転校生はアニメ好き

「月曜は学校行く気無くなるな」


 氷天と一緒に登校している時、優介は欠伸をした。

 土日は食材の買い物でスーパーに行く時だけしか外に出てないし、ひたすら引きこもっていたら学校に行く気も起きない。

 流石にサボるわけにはいかず、眠いのを我慢して学校に向かう。


「もう……きちんと寝ててるのに眠いってどういうことなんですか?」

「一ヶ月遅れの五月病」


 こちらを見つめてきた氷天は、思い切りため息をついた。

 土日は甘々な休日を過ごしたのだが、外にいる時の氷天は相変わらず冷たい。

 氷の天使様と言われるくらいに異性に対しては辛辣なので、今さら甘くしてくれ、と言っても無駄だろう。


「五月病は進学や就職の一年目になるでしょう。兄さんは単に怠けているです」

「ごもっとも」


 自覚しているなら直してくださいよ、と思っていそうな冷たい視線を向けられた。

 基本的に氷天は真面目な性格をしているため、外でだらしない兄を見たくないのだろう。


「そこのカップルさんや」


 ツンツン、と肩で軽くつつかれた優介は、声がした方へと向く。

 目の前にはサラサラとしたセミロングの亜麻色の髪を少しだけなびかせている少女が立っていた。

 ライトブラウンの瞳は興味あり気にこちらを見つめており、どうやら優介たちをカップルだと思ったようだ。

 氷天と同じ制服を来ているので、少女は同じ高校に通っている生徒なのだろう。

 半袖のスクールシャツは第二ボタンまで開けており、屈まれたら胸元が見えてしまいそうだ。


「私たちはカップルじゃなくて兄妹です」


 すぐさまに氷天は恋人同士と間違えられて訂正をする。


「あ、そうだったの? 兄妹とは思えないくらい甘い雰囲気出してたからカップルだと思ったよ」


 「にゃはは」と笑いなががら少女に言われ、氷天の冷たい視線が彼女の方げ向く。

 シスブラップルと言われているからか、恋人同士に見られるのは嫌らしい。

 いや、素直になれないから、氷天は優介とカップルと思われるのが嫌な風に振る舞っているだけだろう。


「それで何の用?」


 初対面のため、彼女が何で話しかけてきたのか不明だ。


「ごめんごめん。今日から日本の高校に通うんだけど、道に迷っちゃって。良かったら案内してくれないかな?」

「日本のということは、今まで外国にいたのか?」

「うん。本当は四月から通う予定だったんだけど用事で遅れちゃって」


 二ヶ月も遅れる用事とは何か少しだけ気になったが、聞くほどでもないから口にはしなかった。

 彼女は氷天と違って見た目は日本人ぽいし、日本語もきちんと話せているので、元はこちらに住んでいて、親の転勤などで外国に引っ越したのだろう。


「あ、自己紹介が遅れてごめんね。私は三井理奈みついりなで高校二年生だよ」


 どうやら同い年で、優介たちのクラスは他のクラスより一名人数が少ないため、もしかしたら同じクラスになるかもしれない。

 理奈がどのクラスになろうとも関係ないのだが。


「そうか。俺は椎堂優介で、こっちのツーンってしてるのが妹の氷天。どっちも二年生」

「ツーンっしてません」


 明らかに不機嫌そうな顔をしているのに、氷天は認めたくないらしい。

 カップルと言われたから、というにもあるかもしれないが、不機嫌にしている一番の理由は理奈が優介に気軽に触れたからだろう。


「にゃはは、面白い兄妹だね。お兄さんと氷天ちゃんね。同じクラスになれるといいな」

「お兄さん?」

「うん。氷天ちゃんのお兄さんだからお兄さん」


 良くわからないが、理奈にとって優介はお兄さん、という立場になったらしい。

 同い年なのだから名前で呼べばいいのに、と思いつつも、何と呼ばれようと関係ないので内心はどうでも良かった。


「ちなみに私の趣味はアニメを見ることだよ。そしてお兄さんには私と同じ匂いがする」


 まるで匂いを嗅ぐかのように、理奈は優介に顔を近づける。

 目線が同じ高さになったのは理奈が背伸びをしたからで、今にもキスが出来てしまいそうなくらい距離が近い。

 外国に住んでいたみたいだし、初対面相手でも距離が近くなってしまうようだ。


「ちょっ……距離が近いですよ」

「ぐえ……」


 氷天に首根っこを捕まれて引っ張られたため、優介は体勢を崩して変な声を出してしまう。

 明らかに嫉妬しており、どうやら自分より近い異性が許せないようだ。


「氷天、掴むなら雨でとかにしろ」

「可愛い女の子にデレデレする兄さんは馬に蹴られるて死ねばいいです」


 これ以上ないくらいにツーンと顔を反らした氷天は、今までと比べ物にならないほどに機嫌が悪いらしい。

 ずっと一緒にいるのだし、優介には何で機嫌を悪くするのか不思議でならなかった。


「俺が死んだら困るのは氷天だろ」


 図星をつかれ、氷天は言い返すことが出来ないようだ。


「俺は氷天が一番大切だって言っただろ? だから氷天から離れることはしない」

「あ……」


 肩を抱いてから引き寄せ、優介は氷天の顔を自分の胸に埋めさす。

 おでこを押し付けるのが好きなようなので、こうして機嫌を直してもらうしかない。


「兄さん、ここは外……」

「知ったこっちゃない。氷天の機嫌が直るまで離さないから」


 氷天は一切の抵抗を見せないが、離れないように少し力を入れて彼女の顔を埋めさす。


「というこなんで、三井は氷天の機嫌が直るまで待っててくれ」

「うん。リアルにシスコン、ブラコンのバカップル……通称シスブラップルいるとは思ってもいなかったけど」


 シスブラップルと言われても氷天が反応しないのは、恥ずかしすぎて周りが見えていないからだろう。

 氷天の頭を撫でてあげると、「ふにゃ~……」と蕩けたような声を彼女は出す。

 恥ずかしながらも嬉しいらしく、氷天はおでこを胸に押し付けてくる。


「てか、シスブラップルって通称なの?」


 ネットで調べても出てこないし、学校の人たちが勝手に言ってるだけだと思っていたから驚きだ。


「さあ? 何となく言っただけだよ」


 確かに今の優介たちの光景は、兄妹が恋人同士になってイチャついているだけにしか見えないが、初対面の人に言われるとは思ってもいなかった。


「あ、もしかして友達からシスブラップルって言われてるの?」

「そうだな。ちなみに氷天の前で言ったら怒られるから止めとけ」

「はーい。てか、そろそろ学校行きたいんだけど。転校初日で職員室行かないといけないから早めに行きたいし」


 まだ遅刻する時間ではないが、転校初日は早く登校した方がいいだろう。


「氷天、そろそろいいか?」

「まだ私の機嫌は直っていません」


 先ほどと違って冷たい声ではなくなり、もう機嫌は直っているようだ。

 でも、離れようとしないのは、氷天が優介ともっとくっついていたいからだろう。


「にゃはは。学校名はわかってるからスマホのナビを使って行くことにするよ」

「そうか」


 なら最初からスマホを使えよ……そもそも同じ制服を着た人たちについて行けばいいだろ、と思ってしまったが、胸の内に納めておいた。

 理奈がその場からいなくなっても氷天は離れようとせず、むしろさらおでこを押し付けてくる。

 氷天が中々離れようとしなかったため、優介たちは遅刻するギリギリで学校に着いたのだった。

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