第4話 種族の垣根を越えて

 BC2万年。チャロル草原上空。


「いきなり乗ったのに 匿ってくれて ありがとうございます。」

「愛らしい妹系少女に上目遣いでお願いされたら 嫌とは言えない 漢の中の 漢の艦。 それが この俺 合成鬼竜Z……」

「……鬼竜のアニキの位置から見りゃあ 大抵 上目遣いになっちまうと思うんだが……」


 エルジオンを後にしてエアポートからアルドよりも先に合成鬼竜に乗り込んだフィーネ。合成鬼竜に事情を説明し、アルドが艦を降りるまでの間、船室に隠れ潜むことになった。

 フィーネがいるとは露ほども思わないアルドは、チャロル草原へと降り立った。


「お兄ちゃん ここに 何の用があるんだろう?」

「本人が言うには 故郷のバルオキーと気候的に似てると言っていたが」

「やっぱり ただの気分転換なのかな。」


 合成鬼竜と会話しながら下を見る。

 アルドはチャロル草原の一角でゆっくりと伸びをしているところだった。

 サルーパからそれほど離れていないせいもあってか近くに魔物の気配はなく、見通しが良く陽当たりも良好な草原は、アルドに限らず誰しもが思わず欠伸を漏らしてしまいそうなくらい平和な景色だった。


「嬢ちゃんは 降りなくてよかったのか?」

「お兄ちゃんに見つかっちゃうと困るから……。 それに 隠れられそうな場所も少なそうだし ……あ!」


 主砲に答えつつアルドの行動を観察していると、一人の女性がアルドの元に近付いてくる。

 長い耳に褐色の肌、その女性がダークエルフであることはすぐに理解できた。

 彼女が誰でアルドとどういった関係なのか、はたまたどういう経緯で知り合ったのか、フィーネが悩んでいると合成鬼竜が口を開いた。


「あれは…… ラディカだな。」

「ラディカ…… さん?」

「ああ ダークエルフの占い師で カードを用いた占いの的中率は かなり高いのだとか。」

「占い師…… お兄ちゃんも 何か 占ってもらいに……?」

「そうかもしれん。 アルドも 先の見えない旅路を歩んでいるからな。 先々の心配から 占いを頼って ここまで来た可能性は十分にある。」


 旅の過酷さを知る合成鬼竜の言葉は的を射てそうではあったが、恋愛小説を読み耽っていたフィーネの乙女センサーは、ラディカのアルドに対する表情の機微の方に反応する。


(お兄ちゃんのことを見る ラディカさんの表情 ただの知り合いってだけじゃないような……。 はっ! もしかして この間 小説で読んだ 種族を越えた禁断の恋――)




 ラディカは瞼を閉じ集中する。

 魔法陣の下に幾枚かのカードが宙に浮かび、周囲を旋回する。

 その中からカードを一枚選び取り、ゆっくりと目を開ける。


『ラディカ 何を占ってるんだ?』

『私たちの未来を 占っていたの。』


 占いの結果が思ったものとは違い、肩を落とすラディカ。

 その様子にアルドも、望む結果ではなかったのだと察する。


『必要ないって言っただろ。 オレも ラディカも 占いで繋がってるわけじゃない。 出逢って 仲間として絆を育んで 自然と惹かれ合ったんだ。 そうだろ?』

『でも…… 私はダークエルフで 貴方は人間なのよ。』


 言い淀みながらもラディカは種族の違いを指摘する。

 些細な問題だとアルドは語ってくれる。その言葉や気持ちを疑うわけではない。けれどラディカはどうしても考えてしまう。


『禁忌を犯して ダークエルフに堕ちた私と 人々の希望として ミグランスの英雄と呼ばれるアルド。 一緒に居たら 私の不幸がアルドにまで降りかかるんじゃないかって不安になるの。』

『……そんなこと』


 それは占いを生業にしているラディカだからこそ抱いてしまう不安。

 大切な人を不意に傷つけてしまうかもしれないという思いに駆られて、つい占いに頼ってしまうのだ。


『気にしすぎだよ。 不幸も困難も 一緒に乗り越えればいい。 どんな不幸が訪れたって オレのラディカへの気持ちは…… 好きだって気持ちは 絶対に変わったり 揺らいだりしないよ。』

