妹は独占欲が強い

「本当に兄さんが全然離れてくれません」


 時刻は二十二時過ぎ、優介はほとんど氷天から離れなかった。

 流石にトイレやお風呂の時間は離れたが、それ以外の時間はずっと氷天とくっついていた。

 一日中、一緒にいるのは初めてのことだからか、未だに氷天の頬が赤くて体温が高めだ。

 早く慣れてほしいものの、一日くっつた程度で慣れるのであれば、七年間一緒に寝ている間に慣れるだろう。

 お風呂には既に入っているため、後は寝るまでくっついているだけだ。


「きちんと言ったし」


 今もくっついていて、ひたすら氷天から離れない。

 慣れてほしいため、どんなに氷天が恥ずかしがっても離れるほとはしなかった。


「そうですけど、あう~……」


 恥ずかしすぎるのか、氷天は胸に顔を埋めてぐりぐり、とおでこを押し付ける。

 おでこから恥ずかしいです、という想いが伝わってくるが、優介が氷天を離すことはしない。

 慣れていないのに離してしまっては訓練になれないからだ。


「兄さん……」

「どうした?」

「兄さんは私と一緒にいて彼女出来ないですよね? 欲しいと思ったことはありますか?」


 頭を撫でていると、こちらに顔を向けた氷天が問いかけてきた。

 欲しい、と思っていたら嫌だという悲しげな瞳を向けられ、まだ寝ないというのに珍しく氷天が優介の背中に腕を回してくる。


「思ったことないな」

「本当ですか? 男子高校生は彼女欲しいと思うのが普通ですよね?」


 普通の男子高校生だったら彼女を欲しいと思うだろうが、生憎と優介は寝る前に妹と抱き地蔵の体勢をするという一般的な人とは違う。


「思春期男子が彼女ほしいと思うのはイチャイチャしたいからだ」

「そうでしょうね」

「俺は既に氷天とくっついているから彼女を作る必要はないな」


 好きな人が出来たら別かもしれないが、今のところは氷天がいるので誰かと付き合いと考えていない。

 本気で彼女はいらない、と教えるために、まだ不安そうな瞳を向けている氷天の手を握る。

 以前に握った時とは違って恋人同士がする指を絡め合う恋人繋ぎをされたからか、氷天は嬉しそうに「えへへ」と可愛らしい笑みを浮かべた。

 普段日中に見せる氷の天使様のような冷たい瞳はどこかに行ってしいまったかのように、今の氷天は蕩けてしまっている。


「俺は氷天が一番大切だから、いきなり彼女を作ることはないさ」


 自分のせいで氷天は今の体質になってしまったのだし、たとえ結婚出来なくてもずっと一緒にいるつもりだ。

 両親からしたら子供が結婚しないのは悲しいかもしれないが、大切な氷天のためだからしょうがない。


「私も兄さんが一番大切、です」


 耳まで真っ赤にしているとこを見ると、氷天には今の言葉が精一杯なのだろう。

 恐らくはシスブラップル、と言われるようになった小学高学年くらいの時から兄を異性として意識し始めたらしく、明らかに氷天の態度が変わった。

 今まで気にしていなかったが、氷天の瞳はどこか恋する乙女のようだったように思える。


「だから……彼女を作らないで欲しいです」


 どうやら氷天は独占欲が強いらしく、絶対に離したくない、といった想いが込めたような藍色の瞳に優介は見つめられた。

 特に彼女を作りたいと思っていないため、優介は「大丈夫だよ」と優しい声で囁く。

 妹が兄を独占するのは一般的にないだろが、残念ながら氷天は優介がいないと眠れないので他と違う。

 おでこを胸に押し付けるのが好きなのか、氷天は再びしてくる。

 若干胸元がくすぐったくなるが、大切な氷天がしてくるので我慢だ。


「俺も胸に顔を埋めてぐりぐりしてみたい」

「なぁっ、恥ずかしすぎます」


 確かに男の胸と女の胸は違うため、女性が男性に胸に顔を埋められてぐりぐり、とされるのは恥ずかしいことだろう。

 顔は埋めているから見えていないが、氷天の頬が真っ赤になっているのは想像出来る。

 でも、氷天はダメと言わないため、胸をぐりぐり、とされても抵抗しないだろう。

 毎日抱き合っているので、女性の胸の柔らかな感触は知っているし、無理矢理触りたいとは思っていない。


「もう少しイチャイチャしたら氷天のこと寝かすから」


 夜更かしをしたのにいつもとそこまで変わらない時間に起きたため、もう眠気がある。

 明日も休みだから今日も起きててもいいのだが、あまり生活リズムを変えるのはよろしくないだろう。


「はい。実はもう眠かったりします」


 氷天は朝に朝食の準備や洗濯などがあるので睡眠時間が優介より短いらしく、少し眠そうに欠伸をした。

 今日はいっぱいくっついたし、もう寝させても問題ないだろう。


「寝かすって言われると、私が兄さんの子供みたです」

「パパ寝かしあげまちゅからねー」

「兄さん……明日の朝食はハバネロより辛い唐辛子を使うことになりますよ」


 寝る前には珍しく、氷天が冷たい瞳を向けてきた。

 失言だったな、と思いながら「悪い」と優介は謝る。


「てかハバネロとか普通の家庭にはないと思うんだけど、どこで買ってるの?」

「通販で買えますよ。今日は激甘だったので、明日は辛い料理にしましょうかね」

「何が何でも中和しようとするの止めてくれる?」

「それは兄さんの心がけ次第ですね。まあ、激辛にするのは滅多にないですが」


 たまになら我慢出来るが、毎日のように激辛料理を食べるのはキツい

 だからって氷天の料理を残すことなんて考えられないので、どんなに辛くても完食する。


「明日は冗談にしても、彼女を作らないと約束したので、破ったら水なしで激辛料理を食べるはめになりますよ」


 つまりは絶対に彼女を作って欲しくないということだろう。

 「わかった」と頷いた優介は、氷天を寝かすために抱き地蔵の体勢にする。

 どんなにくっついていても、ネグリジェで足を開くのは恥ずかしいらしく、再び氷天は耳まで真っ赤にさせた。


「おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 氷天は一瞬にして夢の中に入っていったようだ。

 今日の優介は、いつもより長い時間、氷天を抱き地蔵の体勢でいさせてから自分も寝た。

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