーヘイは異世界でも軍人だったんだよな」


 文民ではないので、軍人にカテゴライズはされるだろうが、主な業務として災害復興協力ばかりやってきていたので、一瞬悩んだが、説明が難しいので簡単に返事をする事にした。上がった息がまだ整っていなかったというのもあり。


「はい」

「階級は?」

「三等陸曹です」

「陸曹?」


 通じてないような気がするので言い直す事にした。


「伍長ですね」

「なるほど」


 差し出された手を取り、勢いを付けてなんとか起き上がる事ができた。


「飯を食いに行こうぜ!」


 食欲はないが、食べずにいるのも体がもたなさそうだ。なんでもいいから詰め込んでおくかと、従う。

 騎士団の専用の食堂が別途あるようだった。すごいですね、と思った事を口にしたのだけど、セリオンは頭をかきながら、気まずそうに返事をする。


「汗臭い男の集団だからな、まあ隔離されるよな」

「ああ、なるほど」

「納得してくれるな。行けるなら合同庁舎の食堂を使いたいさ」

「美味しくないんですか?」

「味は最高なんだけどなあ、華やかさがないというか」


「華やにしてやろうか? 血の華を咲かせてやってもいいんだぞ」


 後ろから物騒な言葉が刺さって来た。

 年配の恰幅の良い女性が刃物片手に、ニヤリと笑っている。セリオンは血色を失ってコーヘイを盾にした。


「あらあ! 新人だね。あたしは騎士団食堂の厨房の責任者、エイシェだよ」

「よろしくお願いします、コーヘイです」

「まぁまぁ、あなた異世界人なのね。見た所フレイアちゃんとと同郷かしらね」

「多分そうではないかと」

「良かったわぁ、あの子のいい友達になってあげてねえ」


 さっと元気の良い厨房の責任者は刃物を振り上げて、空いてる席を指し示す。


「このエイシェ様が、屈強な男を作り上げる最高の朝食メニューを出してやるから、さっさと座りな!」


 脅されたわけでもないが、素直に従う。セリオンも隣に座る。エイシェの恐怖から逃れたセリオンはいつもの調子を取り戻したようだ。


「ところでさ、フレイアちゃんの事どう思った? 昨日会ったんだろう」


 机に肘をついて、興味深そうに目線だけがコーヘイに向いている。


「博識な方ですね。どんな質問をしてもスパっと解答があって、歩く百科事典みたいな人だな……と」


 セリオンは思わず眉間に手をやった。頭痛がする気がする。


「それが女の子に対する感想なのか……」


「あっ! ……親切でかわいらしい人だと思います」

「そう、可愛いんだよな~。美人でセクシーという路線じゃなくて、こう守ってあげたくなるような?」


 ふぅ、とため息をつく。


「騎士団でも何人かは、ちょっかい……じゃないや、手を出し……いやこれも違うか。まあ口説きたいって思ってるやつはいるんだけどなあ」

「何か障害が?」

「ああ、山よりも高い壁が立ちふさがるんだ。エリセ局長がとんでもなく怖いんだよ。あの人は騎士団の遠征分隊長時代から、伝説が多くてなあ。ちょっと過保護すぎるようにも思えるけど、何か考えがあるんだろうな」


 セリオンの言葉も少し気になったが、それより気になる事態が目の前に広がりつつあった。

 朝から食べるメニューでもないような物が、ドカドカと並びはじめていた。


「あたしの最高傑作だよ! たんと召し上がれ!」


 ご機嫌なエイシェの後ろ姿を見送って、卓上に改めて目をやると、肉に肉を積み上げた状態で、見るだけで胸やけしそうな。屈強な男になるためのメニューというより、屈強な男でないと食べきれないのではないかというメニューが揃っていた。

 セリオンは、ポンとコーヘイの背中を叩いた。


「俺も手伝うから、まあ頑張れ!」


 何に対して手伝う、と言ってるのか掴み切れなくて、苦笑で返してしまった。

 


 他の団員も食べるのを手伝ってくれ、ちょっとした歓迎会のような様相の賑やかな朝食が終わり、コーヘイとセリオンは自室に戻って来た。


 先に汗を流し終えたセリオンが制服に着替えている。コーヘイはベッドに座り込んで、もはや一歩も動けずという体たらく。


「コーヘイの制服をもらって来るから、今のうちにお前も汗を流してこい」


 タオルをコーヘイの頭に放り投げる。

 ちょっと動くといろいろ出そうだが、汗は流したかった。


 セリオンが戻るまでにはシャワーを浴びておかねばと、意を決して風呂場に向かう。蛇口をひねればお湯が出る。水道のシステム自体は異世界人のもので、お湯にするのは魔法で行っているらしい。