『アルド……。 私だって アルドのこと……』


 アルドが言ってくれたように「好き」を返そうとするが、ダークエルフの自分がそれを口にしていいものかと躊躇してしまう。

 応えられないもどかしさを抱えながらも、ラディカは頭を振って弱気な考えを振るい落とす。


『ねえ アルド。』

『ん?』

『もし もしもよ。』

『……』

『私が 貴方の暮らす村に行きたい 貴方の家族に会いたいと言ったら…… 迷惑 かしら?』


 恐る恐る、しかしなけなしの勇気を振り絞って訊くラディカに対して、アルドの返答はシンプルだった。


『迷惑なわけないだろ。』

『……本当?』

『ああ。 実は オレも ラディカにバルオキーを案内したかったんだ。』


 気を遣ってくれているんじゃないかと疑うラディカの言葉に、アルドは飾り気のない真っ直ぐな笑顔で応じる。


『ラディカは ダークエルフって境遇を 深く考えすぎるところがあるからさ。 人の少ないチャロル草原にいるのも 自分の不幸ができるだけ他人に降りかからないように~ とか 考えてだろうから オレからは言えなかったんだ。』

『そ そうだったのね』


 アルドに心の内を見透かされていたみたいで、気恥ずかしさと情けなさとが込み上げ顔を俯かせるラディカ。

 そんなラディカをアルドは愛おしそうに見つめながら元々の考えを明かしていく。


『本当なら すぐにでもバルオキーのみんなに紹介したかったんだ。 ラディカのことは ずっと大切に想ってるし いつでも傍にいてほしいと思ってたからさ。』

『ちょっと アルド! そんなこと……』


 真っ向から愛を語るアルドに、ラディカの顔はカァっと熱くなる。


『そんなこと じゃないよ。 オレは ラディカが隣にいてくれるだけで 嬉しいし 安心する。 バルオキーの村長をやってる爺ちゃんや 妹のフィーネと 同じくらい いや もしかしたら それ以上にかけがいのない存在なんだ。』

