八千個の小石
烏目浩輔
前編
僕がスマホから外に飛び出ると、例のごとくポンッと音がしました。なぜ、こんな
それはさておき――。
スマホから現れた僕に驚いてパニックを起こしたのでしょう。セーラー服を着た女の子がスマホを投げ捨てて悲鳴をあげました。
「ギャアアアア!」
資料によると女の子は中学二年生とのことです。短く切り揃えた黒髪に、小麦色の健康的な肌。いかにも快活そうな目をしたボーイッシュな女の子です。また、彼女はいつもこの道を通って家に帰るのだとか。ここは歩きやすいとは言えない小石の多い
僕はあえてこの道を選んで登場しました。もうすぐ、大量の小石が必要になりますから。
ところで、僕が黒いスーツを折り目正しく着こなし、二十代前半のイケメン眼鏡男子に擬態しているのは、女の子に無用な恐怖を与えないためです。この女の子は知的系年上男子を好むのです。タイプの異性を目の前にすれば、トキメキで恐怖が薄れるはず――という考えは、残念ながら甘かったようです。
女の子はその場にへたりこみ、なおも甲高い悲鳴をあげています。
「ギャアアアア!」
しかし、このままでは話が前に進みません。そろそろ自己紹介をしておきましょうか。とはいえ、いきなり本当のことを告げようものなら、 女の子の悲鳴がさらに高くなり兼ねません。まずは遠回しに伝えてみましょう。
「驚かせてすみません。僕は
ところが、遠回しでもパニック状態の女の子には衝撃だったようです。悲鳴と同じテンションの叫び声が返ってきました。
「あの世のモノがスマホから出ちゃった! それってアレだよね! 幽霊的ななにかだよね!」
「そうですね、僕は幽霊的ななにかです。でも、正確には幽霊ではないのですよ。そんな低級なモノではないのです」
「やっぱり幽霊じゃん! 私、はじめて見ちゃった! ていうか、幽霊は
「いえ、ですから僕は正確に言うと幽霊ではないのですよ。ちなみに、あの世のモノが丑三つ時に活動するというのは、人間が勝手に作りあげたイメージにすぎません」
「なんでスマホから飛びだしてきたの⁉
「僕は幽霊ではないのですよ。そうですね。最近のあの世のモノはスマホも利用します。時代にそぐわないとやっていけませんから」
「ていうか、イミフ! 幽霊、イミフ!」
「僕は幽霊ではないのですよ。いえ、意味不明ではありません。僕は意味があってここに現れたのです。とにかく少し落ち着いてください」
そんなやりとりがどのくらい続いたでしょうか。腰を抜かしていたはずの女の子が、突然すっくと立ち上がりました。そして、今しがたまで騒いでいたのが嘘のように、落ち着いた口調で言いました。
「ああ、怖かった。でも、もう慣れちゃった。あ、そうだ、スマホ」
若い方の順応性には関心するばかりです。もうあの世のモノである僕に慣れてしまって、さっき投げ捨てたスマホを気にする余裕までみせています。お年を召した方だとこうはいきません。僕になかなか慣れてくれないのです。下手すると僕に驚いて昇天し、それこそ自分が幽霊になんてことも。
しかし、こんなにお若くて元気な方だというのにもうすぐ――。
心が痛まなくもないですが仕方ありません。それが僕の仕事なのです。
スマホは少し離れたところに落ちています。女の子はスマホを拾いあげると、ついた砂を手でササッと払い、僕を振り返りました。
「でも、あれだね、慣れると全然怖くないもんだね。さすが私だよ。幽霊を完全に克服しちゃった」
「僕は幽霊ではないのですよ。落ち着かれたようでなによりです」
「あれ……よく見れば凄いイケメンお兄さんじゃん。うわぁ、目の保養……」
女の子の目が生き生きと輝きだしました。
「あなたの趣向に合わせて知的系青年に擬態してみました」
「え、幽霊って姿を変えれるの? 幽霊すげえ。すげえけど――」
女の子が声をひそめて尋ねてきます。
「幽霊ってみんなに見えるわけじゃないよね。今、お兄さんのことが見えてるのって私だけだったりする?」
「僕は幽霊ではないのですよ。ええ、僕が見えているのはあなただけです」
「じゃあ、お兄さんと話しているところを誰かに見られちゃうと、ひとりでぶつぶつ言ってるイタい子に思われちゃうね」
あたりをキョロキョロ見まわす女の子に僕は言いました。
「大丈夫です。この界隈の人払いはきっちりしてあります。僕の用事が済むまでここに人がくることはありません」
「人払い?」
「そうです。神通力的な
「マジっすか? お兄さん、神通力使えるんすか? やっぱ、幽霊すげえ……」
「僕は幽霊ではないのですよ。ところで、僕の用事なのですが、あなたは……いえ、まずは足の怪我を治しておきましょう」
僕は女の子の膝を指差しました。さっき僕がスマホから飛びだしたさいに、驚いて地べたにへたりこんだからでしょう。膝にすり傷ができています。
「あれ、ほんとだ怪我しちゃってる。でも、こんなの唾でもつけおけば治るっしょ。それより用事ってなに?」
「いえ、唾では治りません。僕がお治しいたします」
僕は傷口に意識を集中しました。数秒後――。
「はい、治りました」
女の子は自分の膝を見て、目をぱちくりさせました。
「うっそ、治ってるじゃん……お兄さん、何者? 幽霊、マジすげえ……」
「僕は幽霊ではないのですよ。僕が小石の多い道を選んで現れたがために怪我をさせてしまいました。小石の少ない道であれば、座りこんでも怪我なんてしなかったでしょう。ですから、責任を持って治させていただきました。それに、今からすることを
女の子は首を傾げました。
「今からすること? なにかするの?」
「ええ、それが僕の用事です。言い換えば僕の仕事です。さて――」
僕は咳払いをして改まりました。
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