妹の膝枕

「氷天、ちょっといい、か?」


 学校が終わった後、制服からジャージ姿に着替えた優介は氷天の部屋に訪れた。


「……兄、さん」


 雪のような白い素肌を晒した氷天は、どうやら着替えの真っ最中だったようだ。

 スカートははいたままであるがタイツは脱いでおり、ブラウスは着ていないから大きな谷間がしっかりと見えている。

 たまに見るラブコメアニメでは義妹の着替えシーンなどは良く出るが、まさに今遭遇してしまったらしい。


「ところで今日の晩ご飯なんだけど……」

「何で私が着替えているのに入ってくるのですか?」

「話があるからだけど」


 夜には毎日抱き合っているのだし、今さら氷天の着替えシーンを見ても何とも思わない。

 もしも妹に対して欲情するのであれば、優介は既に氷天の初めてを奪っているだろう。


「悪い悪い。着替えが終わるの待ってる」


 ベッドに腰掛け、氷天が着替え終わるまでスマホを弄る。

 どんなに遅くても数分で着替え終わるだろう。


「兄さん……」


 耳まで真っ赤にしている氷天は体をプルプルと震えさせ、今にも殴りかかってくるんじゃないかと思うくらいの勢いで手をグーにしている。


「あの……氷天さん? 何で缶なんて持っているんですか?」


 思わず敬語になってしまうほど、今の氷天は迫力があった。

 手にはペンなどを入れている缶を持っており、すぐにでも氷天はこちらに投げてきそうだ。


「兄さんが部屋からでていかないからでしょーが」


 投げられた缶は優介の頭にクリーンヒットし、視界が真っ暗になった。



「……ここは?」


 ゆっくりと瞼を開けると、目の前に氷天の顔があった。

 氷天の頬はほんのりと染まっており、今にもキス出来そうなくらいに距離が近い。

 毎晩氷天の匂いは感じているはずだが、今回はやけに甘い匂いがして色っぽかった。


「に、にににに兄さん?」


 やたら大きな声を上げた氷天は、急いで顔を離す。

 寝起きで大きな声を聞くのはしんどかったが、状況が掴めていない優介はどうすればいいかわからなかった。

 辛うじてわかったのは優介が寝ている時に氷天が膝枕してくれたのと、何故か顔を近づけていた、という二点のみ。


「氷天?」


 氷天は今までにないくらい頬に真っ赤にしているおり、まるで寝る前のイチャつく時みたいに恥ずかしそうにしている。

 何で今の状況になっているかわからないが、氷天の太ももの感触が気持ちいいからそのままでいることにした。

 細い足なのに凄く柔らかい。


「な、何でもありませんから」


 ツンデレのようにプイっと視線を反らした氷天の顔はどこか寂しそうだった。


「俺は何で寝て……ああ……着替え中の氷天の部屋に入ったら缶を投げられたからか」


 透けるような白い肌は一切の汚れがなく、とても美しいと思ったのを覚えている。

 毎晩抱き合っているとはいえど裸を見る機会はほとんどなかったため、見たのは小学生の時に一緒にお風呂に入ったきりだ。

 今日見たのは正確には裸ではないが。


「思い出さないでくださいよ」


 着替えを見られたシーンを思い浮かべているのか、氷天は「あう~……」と恥ずかしそうにしている。

 優介が寝ている間に氷天は着替えたようで、ピンク色の可愛らしいワンピースだ。


「兄妹でも恥ずかしいのか?」

「恥ずかしいんです。兄さんは私に裸を見られてもいいんですか?」

「問題ないよ」


 妹に裸を見られて恥ずかしがる兄はあまりいない、と思っている。

 あくまで優介独自の解釈であり、世界のお兄ちゃんがどう思っているのかは知らない。


「兄さんはそういった人でしたね。私に毎晩え、エッチな体勢させますしね」

「ネグリジェで思い切り足開くもんな。俺がさせてるわけじゃないけど」


 あくまで氷天が抱き地蔵の体制をしないと眠れないだけであって、優介は無理矢理させているわけではない。


「でも、最初は兄さんが私にあんなエッチな体制をさせたじゃないですか」

「そうだな。父さんと母さんのあんなシーンを目撃しちゃったばっかりに氷天が毎晩抱き地蔵の体制になっちゃって……お兄ちゃんは悲しいぞ」

「兄さんにだけは言われたくないです、よぉ」


 頬を膨らませている氷天に頬を強くつねられ、自業自得だ、と優介は実感する。

 目撃しても気にせずしていれば、氷天が変な体質になることはなかったのだから。

 出来ることならせめて普通に抱き締めて寝れる程度にまでさせてあげたいが、今さらやっても難しいだろう。

 過去に色々試した結果、やはり氷天は抱き地蔵の体勢じゃないと寝れなかった。


「そろそろ起きるか」


 もう少し膝枕を堪能していたいが、優介は体を起こす。

 若干頭に痛みが走り、思い切り投げられた缶が直撃したんだな、と実感した。


「あ、足が……」

「どうした?」


 氷天は何故か足をプルプルと震えさせており、動きたくても動けないような感じになっている。

 まるで長時間正座して足が痺れてしまっているかのようだ。


「一時間くらい膝枕していたので、足が痺れてしまいました」

「あー、人間の頭は想いからな」


 一時間もしていては、足が痺れても不思議ではない。

 今、氷天の足を指でつついたら、とんでもないことになるだろう。

 だからってしたいとは思えなく、むしろ優介は氷天を抱き抱えた。


「あの……兄さん、これは?」

「お姫様抱っこだな」

「何でするんですか?」

「だって動けないんだろ?」

「そうですけど……」


 少なくとも、数分間は氷天の足は痺れたままだろう。

 氷天は優介を気絶させてしまったが、元々は彼女の着替えを見てしまったこちらが悪い。

 だからベッドまで運んであげようと思ったのだ。

 抱き地蔵の体勢で眠るのだからお姫様抱っこくらいで頬を赤くしないでほしいが、氷天にとっては恥ずかしいことなのだろう。


「重い……」

「女の子に対して重いというのは失礼ですよ。私の着替えも平気で見ますし」

「俺にはデリカシーが不足しているようだ。悪いな」


 そういえばアニメでは主人公が妹の部屋に入る時はノックしてたな、というのを思い出し、優介は自分の配慮が足りなかったと反省した。

 学校から帰ってきて時間はあまりたっていなかったし、氷天が着替えている可能性は充分にあったのだから。


「いえ、私も悪かったです。部屋から追い出せば良かったのに、缶なんて投げて兄さんを気絶させてしまったのですし……」


 本当に反省しているらしく、氷天は珍しく落ち込んでいる。


「すぐに足は動くだろうけど、俺が一緒にいてあげるよ」


 氷天をベッドに寝かせ、優介も横になった。

 毎日一緒のベッドに寝ているが、まだ日が落ちない時間に同じベッドに入ったのは久しぶりのことだ。


「兄さんは私を子供と思っているのですか?」

「思うわけないだろ。氷天は俺にとって大切な妹だ」


 ギュ、と手を握った手には絶対に離さない、という想いを込めた。

 その想いを感じ取ったのか、氷天も握り返してくれる。


「私も兄さんは大切ですよ」

「俺がいないと眠れないもんな」

「もう……それだけじゃないですよ。気づかない鈍感な兄さんには、夜もハバネロ入りになります」

「ちょ……続けてハバネロは勘弁して」


 昼、夜と激辛料理は勘弁してほしいので、優介は氷天に「ふふ……」と笑われながら謝るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る