『わかった。 わかったから。』


 アルドの言葉を嬉しく思うと同時に、ラディカの体温と心拍数は高く騒がしくなっていく。


『アルドの気持ちは伝わったから ちょっと待って。』


 アルドの熱い愛の囁きを制して、息を整える。


『私は ただ アルドの暮らしてる場所を ちょっと見てみたいだけで 深い意味はないのよ。』

『そうなのか? でも さっき 家族に会ってみたいって』

『言ったけど…… それは 家族の前でアルドがどんな顔してるのか とか 私の知らない部分を 見てみたいと思ったからで……』


 言いながら、結構大胆なことを言っているように思えてきて尻すぼみに声が小さくなっていくラディカ。


『なんだ そうだったのか。』

『そうよ。』

『てっきり オレは バルオキーで一緒に暮らしていけると』


 肩を落とし目に見えて落ち込んでいるアルドに申し訳なさを感じたラディカは、どうにか笑顔を取り戻してもらいたくて話題を探す。


『そ そういえば アルドって 妹さんがいるのね。』

『ああ。』

『今まで 家族の話なんてしたことなかったから 初めて知ったわ。』

『フィーネっていうんだ。』

『フィーネ…… 素敵な響きの名ね。』


 家族の話に少しずつアルドの表情が明るくなってくる。


『ラディカは 家族とか 兄弟はいないのか?』

『私の場合は エルフの里のみんなが 家族のようなものだったわ。』

『へぇー。 そういうのって あったかくていいよな。 バルオキーも似たようにみんな優しいから なんとなく想像できるよ。』

『それから すごく仲のいい友達はいたわ。』

『オレにとっての ダルニスや メイみたいな 存在かな?』

『その友達は 儀式とか おまじないとか いろいろと造詣があってね。 小さい頃から一緒に遊んで 精霊と話す方法を 教えてもらったりしたわ。』

『なんだか 友達っていうより 仲のいいお姉さんみたいだな。』

『そうかもしれないわね。』


 そんな話をしている内に、アルドは元の自然な笑顔で笑っていた。


『今でも時々 会いに来てくれて 一緒に食事しながら 昔話したり 占いの仕事のことで アドバイスしてくれたりするのよ。』

『じゃあ その人にも いつか会ってみたいな。』

『え?』

『ラディカと家族同然の仲なら オレたちの関係を ちゃんと祝福してほしいだろ。』

『……そうね。 今度会えたら アルドにも紹介するわ。』

『どうせなら エルフの里のみんなにも 祝ってもらったら……』

『それは無理よ』


 アルドはラディカの背をより多くの人に押してもらえたらと提案したつもりだったが、ラディカは強い否定の言葉と共に顔を曇らせた。

 どうして、と問おうとしたアルドだが、ラディカの褐色の肌が目についた。


『禁忌を犯したダークエルフの私は 里のみんなにとって もう家族ではないわ。』

『……』


 ラディカは肌を隠すように自らの腕を掴む。

 アルドも掛ける言葉を見つけられずに目を伏せる。


『里のみんなからすれば 私は忌むべき存在で 汚点でしかない。 祝福どころか 口も聞いてもらえないと思うわ。』


 自嘲気味に笑ってみせるラディカの瞳は揺れていて、すごく弱弱しくアルドの目には映った。


『ごめん。 ラディカを悲しませるつもりはなかったんだ。』

『ううん いいの。 私も つい里の話をしちゃったから』


 互いに気遣う言葉を掛け合う二人。

 気休めでしかないとわかってはいるが、それでもアルドとラディカの間を流れる空気は柔らかなものに変わっていく。


『私の話はいいから アルドの話を聞かせて。 確か妹さん フィーネ……だったかしら。 その娘のことを 教えて。』

『ああ わかった。』


 気を取り直すように努めてアルドは笑顔を見せる。


『フィーネとオレは 16年前に 月影の森で バルオキーの村長の 爺ちゃんに拾われてさ。 フィーネは 小さい頃から手先が器用で 覚えも早いから 料理とかも得意で 家のことは大体やってもらってたな。』

『そうなのね。 得意料理とかあったりするのかしら?』

『そうだな。 警備隊の仕事の時は いつも手作りのサンドイッチを 用意してもらってたよ。 野菜もたっぷり入ってるし 忙しくても食べやすくて すごくおいしいんだ!』

『アルドの好物なの?』

『好物って言っていいのかな? 食べ慣れてるからさ。 ふと食べたくなる味っていうか 舌が味を覚えてるっていうかさ。』


 そこまで言うと、アルドはどこか照れ臭そうに頬を掻く。


『妹相手に おかしいかもしれないけど おふくろの味って感じなんだ。』

『なんだか アルドの話 聞いてたら 私も食べてみたくなっちゃった。 妹さんの 手作りサンドイッチ。』


 いつの間にか家族の話から食べ物の話に切り替わり、アルドの腹の虫が情けない鳴き声を上げる。


『……それじゃあ バルオキーに行って フィーネに頼んで作ってもらおう。 それから 家でゆっくり話そう。 これからのオレたちのことを――』




「ふむ。 どうやら 話は終わったようだな。」


 合成鬼竜の声でフィーネは我に返る。

 妄想の中でとはいえ、自分を褒めちぎる兄が現実からかけ離れていて可笑しくなってしまう。


「どうした?」


 その様子を怪訝に思った合成鬼竜に、フィーネは小さく頭を横に振って見せる。


「ううん ちょっと お兄ちゃんのこと 考えてて……」

「そうか。」

「それより お兄ちゃんが 次どこに行くか わかりますか?」

「コリンダの原 だろうな。 アルド曰く 月影の森に 雰囲気が似ているのだとか。 また 空から観察するか?」


 合成鬼竜の言葉に一瞬思い悩む仕草を見せるフィーネだが、すぐに首を振る。

 コリンダの原。空に舞う光の粒子が幻想的な場所。

 そんな場所で今回のように次元戦艦を停止飛行させていたら兄に怪しまれてしまうかもしれない。


「いえ 次は私も降りてみます。 ここからだと遠すぎて 会話も全然聞き取れませんでしたから。」

「……そうか。」


 フィーネの役に立てていなかったことに漢の中の漢の艦は少し傷ついたが、いじけるのもらしくないと気丈に応えつつアルドを乗せるために降下を始めた。

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