夜更かしをする

「兄さん……」


 二十三時過ぎ、いつものように氷天は優介の部屋を訪れた。

 昨日と同じでネグリジェに髪を二つのお団子状にした格好だ。

 氷天が部屋に来たということは、もう寝たいのだろう。


「ほらおいで」


 ポンポン、とベッドを軽く叩いて手招きすると、頬を紅潮させた氷天が頷いて隣に座る。


「あ……兄さん」


 肩に手を置いて氷天のことを引き寄せ、彼女を触れ合うことに慣らしていく。

 抱き地蔵という体制にならないと寝れないから恥ずかしいのはわかるが、いつまでたっても慣れないのはいいかがなものか? と優介は思う。

 今日はお互いに大切な兄妹だと言い合って手を繋いだので、思い出して恥ずかしいのかもしれない。


「明日土曜で休みだし、今日は夜更かしするから」


 起きていたい理由は特にないが、久しぶりに起きていたい、と思ったのだ。

 普段は録画している深夜アニメを見るのもいいし、あえて氷天を寝させないで触れ合いに慣れさすために長時間くっついているのもいいだろう。


「兄さんって私が寝たらいつもすぐ寝てますよね?」

「そうだな。今日は深夜まで起きてる気でいるけど」


 テーブルに置いてあるリモコンを手に取ってテレビをつけ、すぐに戻って氷天にくっつく。


「私も夜更かしに付き合うんですか?」

「もちろん。これから先も一緒に寝ることになるのだし早く慣れろ」


 七年も慣れていないから今さら恥ずかしがるな、というのは難しいかもしれないが、少しでも訓練みたいなのは必要だ。

 だから少なくとも深夜一時くらいまで氷天を寝さすつもりはない。


「絶対に先に寝ないでくださいね。兄さんが先に寝てしまっては私が眠れなくなりますから」


 釘を刺すようにしっかりとした声で言い、絶対に寝ちゃダメだという視線を氷天は向けてくる。

 もちろん、と優介は頷き、テレビに映っているアニメを見る。


「もしかしてこのアニメ、妹がヒロインですか?」


 先ほどから主人公の妹がメインで映っているため、氷天は妹がメインヒロインだと思ったらしい。


「ヒロインだな。アニメでは義妹であればヒロインになる」


 氷天の言う通り、いや、むしろ妹がメインヒロインのアニメで、原作の読者アンケートで一番の人気を誇るキャラだ。

 金髪ツインテール、ニーソックスで素直になれないという、王道のツンデレキャラだから人気があるのだろう。


「兄さんはこのキャラ好きなのですか?」

「そうだな。可愛いし」


 王道のキャラだけあってとても可愛く、人気があるのも頷ける。

 氷天は何故か「兄さんはツインテールが好き、兄さんはツインテールが好き」と何度も小声で呟いており、藍色の瞳はしっかりとアニメを捉えていた。

 同じよう妹として何か思うことがあるのかもしれない。


「俺がアニメキャラ好きで嫉妬しちゃった?」

「な、何で兄さんがアニメキャラ好きで嫉妬しないといけないんですか?」

「知らん」


 側にいてくれさえすれば氷天が嫉妬しようがしなかろうがどうでもいいことなので、優介は適当に返事をしてアニメを見る。


「じゃあステップアップ」


 少しずつ慣れさせるため、優介は自分の胸に氷天の顔を埋めさす。

 いきなりのことで驚いたのか、氷天は「あう……」と可愛らしい声を出した。


「兄さん……これは……」


 胸に顔を埋めさせているからわからないが、今の氷天は恥ずかしさで頬が真っ赤になっているだろう。

 だけど抱き地蔵の体勢じゃないと眠れない以上、少しでも慣れてもらえないといけない。


「嫌ではないんだろ?」


 優介が優しく頭を撫でながら問いかけると、氷天は顔を埋めながらも小さな声で「はい……」と返事をしてくれた。

 夜に優介の部屋に来た氷天は自分が眠るために素直になるので、朝や学校での出来事は起こったりしない。

 結構甘えん坊になったりするのだ。


「兄さんとくっつけて私が嫌なわけありません」


 ボソッと小声で氷天は呟き、おでこをぐりぐり、と胸に押し付けてくる。

 甘えてくる氷天は可愛いが、優介が大切な妹に家族以上の感情を持つことはない。

 むしろ大切に想っているからこそ、これ以上の感情を持ちたくないのだ。


「兄さん……」


 ただ、氷天は家族以上の感情を持っているかもしれない。

 七年ほど血の繋がりがない優介と毎日抱き合って一緒に寝ているのだし、特別な感情を持っていても不思議ではないだろう。

 日中に冷たい態度を取ってしまうのは、好意があるのを悟らせたくないから、という理由があれば納得出来る。

 他の異性と関わらろうとしないのも、好きな人がいれば控えようとするだろう。

 下手に仲良くすると相手に勘違いさせてしまうのだから。

 夜に冷たい態度にならないのは、抱き地蔵の体勢でないと寝れないということで、合法的にくっつくことが出来る。


「恥ずかしいのに慣れてきた?」

「慣れるわけありません。だから慣れるためにこうするんです」


 この程度で慣れるのであれば、とっくに恥ずかしがったりしないだろう。

 いつまでも恥ずかしがるのは嫌らしく、氷天は慣れさそうと自分からくっついてくる。

 だけど湯気が出そうなくらいに体が熱くなっているし、氷天の口からは「あう~……」と恥ずかしい時に出す声が漏れている。


「今日は寝かさないから覚悟しろよ」

「兄さんに言われるとこになるなんて思ってもいませんでした。普通は彼氏が言うような台詞ですよ」


 そんなのとを言いつつも、氷天の声はどこか嬉しそうだった。

 顔は未だに胸に埋めているから表情はわからないが、笑みを浮かべているだろう。


「俺も妹に言うとは思ってもいなかった」

「ふふ。しょうがないので、今日は兄さんに付き合ってあげますよ」


 優しい瞳をこちらに向けた氷天の表情は、やはり笑顔だった。

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