第12話 エンドレスわんわん。

 小学一年生の時。


 近所に住む幼馴染のTちゃんの家に、私は初めて遊びに行きました。


「どうぞ。上がってー!」


「おじゃましまーす!」


 靴を脱ぎ、Tちゃんの家に上がらせてもらいますと。


 ……ん?!


 ぱたぱたぱたぱたぱたぱた!!

 足音が迫ってきましたー!


「わんっ!!」


 わん?


 ぱたぱたぱたぱたぱたぱたー!!


「わわわわんっ!!!」


 すっごく大っきな声!!


「きょえっ?!!」


 小さな白い毛むくじゃらの生き物が、物凄い迫力で、Tちゃんのもとへまっしぐら!


「ベル!」


 ベル?!


「きゃわん! きゃわん!」


 この子、ベルっていうの?


 吠える吠える!

 足バタバタ!!


「きゅうん! きゅうん! わんわんわん!!!」


 吠える吠える吠える!

 足キックキックキック!!!


 Tちゃんに襲い掛かる(?)白い毛むくじゃらな生き物『ベル』は、白くて小さな、トイプードルの女の子でした。


 とにかくせわしない!

 見ていて目が回る!!


 え? なに?

 お、怒ってんのこの子?!


 Tちゃんは飼い主なのでベルの迫力には慣れきっており、「ちょっと待っててねベルー」って言いながら、にこにこ笑顔です。


 あ、ああ……!


 もしかして、Tちゃんが帰ってきて嬉しいの? だからこんなに騒いでんの?!


 じふちゃんフリーズ。

 なんじゃこの生き物はー。


 動いてばっかしー。

 少し落ち着きなよー。

(↑免疫ゼロ・心の叫び)


 初めての、動物体験。

 最初はちょっと怖かったです。


 動物を飼ったことが一度もありませんでしたからね。もしベルが大型犬だったら、怖くて近寄れなかったかも知れません。


 ソファーに座ってそわそわしていると、ベルが私の足元に、白いゴム製のボールをくわえて持ってきました。


 ころん。


「?」


 私の足元に、転がるボール。


 キラッキラのまるくて黒い瞳を輝かせ、私の目をじーっと見つめながら、シャキーンとお座りをしているベル。


「……?!」


 なになにー?

 ベル、どうしたの?


 Tちゃんがその様子に気づき、私に教えてくれました。


「あ、そのボール、どこでもいいから投げてあげて!」


「……う、うん!」


 えいっ!

 私はボールを投げました。


 すると。


 ぱたぱたぱたぱたーっ!


「あぐっ!!」


 ジャンプしてボールキャッチ!!

 目にも止まらぬ速さ!!


 ベル、すごーい!!


 ぱたぱたぱたぱたーっ!

 ありゃ?


 ベルが

 こっち戻ってきたーーーー!


 ころん。

 私の足元に、白いボール。


 さっきと同じ、瞳の輝き。

 私を見つめ、訴えるベル。


『投げてー! それ投げてー!』


「…………」


 ああ、わかったよベル。

 投げて欲しいのね。

 投げてあげればアナタ嬉しいのね?


「はいっ!」


 ぱたぱたぱたぱたー!

「あぐっ!」


 目にも止まらぬ早業!!


 ぱたぱたぱたぱたー!

 ころん。


「……」


 はっ、はっ、はっ、はっ!


 もう一度、投げてほしいの?


「はいっ!」


 ぱたぱたぱたぱたー!

 キャッチ!


 ぱたぱたぱたぱたー!

 ころん。


「はいっ!!」


 ぱたぱたぱたぱたー!

 キャッチ!!


 ころん。

(白いボール、よだれまみれ)


「……」


 これ、いつまでやればいいの?

 てか、少し落ち着きなよベル!


 ずーっとそわそわしてる!

 なんつーか……


 『夢中』になり過ぎ。


 ボール投げて中毒?

 エンドレスボール?


 まるでその瞳は、「早く投げろよコノヤロー!」という鬼気迫った感じに見えました。

 

 じふちゃん、幼心に少々ベルが怖くなっちゃいましたけども。


 同時に、彼女が私に心を開いてくれたことが、少々嬉しくもありました。


 そのあと、15回以上同じ事を繰り返す私を見て、Tちゃんが教えてくれました。


「ああ、じふちゃん。テキトーに相手してあげればいいんだからね? 投げてもらえると思ったら、ずーっとボール持ってくるんだからベルは」


 そーなの?


 私はベルの眼差しに負けそうになりながらも、ころんと置かれたボールを無視(?)し、出されたジュースを飲みました。


 ちらっ。

 ベルをつい、見ちゃうよぅー。


 輝く瞳、ロックオン。


「きゃうん!」

(投げてー!)


 うん。

 あのねベル。


 今ね、じふちゃんジュース飲んでるからー、ちょっと待っててねー。


「きゃう!」

(あそんでー!)


 わ。

 かーわいい。


 この、じっと待つ仕草。

 しゃんと座って、いい子にしてる。


『ジュース飲んだらさぁ、遊んでくれる? 遊んでくれるんでしょ? また投げてくれるんでしょ? ねぇねぇ!』


 みたいな瞳で、訴えてるー。


 き……

 キュンっキュンするぅ……。


 ベルは多分、その時すごく嬉しかったんですよね。


 ずっと家の中で大人しく留守番していたところに、Tちゃんがやっと学校から帰ってきてくれたから。


「ごちそうさまでした!」


 ジュースを飲み終えると、私はまた白いボールを拾い、えいっと投げました。


 ぱたぱたぱたぱたー!


「きゃんっ!」


 ベル、ジャーンプ!

 鮮やかにボールをキャーッチ!!


 うわぁ!

 ベル、やるじゃーん!!


 ぱたぱたぱたぱたー!

 ころん。


 Tちゃん苦笑い。


「じふちゃん、すっかり気に入られたねー。ほどほどにしないと、今日はずーっとベルの相手しなきゃいけなくなっちゃうよー?」


 う……うん。

 そうだよねー。


 私もそんな気がするー。


 でももう遅いわー……。


「きゃん! きゃん! きゃん!」


 なんだこの……

 可愛い生き物はー!!!


 これが私の、動物との初コミュニケーションでした。


 ベル、ありがとう!

 またいつか、遊ぼうね!!


 








 


 

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