第2話 タケミチくん

五年の月日が流れた。その間も勧誘ハガキの中の『タケミチくん』は順調に成長し、小学校六年生になっていた。


康子は先刻ポストに入っていたハガキをファイルに収め、パラパラとめくった。ファイルにはここ五年間に届けられた『タケミチくん』宛てのダイレクトメールが保管されている。それを眺めながら、最近ダイレクトメールの内容に変化が見られることに気づいた。


音楽や武道、プール教室などのお稽古事から、パソコンや英会話などの勉強に関する習い事の勧誘が増えてきている。勧誘の主旨はどれも似たようなもので、「今から始めれば学校の勉強も楽になる、将来役に立つ」というものだった。子供に無限の可能性を夢見るのもいいですが、そろそろ現実も見なきゃいけませんよねえ。そう、ハガキの向こうからささやかれているような。


もし本当に子供がいたら、この中のどれかには行かせたかもしれないなあ。康子はファイルをめくりつつ思った。これだけたくさんの選択肢を見せつけられたら、どれか一つくらいは手に取ってポストに入れてしまいそうだ。


「ただいまぁ」

「あら、おかえりなさい。早かったのね」


帰宅した啓之は不自然なくらい陽気な表情で康子の肩をぽんと叩いた。


「喜べ、康子。この家、本当に俺たちのものになるかもしれない」

「え?」


嬉々とする夫の説明に耳を傾ける。元々の持ち主の家族が、転勤先に今後も留まることになった。せっかく買ったマイホームだが、戻る予定もないので処分しようという話が出た。せっかくだから現在の住人である桜木夫妻に、もしその気があるなら、買い取っていただけませんかと連絡がきたのだ。


「こちらとしてはゼロから家を購入するより安くつくし、先方にとっても悪い話じゃないらしい。どうかな」

「もちろん、賛成よ。いい話じゃないの」

「そうだよな」


揚々と席についた啓之の顔が、食卓の上に広げられたファイルに目を通すなりこわばった。夫の表情を見て康子は身体を固くした。しまった。見つかってしまった。


「……康子、お前……こんなもの作ってたのか」


夫がファイルをぺらぺらめくっている。


「あのな……お前にもう一つ言っておかなくちゃならないことがあるんだ」

「……なに?」


腕を組み、啓之は言いにくそうに口を開いた。


「この話を進めていたとき、気になって聞いてみたんだ。そちらにタケミチくんという名前のお子さんはいらっしゃいますかって。そしたら高校生の娘さんはいるけど、男の子はいないって」

「え? じゃあ、このタケミチくんっていう子はどこから出て来たの」

「わからん」


口をつぐんだ二人の空気をごまかすように、テレビから遠い笑い声がひびいた。

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