萌絵の想いと決意

『先輩、話したいことがあります』

『今日の夜、いつもの公園で待ってます』


 時は進み、今は七月初旬。

 萌絵から改まったメッセージが来た。

 それより上の履歴を見れば、おちゃらけて調子に乗ったメッセージばかり。あとは絵文字と、よく分からん太ったネズミのスタンプなどなど。

 決して真面目な文体のメッセージは無かった。


「あっ、先輩。ちっす」

「どうしたんだ、いきなり」


 部活が終わって公園に訪れたものの、そこにはいつもの明るい萌絵がいた。

 きっと改まったメッセージを送った後にくだらないことを言う、といったイタズラだろう。

 そう思っていたが、いきなり深刻そうな様子を見せて萌絵は言った。


「……あの私、誰かに付きまとわれてる気がするんです」

「まさか、ストーカーか?」

「……おそらく」


 事態も深刻。萌絵が誰かからストーカー被害を受けてるかもしれない、と打ち明けたのだ。


「そういうことされる覚えはないのか?」

「はい。さっぱり……」

「いつ!? どういうときに!? 怪しげな視線を感じるんだ!?」

「……先輩、近い」

「あっ、ごめん……」


 萌絵のことが心配でつい興奮してしまった僕は、萌絵の肩をガッチリ掴んで迫っていた。

 僕にとって萌絵は大事な友達。

 そんな彼女が酷い目に遭っていることが許せなかったのだろう。

 こんな気持ちになるのは久しぶり。いや、初めてかもしれない。


「……それでですね、先輩。お願いがあるんです」

「なんだ?」


 困っている萌絵のためなら何だってする。そう強く思っていた僕だが、


「……私と、!」

「……えっ?はぁ!?」


 あまりにも想定外の願いに、思わず僕は面食らった。


「ぼぼっ、僕が萌絵と付き合う!?」

「……ダメならいいです」

「いや、その、ダメというか……」


「ダメなら!恋人のフリをしてくれるだけでもいいんです!!」


「恋人の、フリ?」


 思わず反芻はんすうした僕。ここで少し冷静になることができた。

 要は恋人になる、もしくは恋人のフリをしてもらうことで萌絵を狙うストーカーから守って欲しいというわけか。

 つまり僕は、萌絵にとっての厄除やくよけ守りといったところであろう。


「…………」


 だが、やはり躊躇ってしまう。

 正直、僕は恋人が欲しいと思っていない。だから僕は男子校に進学したのだ。

 それに、萌絵は友達だ。気の合う最高の親友でありたい。


「……やっぱ、ダメですか?」


 でも今、その友達が困っている。僕にSOSを求めている。

 そんな友達を、見捨てることなんかできない。


「分かった。一ヶ月。夏休みが始まるまでな」

「えっ? ホントにいいんですか?」

「当たり前だろ。……だって困ってる萌絵のこと、放って置けないし」


 あまりにも照れくさくて頬を掻く僕に、萌絵は懐いた犬のように飛びついてきた。


「せんぱぁーい! ありがとぉー!!」

「ちょっ、まっ、離れろって!」

「これからよろしくぅ! せんぱぁーい!!」


 こうして友達をストーカーから守るべく、僕と友達の、ニセモノの恋人関係が一時的に成立した。



【あとがき】


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