積極的な行動
五月中旬。
「早速だけどお母さん、
「……はぁ」
家に帰るなり「座りなさい」と言われた僕。
面と向かって座ると、すぐに母さんがこう言った。
「今日、スーパーで担任の
「別にいいだろ。気が合わないやつと無理やり仲良くなるのはめんどくさいし、そもそも積極的に誰かに話しかけるのすら疲れる」
自分の考えを述べると、母さんは深くため息を吐く。
「そう言う葵だからこういうことを聞くのは無駄かもしれないけど……、葵って彼女はいるの?」
「……は?」
いきなりの質問に思わず
僕に、彼女? 恋人?? そんなの──。
「いないよ。いるわけがない。それに、無理に作ろうとは思わないね」
「どうして?」
「だってウチは男子校で女子なんかいないんだぞ? 僕みたいなやつが他校の女子と付き合えると思うか? そもそも『デート』ってなんだ? 遊びに行く、じゃダメなのか? そもそも恋人らしいことってなんだよ。もう恋愛なんて──」
「わかったわかった。わかったから、ストップ」
「まったく。いつからこんなに恋愛観が歪んだ子に育ったのだか……」
「…………」
「お母さんね、あの時あなたがお店を継いでくれるって言ってくれたの、本当に嬉しかったわ」
「……あぁ。それはまぁ僕、母さんたちの仕事好きだし」
ウチは先祖代々に継承されて続く女性ファッション店で、母さんはそこの店長を務めている。
有名か無名か……、と言えばまだ無名だが、名前を無くしてはならない存在だ。
……しかし、問題がある。
「でもやっぱり私、あなたが心配! このまま一生、結婚できないんじゃないかって。このまま子孫を残せず跡取りがいなくなるんじゃないかって!!」
端的に言おう──僕はモテない。カノジョなんてできたことがないし、もちろん童貞だ。
唯一の男友達には「お前は性格が悪いからカノジョなんてできない」と言われているが、僕の確固たる主張がその性格を形成してるなら、直るはずもないだろう。
「だからあなたが心配なの! このまま結婚できずに、あなたの代でウチが終わるんじゃないかって……」
「大丈夫だ。いざというときは将来、ごっ、合コンにでも──」
「無理よ! だって今のあなた、絶対相手に嫌われるもの!!」
「……っ」
否定できず、僕は口を
まともに友達すら作れない僕だ。母さんの言うことは残念ながら的中しそうだ。
ていうか『合コン行く』ってどの口が言ってるんだよ。雰囲気について行けず虚無になる未来しか約束されないじゃないか。
「でもまぁ、それはあくまで『今』のお話。お母さん、葵にとっておきの提案を持ってきました」
さっきまでの表情とは一変。ケロっと笑いながら、
「お母さんね、葵には一度、今のうちにお見合いしてもらおうと思ってるの」
「は? そんなの、僕には無理だって──」
「大丈夫! 誰かとお付き合いすれば、きっと変われるから!!」
「んな
「高校生の今だからこそ、あなたには誰かとお付き合いして欲しいの! きっとあなたの歪んだ考えも
まるで自分のことを思い出したかのように、母さんは楽しげな表情を見せた。
「そんなこと信じられるかよ。父さんと母さんじゃあるまいし……」
それにもしそんなことがあれば、父さんと母さんみたいなバカップルが誕生するじゃないか。
そんなの御免だ。けれど……。
「だからお願い! お店の命運を握ってるのはあなただけなの!!」
手を合わせて頭を深く下げる母さん。自分が後を継ぐと言ったのもあり、これじゃあどうも断れない。
「ご近所のみんなも、私やお父さんの友達も。そして、ここを大好きだって言ってくれた──」
「わかった。わかったって!」
僕は母さんの言葉を遮った。
これを断ったらもう、罪悪感に苛まれる人生まっしぐらじゃないか!
……だが僕は、こう言った。
「えっ? じゃあ……」
「でも、お見合いはしない」
「ふぇっ?」
「だから、
これは『逃げ』だ。
誰かと愛し愛される関係になりたくないと願う僕の、後回しにする嫌なやり方だ。
そして猶予が欲しい、と言ったんだ。期間を提示せねば。
「……大学を卒業するまでにカノジョを作るから、それまでは──」
「ダメよ」
しかし母さんは、僕の出した猶予に反対。
僕の言葉を遮って、そちらから期間を設けてきた。
「猶予が欲しいなら、高校卒業まで待ってあげる」
「いや、そんなの……」
無理だ。男子校に通っている僕が卒業までにカノジョを作るだなんて無茶にも程がある。
それを承知の上か。母さんは続ける。
「まぁもちろん無理でしょうね。葵のことだから、高校卒業するまで何も行動を起こさないんでしょうし」
「うっ……」
図星だ。その通りだからこそ、大学を卒業するまでという期間を設けたのだ。
「それに今のところ、大学を卒業するまでという言葉も母さん、信用できないわ」
だって葵のことだから、大学に入っても変わらないもの。
何も言わなかった母さんだが、そんな言葉がその後続いたのだろうということは分かった。
そんなことない! ……なんて言えるような人間でもない僕は、そのまま黙り込む。
すると母さんは、諭すように言った。
「お母さんね、別に意地悪してる訳じゃないの。葵が気の合う相手かをすぐに決めつけることも分かってるし、そのやり方を否定はしない」
「…………」
「でもね、あなたには積極的な行動をして欲しいの。男子校に行ってしまったから、女の子との繋がりは皆無かもしれない。だから、いきなり恋人を作れとは言わないから、せめてクラスで友達くらいは作って欲しい」
切実な願いであることが、力強い声色から伝わる。
僕は今まで、超がつくほどのひねくれ者で友達ができなかったわけでも、『選択的ぼっち』と題して一人になったわけでもない。
昔から、積極的な行動ができなかったせいで友達ができなかったのだ。
その性格をまず直そう、という母さんの心意気が伝わる。
「そういう姿を見せてくれたら、猶予を伸ばしてあげてもいいけど。それなら納得?」
「……うん」
それで猶予が伸びるなら。
僕は母さんの条件にコクリと頷いた。
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