第2話 消えた装備


「今、私たちがいるこの建物は、合同庁舎です。異世界人登録局のほか、移民局、税務署など、書類関連で来る事が多いので、食堂の場所を覚えておくといいですよ。合同庁舎を抜けると王城があって、騎士団や魔導士団の詰め所区画はそちら側にあります」


 建物の内部を簡単に案内しながら、二人は食堂に向かっていた。


「局員には、なんでも気軽に相談してくださいね」


「あの、フレイアさんも日本人なんですか?」

「そうですね、たぶんそうだと思います」


 少し歯切れの悪い返答に、コーヘイは戸惑った。


「もしかして中国とか?」

「いえ……この世界に来る人は海に囲まれた島国の人ばかりですので、その可能性は低いかと思います」


 もしかして聞いてはいけない事を聞いてしまったのかなと、コーヘイは戸惑った。もともと女性との付き合いがなく、男子高出身、自衛隊の寮暮らしが長い。会話が途切れると次の言葉が見つからず、何とも気まずい。


「私はこの世界に来た時に記憶を失ってしまって。名前もこちらの世界の人に付けてもらったのです。一般常識的な、学校で習うような事柄は覚えてはいたのですが、自分の事だけは何も思い出せなくて」

「そんな事もあるんですね」


 自分が自分のままで異世界に来る事だけでもすごいのかな? などとコーヘイは思った。


「ひどい怪我をしていたみたいです」


 前を向いたまま、歩きながら言葉を続ける。


「怪我が原因ですか」

「異世界からの通り道はどこに開くのかわからなくて、例えば車に撥ねられた直後に飛ばされて来た人や、登山で滑落中に飛び込んで来た人もいます。その方々は大けがをしてますので、私もそんな感じでこの世界に来たのだと思います」


 やっぱ初対面で気軽に聞いていいことではなかったかもと、話題を変えなければと思い始めた頃、いい匂いがしはじめた。


「こちら食堂になります」


 フレイアは斜めにかけたポシェットから、一枚のカードを取り出し、コーヘイに両手で差し出した。

 反射的に受け取る。


「このカードはコーヘイさんの専用カードで、登録証明書でもあります。これからは無くさないようにお持ちください。身分証明書として使う事も出来ますし、異世界人の福利厚生として、これでここの食堂はいつでも無料で利用できます」


 食堂の利用方法の説明を受けながら、メニューに目をやった。よくわからない料理名が並ぶ中、目が止まった。


「えっカツ丼があるんですか」

「大人気メニューですよ。異世界人がこの世界に持ち込んだ料理の一つです」


 コーヘイは迷わずにカツ丼を選択した。フレイアはサンドイッチのセットを手に、空いている席に座った。


「コーヘイさんは、どうやってこの世界に?」


 食事を始めたところで、先ほどの会話の続きがはじまってしまった。


「自分は夜間の行軍訓練中で、気づいたら誰もまわりにいなくなっていて。他の隊員とはぐれたと思い、やみくもに走ってしまいました。茂みを抜けたらこの世界にいたみたいです。いつどの段階から、世界が変わっていたのか、全くわからなかったですね。こちらも夜でしたし」


