初めての女友達

 ……どうしてこうなるんだ?


 一人の女の子に「一緒に帰りたい」と言われたさっきの光景を、僕は信じられないでいた。

 男子校にいる僕が、可愛い子と一緒に帰るのが夢みたい? バカ言え。僕の頭の中は「?」マークだらけだ。


 そしてもう一度問おう──。


「どうしてこうなるんだ……」

「いいじゃないですか、こういうのも♪」


 ライトで照らされた公園の中で、僕は彼女とボールを蹴り合っていた。

 さっきは「一緒に帰ろう」と言われて引き止められたが、それでも彼女は拒んで、僕の服から離れてくれず。

 そしたら「先輩が私とサッカーしてくれたら一人で帰ります」と言うので、仕方なく引き受けた。


 ……何か話題振らなきゃなぁ。


 さっきまでの流れるようなコミュニケーションが、途絶えようとしている。

 こうやって、初対面の相手と二人きりになる時間というのは実に嫌だ。

 ただでさえ気の合わない相手との会話が続かない僕。どうせ話題が尽きたらお互いしんとして、まるで誰かの葬式に参列したかのような空気になるに決まってる。

 そのためにも僕側が話題を振らねばと考えるが、どうも話を続けられそうにない。


「そういえば私、先輩たちサッカー部の試合見に行きましたよ」


 ここで彼女が先に話題を振ってくれたので、僕はそれに応える。


「……ふーん。それで?」

「……興味なさげな反応ですね」

「ほっとけ」


 僕はそういう無愛想な男なんだよ。これでも話し慣れない女子相手に緊張を隠して何気なく答えてみせたんだ。男子校に通う僕としては、それだけで十分な高評価だ。


「まぁ、いいや」


 一つ溜め息をついて彼女は続ける。


「それで私、感動しました。先輩が無双して、たくさん活躍する姿に」

「無双とは大袈裟おおげさな。僕は渡されたボールを、渡すべき相手に届けるだけだ」

「まぁ確かに。先輩ってみんなと違ってやるべき事を、静かにこなすイメージなんですよね。なんかロボットみたい」

「誰がロボットだ」

「うぃーん、ががが、ぼーる、はこぶ……」

「舐めてんのか」


 にひっと笑うと、彼女は柔らかな笑みを浮かべて──。

 しかし今日はやけに声が出るな。相手は初対面の女の子だというのに、僕自慢の『コミュ障』と『人見知り』が仕事しない。

 そしてそのあとも僕は、彼女の聞き取れる声で話せていた。


「でもそれができるのは、先輩がサッカー部で一番強いから。こうやって遅くに残って練習してきたからこそなのでは?」

「さぁ、どうだろうな……」

「確かに先輩はかっこよくゴールは決めません。でもどんな強敵相手でも、みんながゴールを決められるのは先輩のおかげ。先輩はもっと賞賛されるべきです。だから自信持ってくださいよ」

「……それはどうも」


 女の子が苦手な僕とはいえ、褒められると、どうも照れるな……。

 しかし僕はその気持ちを悟られないよう、小声で返した。

 確かに僕は彼女の言う通り、自信を持ったほうがいいのかもしれない。

 だけど、どうもその気にはなれない。


「でも正直、僕って冴えないだろ? 他のメンバーと比べて地味だし」

「まぁ確かに残念ながら、先輩の活躍って、平高ひらこうでも平女ひらじょでも話題にならないですよね。平高サッカー部の応援来てる人の大半は友達や彼氏、ましてや陽キャのイケメンさんにしか眼中にないみたいですし」