 異世界とこの世界の、文化と技術のいいところ取りというのも面白いのかもしれない。仕組みがちょっと気になった。


 休暇があるなら、町中も見てみたい。まさか異世界に来るなんて、想像すらしたことがなかったが、ここには確かに現実の世界があった。夢でもなくて、戻れもしないというなら、マンセルに言われたように生まれ変わったつもりで腹をくくるしかなさそうだ。自分が持ち込んだ武器のせいで、この世界が不幸になるような事があれば目覚めも良くない。我ながら諦めるのが早すぎるかな? とも思ったが、この世界も悪くなさそうだし、なるようになると思うしかない。


「よし!」


 両方の頬をパンと叩いて気合を入れて風呂場を出ると、ちょうどセリオンが制服を抱えて戻ってきたところだった。


「とりあえずコーヘイは、俺と同じ遊撃警備隊に配属のようだ」

 

 渡された制服はセリオンと全く同じ物だった。簡素で装飾は少ないが、学ランに似た感じがあって着慣れた感じがほっとする。腰に剣の重みがある事に違和感があるが、じきに慣れるだろう。


「どういう部署なんですか」

「城内の警備が主な業務だな。俺達は特定の持ち場がない隊で、何かあればその都度駆けつける事になる。持ち場がある警備隊は、そこからは基本的に大きく離れられないからな」


 詰め所に向かいながら、城内の案内をしてもらう。


 詰め所にいるか、定期的に二名一組で巡回する毎日になるようだ。道順を覚えるのは得意な方だが、案内板もなければ、扉に何も書かれていないので、どの扉がどこにつながっているのかを覚えるのは骨が折れそうだった。

 セリオンも初日にすべて詰め込むつもりはないようで、巡回中に徐々に覚えればいいさと、軽く言う。


 ノックの後、軽い返事を待ってから詰め所の扉を開け、姿勢よくセリオンは敬礼をした。敬礼も慣れ親しんだ方式だったので、セリオンに倣う。


 詰め所には五人の隊員がいた。朝食時にいた面子もいる。


「新入り、初日とは思えない元気さだな」

 

 気さくに話しかけられる。


「明日は筋肉痛で動けない予感がしています」


 素直な感想を言うと、随分ウケてしまった。


「異世界人って聞いてるけど、もうすっかりなじんでるみたいだな」

「夜もきっと歓迎会だ。医務局で胃薬をもらっておけよ」


 そう言いながら、警らに出る隊員二名が次々とコーヘイの左肩を叩いて入れ違いで出て行った。


「この詰め所には常に五名いるのが決まりなんだ。俺達も次の二人が戻ったら出る事になるから、それまではのんびりしていようぜ。どうせまだ朝食のダメージが残ってるだろう?」

「今すぐ胃薬が欲しいですね」

 笑いながら答える。

 

 ドアを軽くノックする音がし、間髪を入れずに扉が開いた。


「どうも~登録局です~。コーヘイさんはいらっしゃいますかぁ。ああいらっしゃいますねえ、働き者さんですねえ」


 ノックの音がしてから扉を開けるまではものすごく素早かったが、しゃべり方はとことんおっとりしている。


「シェリ嬢、着替えをしてる時もあるので、あの、返事を待ってから開けてもらえるとありがたいのだが」


 セリオンはシェリの事も苦手なようだった。ほんわかした優しい女性に見え、喋り方はおっとりしているが、動きはテキパキしていた。

 何枚かの書類をめくり、コーヘイにサインを促す。


「こちらが騎士叙任と警備隊の辞令書類でえ、昨日は急ぎだったので提出していなかったのですが~、こちらが宿舎の利用申請ですう」


 内容はよくわからないけど、セリオンも何も注意を払っていないようなので、言われるがままにサインをする。日本語で名前を書いたつもりだったのだけど、この国の文字に自然となっていくのが不思議だった。

 読めるし書けるのはありがたかったが、これだと書こうとしても日本語はもう書けなくなっている気がする。文字ではなく、絵として書けば書けるのであろうか?

 どうしてこうなるのか不思議だが、誰も気にしている様子ではない。魔法の理論を知れば理由がわかってくるだろうか。


「コーヘイの所に来るなら、フレイアちゃんかと思ったのだけど」


 セリオンの声に残念そうな響きが含まれている。


「私で残念でしたね~」


 こちらはそう言われた事を全く、気にしていないようだった。

 書類の内容を確認して、これでよし! というように三度ほど頷いた。


「お邪魔しました~」


 部屋に来て1分たらずで出て行く。おっとりしているようでしていないので、時間感覚が狂いそうだ。


 日誌の記入方法を教わり終えたタイミングで、先に出ていた隊員二名が戻ったので、交代でセリオンとコーヘイは巡回に出た。


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