第3話 多忙な1日の終わりに

 フレイアが戻ってきたのは、深夜と言ってもいい時間だった。

 疲れた表情で扉を開けた少女に、まずエリセが労わりの声をかける。


「お疲れ様、調査依頼の方はどうだった?」


 フレイアは無言で抱えていた紙の束から、数枚の書類を抜き出して机上に置いた。


「まず、コーヘイさんが発見された場所が、ゴゼの村として申請されていましたが、どうやらファンデアの町だったようです」


「うわーー、もーーー発見場所まで嘘だったのかよ」

 

 椅子にもたれてうだうだしていたマンセルが、机を勢いよく叩くようにして立ち上がる。


「騎士団の方で調査隊を編成してもらって、ファンデアにすぐ出てもらいました。今頃は到着しているころではないかと思います」

「何故、場所の申請が嘘だったとわかったんだ?」

 

 申請書に書かれている事の真贋を見分ける事は、とても難しい。エリセも書類の不備は感じなかったので、この点はとても気になる所だった。


「コーヘイさんとお話していて、こちらの世界に来た時に随分人目があったような事をおっしゃっていたのです。ゴゼの村に夜間、それほど人通りが多いとは思えなくて。多くの人の目についたなら、異世界人を見たという噂を探ればどこかわかるかなと、魔導士団の方に協力を仰ぎました」


 それを聞いて、エリセは申し訳なさそうにフレイアを見る。


「すまない、お前を行かせるべきじゃなかったな」


 魔法の価値を下げたのは異世界人の技術だ。誰でも簡単に火を起こし、物を運べるようになったのは、異世界人の知識があってこそだ。異世界人の存在が知られるようになるまでは、滑車や荷車さえなかった。


 何をするにも魔法が使われていた時代は、魔法が使える者は尊敬され、敬われてきたのだが、日常生活では魔法は徐々に、あれば便利? ぐらいの代物になりつつある。

 そういう事もあって魔導士の集団である魔導士団は、異世界人に対して良い印象をもっていない。フレイアが異世界人であることはある程度、城内でも知られている事だったので、調査の依頼は随分肩身が狭かったであろう。


 ただ魔導士団は異世界人がらみだからと言って、手を抜くような事はしなかったようで、魔導士の遠距離通信用の魔方陣を駆使し、噂話を収集して最近物々しい恰好の黒髪の男が現れた場所を見つける事ができた。


「ファンデアは歓楽街だからねえ。むしろ夜の人出の方が多いぐらいかな?」


 マンセルはそう言うと軽くあくびをした。彼も遊んでいるように見えて過去の文献を漁ったり、調査書類を作ったりしていたようで、疲れているようだった。


 フレイアは、はっと気づいて


「そういえばコーヘイさんは? 今夜は局員宿舎の方へご案内しようと思っていたのですが」

「彼なら騎士団の宿舎に放り込んでおいた」

 

 エリセが投げやりに言い放つ。

 それだけでフレイアは、理由を理解したようだ。


 マンセルはこういうフレイアの察する能力の高さに、以前からただならぬ頭の良さを感じている。本当ならこんなところじゃ無く、城内のエリートが集う宰相局で働いていてもいいぐらいだとる。でも、ここで一緒に働ける事が嬉しいとも思っていた。特筆されるような印象的な顔立ちではなくとりわけ美少女という訳ではなかったが、年齢がわかりにくい幼顔も愛らしいし、この顔に似合わないほどにしっかり者でまじめな性分も好ましい。


 事情を知る人間も少ない方がいいしね……と、彼女がこの世界に来たあの日の事を思い出す。

 なぜ異世界から人が来るようになったのかは解明されていないが、神の手によるものだというなら、彼女に関して神は良い仕事をしたと思う。


「明日も早くから仕事だな。マンセルは帰宅すると遅刻するから、今日は泊まれ」


 エリセの言葉に、自業自得とはいえマンセルは心底情けない表情をした。





 朝からの勤務という事もあり、フレイアはずいぶん疲れていた。昼食の後は騎士団の所に行って、調査隊派遣の手続きをし、魔導士団への依頼に奔走もした気疲れもあっただろうか。


 フレイアは合同庁舎の宿舎に自室があるが、建物の端から端への移動で、結構な距離がある。それでも街中から通勤するよりは随分楽なのだけど。

 

 深夜に一人でこの通路を歩く事は滅多にない。夜勤の人もすでに出ているようで、宿舎側の人通りは全くなかった。

 魔法でともされた灯りが多く暗さは全く感じないので、恐ろしくはないのだけど、やはり深夜に一人で歩くというのはあまりいい気分ではない。


 自分の足音だけがやたらと大きく聞こえ、眠っている人もいるのだからと自然と忍び足になってしまう。

 

