第10話 いらっしゃいませ!

 創作活動以外に私が夢中になったのは、『接客』というお仕事でした。


 長きにわたる接客で得た『夢中』の経験は、作品に登場するキャラクター達の人格に、大きな影響を与えてくれました。


 全ての経験が、作品の肥やしとなるんですねー。


 学生時代はスーパーのレジや、本屋の(店番)アルバイトをしていました。


 その時、意外と自分が器用に仕事をこなせる(?)事に気づいてしまい、「あ!接客って面白いかもー!」って思っちゃったんですよね。


 雇った側は内心、ため息をついたかもしれません。


「あー……。この子、笑顔だけはいいけど、ぼーっとしていて全然気が利かないんだよねー……ヤレヤレー」


 みたいな感じで。


 じふちゃん『社会』というものを少し、ナメてたんです。


 笑顔で愛想を振りまくのは、得意だったんですけど。


 レジのスピードには自信があったんですけど。

 

 お客様ともすぐ、仲良くなれたんですけどね。


 教えられたことしか、しようとしませんでした。


 本屋の店番をしていて、あまりお客様が入らない時などは、こっそりとレジカウンターの下で、販売前の漫画を読んでいました(!!)。


 夢中で読んでいた私の所業に気づいたお客様が、「その漫画、面白いですかー?」って声をかけてきた時は、ぎょっとしましたね(笑)。


「は、はい!面白いですー!!」


 とお返事しました。

 お客様は笑っていました。


 ……どーいう店員だよ!

 って感じですよね(笑)。


 私を雇ってくれた社長と奥様(美女と野獣のようでした)は、その事に気づいていたらしいですが、クビにはしないで見守ってくださいました。


 なんと優しい方々でしょう。


 百貨店に就職が決まり、本屋のアルバイトは辞めなければならなくなったので、「就職先が決まりましたー」とじふちゃん、社長に報告しました。


 すると社長は本気で心配そうな表情を、私に向けてくれました。


「百貨店?! 君、大丈夫……? そんな厳しい仕事、やっていけるの?!!」


 と言われました。


「はい! 頑張りまーす」


 じふちゃん笑顔。

 世間知らず、怖いものなし。


 入社後。


 老舗百貨店でしたので新入社員研修は厳しく、徹底したものでした。


 ・いらっしゃいませ

 ・こちらでございますか

 ・さようでございますか

 ・かしこまりました

 ・まことに申し訳ございません

 ・また、お越しくださいませ

 ・ありがとうございました


 ↑ この言葉を何度も言いながら、お辞儀の角度などを学びます。謝罪の際は45度のお辞儀です。背筋を丸めてはいけませんでした。


 ロールプレイング形式を使っての、サービスの新入社員教育。かなり何日にもわたり、特訓を重ねました。みんなの前でお客様役と店員役をやり、観てる側も演技する側も学びます。


 お化粧の研修も受けました。百貨店では1階で化粧品を扱っていたので、店内には素晴らしい化粧のプロがたくさんいたんですよ。


 配属される部署が決まるまでの(1か月前後の)仮配属の間は、色んな営業部を2人一組でペアになり、1週間ずつあちこちの売り場で接客の経験をしながら、それぞれ適性チェックをされました。


 私は化粧品売り場、婦人靴売り場などに行きましたが、最終的に配属が決まったのは紳士靴下、肌着、パジャマ、ワイシャツ(オーダーワイシャツ)総合の売り場でした。


 緊張はしていましたが、いずれどうにかなると思っていました。


 なにせ仕事をナメてましたからね。


 お客様ご来店。


「いらっしゃいませ!」

 明るく声を掛けます。


 しばらく店内を見てもらいます。

 すぐに声をかけるのはNGです。


 お客様が顔を上げ、誰かに何かを聞きたそうに、あたりをきょろきょろと見回したときに、はじめて声を掛けます。


「何かお探しですか?」

 と。


「いえ、ただ見てるだけです」


 と言われたら、また自由に店内を見ていただきます。


「これを探しているんです」


 と、欲しいものをおっしゃった場合、一緒に商品を探したりご案内します。


 そんな感じで、接客の経験を積みました。当然、話しかけやすい人もいれば、話しかけづらい人もいます。


 とっつきづらそうな人に声をかけ、「しまった!」と思う事もありましたが、意外と話しやすかったり。


 話している間は温和な雰囲気の女性が、ふとした瞬間にブチキレちゃった場合もあります。選ぶ言葉を、私が間違えてしまったんでしょうね。


 そんな経験を、数えきれないくらい積みました。すると不思議な事に、誰かに声をかけるのなんか、怖くも何とも無くなっちゃいました。


 でも。

 仕事は接客だけではありません。

 当然のことですが。


 それを知った時、思い知りました。


「もっと苦労しておけばよかったー!!」と。


 33人の心強い仲間(同期)と飲みながら愚痴大会したりして支え合いましたが、体力の無い私が一番ヒーヒー言ってた気がします。


 私の教育担当Hさんは、はきはきした体育会系の、小柄な美女でした。


 とってもいい人だったんですけど、マイペースでどんくさい私に、いつも大声で怒鳴っていました。


「じふ子ーーー!!!」

(↑ Hさんがつけた、私のあだ名)


 てな感じで。


「はいぃぃぃぃ!!!」


 と、じふちゃん走って飛んでいく。

 Hさんのもとへ。


 ジャイアンの命令に従わざるを得ない、のび太の心境です。


「じふ子! この客注ダン〇ル靴下100個、明日まで発注しといて!」


「はぃぃぃぃ!」


「じふ子、この用度品、別館の総務部に行って大至急、もらってきて!」


「はいぃぃぃ!」


「じふ子、この伝票、ファイリングしといて!!」


「はぃぃぃぃ!」


「じふ子、外商部のYさんとこ行って、伝票もらってきて! 駆けあーし!!」


「はぃぃぃぃ!」


 それまで自分に足りなかったものをが、ようやくその時分かりました。


 気配り。


 段取り。


 要領の良さ。


 勤勉さ。


 周りを見る大切さ。


 スピード。


 丁寧さ。


 体力。


 この仕事をしていなければ、手に入らなかったものばかりです。


 半年が過ぎ、1年が過ぎました。


 相変わらずじふちゃんは、ゼーゼー走ってましたが、ようやく言われなくても、仕事の優先順位をつけられるようになりました。


 そして。


 短い間に、たくさんの素敵な人との出会いがありました。


 店内にいる33人の仲間(同期)をはじめ、色んな部署の先輩たちや、同じ部署(紳士服)にいる仕事仲間ともすごく、仲良くなりました。


 なによりも。


 来てくれたお客様に、自ら進んで話しかけるのが、とっても楽しくなりました。


 とんでもなく目が回る忙しさで、夕方までランチが取れなくても、セール客でもみくちゃにされても、何とか頑張れました。


 この仕事が、心から楽しいと思えたから。


 Hさんがお産で辞めてしまってから、何年か過ぎて。


 あるお客様から私宛に、感謝状が届きました。


「丁寧に対応してくれて、ありがとうござました」


 って手紙には書いてありました。


 涙が出るくらい嬉しかったのを、今でも覚えています。


 

 人との出会い全てが、私にとって宝物でした。


 今でも、そう思っています。






 


 







 

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