「そうだな」


 とはいえ、別に話題にされたいと思わない。むしろ誰かにまじまじと見られたくないから、親友にも「見に来るな」と言う僕だ。話題にならないのは、目立たず済んで助かる。

 しかし実際、これほどまで注目されない現実を知らされると、なんだか複雑な気分だ。


「でも知ってる人はいるみたいでしたよ。『名前は知らないけど、いつも一人ぼっちで練習してる子だ』って誰かが言ってるの聞こえましたし」

「……そうか」

「それに先輩がすごい技決める度、みんな驚くんですよ! ……まぁ、一瞬だけですが」

「まぁ、そうだろうな──」

「ですが、私は先輩のこと知ってますよ」


 とうっ!と言って彼女は強くボールを蹴った。そのボールは僕の足に向かって飛んでくる。


あおい先輩、ですよね?」

「そうだけど……、苗字は?」

愛原あいはら。愛原葵先輩で間違いないですよね!?」

「えっ?あっ、あぁ」


思わず、驚きのあまりに戸惑ってしまった。

 クラスで影の薄い僕だ。平高でもフルネームなんて覚えている強者は極わずかしかいないというのに。まさか他校の女子が僕のフルネームを覚えているとは……。


 いや、そんなことより──。


「……キミ、僕のフルネーム知ってるんだろ?だったら僕のことは愛原先輩と──」

「葵先輩♪」

「違う。愛原だ」

「いいえ、葵先輩です!」

「……好きにしろ」


 しつこく食い下がる生意気な彼女に、僕は根負けしてしまった。


「だから先輩、私のことも『萌絵もえ』って呼んでください! 私の名前です!」

「断る」

「えー……」

「誰が知り合ってばかりの相手をいきなり下の名前で呼ぶものか。苗字は?」

「教えません! だってそうしたら、私のこと下の名前で呼んでくれないもん」

「だったら僕がキミをあだ名で呼ぶまでだ。この……、ちび」

「っはは! しばらく考えた結果がそれですか!?」

「……うるせぇ」


 このうざい後輩め……。


 僕は少しの苛立ちを覚えたが、例の感情が湧いてこない。

 それは気の合わない相手と話すときに生じる『気まずい』とか『二人きりの状態から脱したい』といった、相手を遠ざけたいという感情。そして、いつからか芽生えた女子への苦手意識。

 しかし萌絵と話しているときは、苦手意識を微塵も感じない。

 ただ話しやすくて、一緒にいるのが『楽しい』と思わせる彼女の能力だろうか?

 恋心とは違う、暖かな感情。こんな気持ちは初めてだ。


「……そろそろやめるか」


 辺りは暗くなり、野球部員の声も聞こえなくなったので、僕はボールを手に取った。


「ですね。今日は楽しかったです! それでは私は約束通り、一人で──」

「待った」


 今度は逆に、僕が彼女を引き止めた。


「……一緒に帰るぞ」

「へっ?」

「だってもう暗いんだ。……女の子を一人で帰らせるわけにもいかないだろ」


 なんてらしくない、クサいことを言ってるんだ僕は……。

 気恥ずかしくなって、僕は頬を掻いた。


「はい!!」


 すると彼女は満面の笑みを浮かべた。

 ライトはグラウンドを照らしているのに、まるでこの瞬間だけ、ライトが彼女を眩しく照らしているような気がした。


 女の子の笑顔が眩しい、という男子校あるあるは、嘘では無い。



 〇



 ──あれから数日の時が過ぎた。


 とはいえ僕は変わらず、日常では唯一の親友とウザい平女の後輩、萌絵の二人としかコミュニケーションを取っていない。

 いや、萌絵と新たに話すようになったことと、放課後や部活帰りに萌絵が公園で待ち伏せするようになったのは、僕にとっては大きな変化であろうか。


 しかし実に不思議であった。初めて会ったときからずっと、萌絵とはスムーズに話せていることが。

 僕にはコミュ力が無いし、相手は異性。しかも共通の話題はサッカーしか無いというのに、なぜか会話が途切れることもなく続いている。

「萌絵って呼んでください」って言われてから、彼女を「萌絵」と呼んでいるものの、気まずさも気恥しさも生じることがない。

 陽キャ気質でコミュ力の高い萌絵に引っ張られているわけでもない。僕らは対等な関係であると思わされた。


 そしてその正体がわかった。実に簡単だった。

 僕と彼女はどうやら、気の合う関係らしい。それ以外に特に深い理由はない。ただ、それだけ──。


 そして僕らの関係は更なる進展を遂げた。


 部活帰りに勝手に校門前で待ち伏せしていた萌絵がそのまま本屋までついてきた日は、僕好みのジャンルの漫画やラノベが好みであることが分かり。

 放課後に無理矢理連れて行かれたファミレスでは、好き嫌いまで共通していることが判明。


 そういう偶然が積み重なり、いつしかお互いがおすすめのアニメやゲームを紹介し合うことで共通の話題が増えて。

 きのこ派とたけのこ派で喧嘩して、放課後にゲーセンのホッケーで雌雄しゆうを決するなんてこともあった。


 そしてあれから三ヶ月の時が過ぎ──。

 いつしか共通の話題以外のことを話すようにもなったり、しょーもないことやって笑い合ったりして。その結果、萌絵は僕にとって二人目の、最高に気の合う友達。

 いや、友達の域を超えて──かけがえのない親友になっていた。


 あの日、あの出来事が、僕らの関係を変えるまでは──。

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