二人の朝

「んん……」


 朝になって起きると、既に氷天の姿はなかった。

 部屋にある時計で現在の時刻を確認すると午前七時で、優介は学校がある時はいつもこの時間に起きる。

 ゆっくりと体を起こして背伸びした後に、優介はパジャマ姿のままで部屋を出ていく。


「おはよ~」


 トイレや歯磨きを済ませ、朝食の準備をしている氷天に挨拶をする。

 いつもなら母親が用意するのだが、今年の春から長期出張になった父親について行ったので、この家には二人しかいない。

 家を出る際に妹か弟を期待しててねー、と母親に言われたため、今も夫婦揃って仲がいいようだ。

 以前優介が見てしまった行為の時は避妊していたらしく、両親が再婚してから子供は出来ていない。

 だけど来年の今頃には弟か妹が出来ている可能性は充分にあるだろう。


「おはようございます。はい、コーヒーです」

「さんきゅ」


 いつも同じ時間に起きる優介のために、氷天はホットコーヒーを入れてくれる。

 テーブルの上にコーヒーを置いた氷天はすぐにキッチンに戻っていく。


「ブラックは苦い……」


 コーヒーを一口飲むと、独特の苦味が口いっぱいに広がって優介は渋い顔をしてしまう。

 毎朝入れてくれる氷天のコーヒーはいつもブラックだ。


「兄さんがブラックがいいと言ったんでしょう」


 「全くもう……」と呟いて氷天はため息をつく。

 朝からブラックコーヒーを飲むことで、優介は脳を活性化させる。

 氷天が抱き地蔵の状態で寝るのがルーティーンのように、優介がブラックコーヒーを飲むのは毎日のことだ。


「それに毎晩私と甘い空間を過ごしているんですし、ブラックで苦味をプラスしてあげないといけないですよ」

「甘い空間なのか?」


 氷天が抱き締めないと眠れないから仕方なく一緒に寝ているだけであって、別に妹と甘い空間を過ごしたいとは思っていない。

 一緒に寝るのは嫌ではないが、氷天が寝るまで自分が寝れないのが嫌なだけだ。

 いつも恥ずかしがって早い時間に来てくれないのだから。


「バカ……」


 何故か頬を赤くしている氷天に罵られてしまった。


「コーヒー飲んだら着替えてくださいね」

「パジャマのまま学校に行けたらいいのにな」


 優介はパジャマ姿が好きで、学校に行く直前まで制服を着たくないと思っている。

 一方の氷天は既に制服に着替えており、色素が薄くて紫外線が苦手な彼女は長袖のブラウスに白のスカートだ。

 六月になって夏服なために一部の男子はブラスケを期待する時期なのだが、氷天はキャミソールをブラウスの中に着ているから透けることはない。

 それに足は黒いタイツで隠れているので、氷天が外で肌を露出するとこはほとんどないのだ。

 今はご飯を作っているためにピンクのエプロンを身に付けているが。


「良くありません。私のネグリジェ姿を見ていいのは兄さんだけですし……」


 後半は氷天の声が小さくて聞き取れなかったため、もうそろそろアイスでいいかな、と思いながら優介はコーヒーを飲んでいく。


「抱き地蔵じゃないと眠れない氷天が他に何を恥ずかしがる必要がある」


 耳まで真っ赤にしているので、優介は氷天が恥ずかしがっていると判断した。


「なっ、だ、抱き……エッチなことを妹に言わないでください」


 どうやら抱き地蔵の意味を知っているらしい。

 高校生だし知っていても不思議はないだろう。


「もうこの際抱き枕で抱き地蔵すればいいじゃん」

「無理です。一度試しましたが、温もりが足りなくて眠れませんでした」


 きちんと人肌をいっぱい感じられる抱き地蔵の体勢じゃないと眠れないらしく、普通に眠れるのであれば兄さんに頼っていませんよ、と思っていそうな顔を氷天はする。


「修学旅行は大変だったんだからな」

「仕方ありません。兄さんがいないと私が眠れないんですから」


 学校行事の最大のイベントである修学旅行は、氷天をトイレで寝かしてあげてから布団に連れて行く、という面倒なことをしないといけなかった。

 他に人がいる部屋で抱き地蔵の体制になるのが恥ずかしかったらしい。

 お姫様抱っこをして氷天を部屋に連れて行った時は、女子たちにシスブラップルと散々言われた。

 同じ学年であるのが幸いで、違う学年だったら修学旅行などの泊まりの行事に行けなくなってしまう。

 氷天は三月生まれのため、後一ヶ月遅かったら違う学年だった。


「それにしてもあれだな。父さんと母さんが出張でいなくなって二ヶ月たつけど、未だに広く感じるな」

「コロコロと話が変わるのは置いといてもそうですね」


 再婚を期に二階建ての一軒家購入した本人たちがいないので、特に広めのリビングで二人きりでは本当に広く感じる。

 両親が出張の時だけ家を狭くすることが出来ないのでどうしようもないが。


「コーヒのおかわりはある?」

「私のサービスは一杯だけなんで、後はセルフでどうぞ」

「うう~辛辣ぅ~」

「テンション高めに言ってキモいですよ」


 リビングとキッチンで距離があるのにも関わらず、氷天はさらに距離を取る。

 ドン引きされてお兄ちゃんは悲しいよ、と思いつつも、優介はキッチンまで行って二杯目のコーヒーをカップに注ぐ。


「兄さんはカフェイン中毒ですね」

「氷天はお兄ちゃん中毒です……あちぃっ……」


 ガシ、と氷天に足を蹴られた衝撃で、カップに注いてある熱々のコーヒーが零れて手にかかってしまった。

 急いで蛇口から水を出してコーヒーがかかった手を冷やす。


「夜は優しいのに朝は辛辣」

「寝る前は兄さんがいないと眠れないので仕方なく優しくしているだけです。夜に兄さんがいてくれれば後はどうなっても構いません」


 昨夜の恥ずかしがっている時とは違い、朝になると氷天はクールになる。

 氷天がクールになったのはシスブラップルと言われるようになってからで、恥ずかしさを誤魔化すためだろう。


「ほら、ご飯が出来ますから、運ぶの手伝ってください」


 「はいはい」と頷いた優介は、ご飯をテーブルまで運んで氷天と一緒に食べた。

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