 カツ丼が美味しい。本当に元の世界の味だという事に驚愕する。会話を続けるのを忘れて黙々と食べてしまう。


「夜に訓練中の自衛官の服装でしたら、随分と周囲の人に驚かれましたでしょう?」

「気づいたら十数人に遠巻きに取り囲まれていて。何せ街中で迷彩服ですからね」


 隣の席でサンドイッチを上品に食べながら、クスクスと小さな心地よい笑い声を立てて、自分の話を聞いてくれている。


「訓練中で装備も物々しかったですし」


 その言葉にフレイアはハッとした。カツ丼を抱え込んでかき込んでいるコーヘイの腕をグイと引く。


「装備は、その装備はどうされました!?」

「え、何か役人のような偉そうな人に取り上げられて……」

「銃とか……?」

「ええ、誤射事故があったりしたので実弾は入っていませんが」


「急がせて申し訳ないのだけど、食べ終わったら登録局に戻ってそのことを伝えてもらえますか? 持ち込んだ持ち物を失っているという事を。その装備の内容を」


 青ざめ、緊張感をもったフレイアの表情にただ事ではない事と感じた。

 フレイアは食事の残ったトレイを返却口に突っ込み、足早に立ち去ってしまった。


 コーヘイは残ったカツ丼を勢いよく口に押し込んで、ぐわっと水をあおり、飲み下すやいなやトレイの返却をフレイアに倣い、登録局に向かって走った。




 ノックも忘れて登録局のドアを開けてしまう。


「わ、びっくりした」


 マンセルが茶色の目を、限界まで丸くして言う。

 局長のエリセは書類から目線を上げた程度で、さすがに落ち着いた感じで対応する。


「何か忘れ物をしたのかな。あれ? フレイアは」

「あ、あの!」


 コーヘイはフレイアに言われた通りに、自分が自衛官としてこの世界に来た時に持っていた荷物の詳細を話し、その荷物はすべて謎の人物に取り上げられた事を伝えた。


 エリセは手を前で組むと、難しい顔で深く考え込んでしまった。前髪がはらりと目前にひと房落ちたが、目の前の景色を見ていないようで、気にする素振りはない。

 マンセルは登録に使用した書類を棚から取り出し、何か確認している。


「やられましたね……」


 申請書には”所持品なし”の記載があった。

 マンセルが悔しそうに言う。

 エリセは深いため息をつく。何が起こっているのかわからず茫然と立ちすくす黒髪の青年に、椅子にかけるよう促す。


「この世界が魔法主体という話は聞いているね?」

「はい」

「攻撃するのも魔法だし、守るために使われるのも魔法なんだ。剣や弓も使うが、広範囲の殺傷能力が確実なのは魔法だろうな」

「俺達は魔法への備えはあるんだけどねー」


 コーヘイは事の重大性に気付いた。

 重火器の恐ろしさに。


「あ、でも実弾は入ってませんでしたから、銃だけ持っていてもただの棒っていうか、鈍器っていうか」

「そうだね、でも異世界人は君以外にもいるからね。すぐにどうこう、という事はないと思うけど」


 マンセルが残念そうに続ける。


「構造がわかれば量産出来てしまうし、使うための弾? っていうの? それを作る知識を持っている人間もいるかもしれない」


 エリセも言葉をつなぐ。


「異世界人がきたときは、その持ち物ごと登録局に申請するのが規則なのだが、守らないやつもいるというわけだ。そしてそういう奴らに限って、変に知恵がまわるし、余計な事を考えるものだ」


「国として異世界人の保護をするのは、異世界人の持つ技術で社会を不安定にしないよう、コントロールする意味もあるんだ」


 エリセは意を決したように黒髪の青年に向き直る。


「残念だけど、君に職業選択の自由はなくなったと思っていいようだ」

「それはどういう意味ですか」


 書類をめくりながら、マンセルが振り向きもせず言う。


「異世界の武器をこの世界でも作れるようになったら、使い方を知ってる奴が必要になるよね。そうなれば持ち込んだ奴が確実だって話になる。コーヘイ自身もちょっと危ないって事さ」


 相槌すら打てずにいる青年に、言葉を続ける。


「君はたまたま目撃者の多い所にきたから、君自身はここに送られる事になったんだろう。もし人目のないところだったら、装備ごと連れ去られて、作り方や使い方の知識を取られるだけ取られてたろうな」


「そして最初の試作品の実験台になっていたな」


 局長のエリセは冷たく言い放った。


「君は騎士団に入る事になる。主に自分の身を守る術を身につける事が主目的だが、君がこの世界に持ち込んだ武器についての対応も、いつかする事になるだろう。今まで異世界から武器の類はこの世界にあまり持ち込まれてこなかったから、実際どういうものかが我々にはわからない」

「だから申請方式はダメだって常日頃から言ってるんですよ。嘘を書かれたらどうしようもないじゃないですか」


 書類を棚に戻しながら天井を仰ぎ見る。

 年に数件の事に人員を多く配置する事もできず、現地での調査もままならない。エリセも以前から、申請方式ではこのような事態は防げない事は知っていた。


 しかし広い国土のどこに現れるかわからない異世界人を、確実に把握する術はなく、実数は登録数より多いとされているし、人知れず行方不明になっている者も、死んだ者も多いだろう。


 今のところは、何かあればそれにその都度対応するしか、方法はないようで、エリセはもう一度深い溜息を吐いた。


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