 何か楽しい事を考えようと思った。


 今日の登録者が同じ目の色、髪の色なのは純粋に嬉しい。この世界では、色がついていることの方が当たり前で、真っ黒の髪に真っ黒な瞳というのを両方兼ね揃えているのは、異世界人に差別意識はなくても奇異の目で見られることも多い。逆に魅力的だと言ってくれる人もいるのだけど。


 午前に相談に来たクローディアはイギリス人で、この世界によく馴染む金髪碧眼という容姿だったから、そういう方面ではあまり苦労はしていなかったようだ。

 彼女はこの世界に来て、もう二十五年になるらしい。元の世界には当時、五歳の子供がいたそうだ。

 今もその子を思って涙が止まらない日もあり、故郷に戻れない辛さが、今も彼女を苦しめ続けている。

 こちらで縁あって結婚をしたものの、元の世界の夫の事も思い出し、夫を裏切ってしまったという罪悪感にも苦しめられているようだ。

 新しい家族ができても、元の世界への思慕の思いは消えない。


 そんな彼女を今の家族は支えてくれている。だからこそ苦しい胸のうちは家族に相談できない。今の家族がいるからもう大丈夫、心配ないよ! という顔をして暮らしながら、どうしようもなくなった時、登録局の扉をたたくのだ。

 解決策が見つかるとは思ってはいない。でも誰かに聞いてもらいたい、その辛さを吐き出しに。


 

 自分は記憶がない分、ホームシックにならなかった点は、とても良かったとも思う。この世界を素直に受け入れ、受け止めた。

 元の世界の風景や食べ物を思い出そうとすれば、思い出す事は出来るけれど、懐かしいという気持ちは沸いてこない。知識としてその世界を知っている、という感覚に近いだろうか。

 風の匂いや、日差しの温かさなど、自分が五感で感じた感覚の思い出や記憶が失われているからだろうか。テレビや写真でみる風景を思い出している形が近いのだと思われた。


 ただ今日、同国人と触れ合った事で自分の中にある風景が色彩を帯びてきた気がする。もしかしたら、記憶が戻ってきたりするのだろうか。



 記憶が戻る事が良い事なのか悪い事なのか判断かつかないまま、無心で歩いていたら自室の前に辿りついていた。

 鍵をあけて中に入ると、魔法の灯りが自動で灯る。


――今夜は軽く体を拭いて、早起きできたら朝、お風呂に入ろう。


 今日はもう眠い……。明日からしばらく忙しそう。また魔導士団の方への行き来もある事を考えると気が重いが、これも仕事だ頑張ろうと奮い立たせる。

 なんだか力が出ないと思ったら、お昼も中途半端にしか食べていないし夕食は食べ損ねていた。


 なんだか余計な事を考えちゃうのは、お腹が空いてるからかな? 等と思う。


 ぱたぱたと寝支度を整え、空腹を忘れるためにもと気合を入れて眠りについた。



◇◆◇



 隣国ゴートワナ帝国。頂点に魔導士を据え、配下に多数の呪術師を従える。その頂点は、残忍で狂暴横暴であることが条件のごとく、歴代帝王はすべてそういう者達である。敗退した国は破壊されるか、その残酷さで支配され富を搾取され続ける。


 例にもれず現在の帝王も、その支配者の条件を兼ね揃えていた。

 この国は、親から子に継がれるわけではなく、最も力を持った者がその頂きに立つ。謀略の末の弑逆で、彼はこの地位を手に入れていた。


 この日帝国の北に位置していた長い歴史を持つサニ王国は侵攻を受け、城は落ちていた。燃え盛る城から、古くから蓄積された秘中の書物から、禁書まで全て運び出されていく。これらはすべて、帝国の物となる。秘術も禁呪も、今後は帝国が使うのだ。


 赤黒い髪、滾るマグマのような瞳が魔王のようだと評される現代帝王ヴィルヘルムは、サニ王家の娘で見目が気に入った一人を寝所に連れていき伽を申し付けた。

 ひとしきり楽しんだ後で、問う。


「我が憎いか」


 王女は渾身の憎しみの目を帝王に向け、当然その怒りをぶつける。


「憎いですわ、こんな、こんな……」


 次の瞬間、帝王は王女の首を掴んだ。

 力を籠める。しばらくもがいていた王女の手が動かなくなるまで、そのまま締め上げ続けた。


「探してみると、見つからないものだな」


 王女の遺骸を床に投げやると、さっそうとローブをまとい、寝所を出ていった。


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