第3話 同じ時間を過ごして

 AD1100年。

 曙光都市エルジオン、ガンマ区画ウェポンショップイシャール堂前。


「ふぅ こんなものかしら。」


 イシャール堂の看板娘、エイミは店の傍に置かれたコンテナを前に息を整える。


「何してるんだ エイミ?」

「ああ アルド。 親父に店の手伝いを頼まれてね 店内の整理に諸々を外に運び出してたのよ。」

「そうなのか お疲れ様。」

「あのバカ親父ったら 久しぶりに帰ってきた娘にこんな力仕事させるんだから 少しはゆっくり休ませてほしいわよ。」


 エイミはそう言って嘆息する。


「それで? アルドは何か用? てっきりバルオキーでゆっくりしてるものだと思っていたけど」

「ああ それがさ。 どうにも家でゆっくりって気分になれなくてさ いろんな場所に行って 気分転換できればなと思って」

「で わざわざ時空まで超えて様子を見に来たってわけね。」


 そうエイミに指摘されると、なんだかいらぬ世話を焼いてるみたいで居心地が悪くなるアルド。


「ははは。」


 ばつの悪さを誤魔化すように乾いた笑いを漏らすアルド。

 対してエイミは呆れた様子でアルドを見返す。


「まあいいわ。 手伝いも一段落したし アルドの気分転換に付き合ってあげようじゃない。 ……この貸しは大きいわよ。」

「わかった。 お礼に イシャール堂を 贔屓にさせてもらうよ。」

「なによ それ! それで 喜ぶのは 親父だけじゃない。」


 冗談を交えつつ笑い合う気心知れた二人のやり取りを少し離れた場所から窺うフィーネ。


「お兄ちゃん 気分転換したいだけだったんだ」


 そそくさとバルオキーを出た理由が本人の口から聞けて、フィーネは少しだけ安心した気持ちになる。


「エイミさんは いつもお兄ちゃんの傍にいるし 特別な関係ってことはないかも」


 言いながら、ふと疑問が湧いて出る。


(あれ? でも 未来ならリィカさんもいるのに どうして真っ先にエイミさんのところに来たんだろう?)


 偶然だろうか? それとも何か意図があって?

 考えを巡らせるもそれらしい答えには行き当たらない。であれば、もう少し観察してみるしかない。アルドたちに気付かれないように。慎重に。

 そんな決意を新たにし、視線をアルドたちへと戻す。


「それにしても アルドと旅をして いろんな場所に行ったけど エルジオンが一番落ち着くわね。 他の時代の街並みも新鮮さはあるけど」

「エルジオンのエアポートで出逢ってからエイミとも長いような短いような だな。」

「そうね。 ハンターの仕事ついでにエアポートに出向いたら 空からいきなりアルドが飛び出してきて 最初は合成人間の新しい企みか何かだと疑ったわよ。」

「オレは 合成人間やら浮いてる島やら知らないこと 見たことないものだらけで 混乱してたから 本当にまいったよ。」

「それからイシャール堂に来て 成り行きで一緒に行動することになって工業都市廃墟じゃガリアードと戦って……」

「エルジオンに戻ったら ゼノ・プリズマの引き起こした時震でエイミやザオルや街のみんなが消えて 景色が変わって ……ファントムに事の次第を聞かされて」


 思い出話に花を咲かせる二人を傍から見るフィーネは、特別な関係を疑った自分が恥ずかしくなった。

 そのぐらい二人の会話や表情からは色恋の気配を感じない。


(本当に ただの気分転換みたい……)


 自分の予想が外れて肩を落とすフィーネ。

 尾行はやめて大人しくバルオキーで兄の帰りを待とうか、なんてことまで考え、意識が二人から関係のない通行人の会話へと逸れ始める。


「そういや知ってるか? 『ゴブリンのはらわた2』ついにエルジオンでも公開始まったってよ!」

「マジか! あのホラー映画の金字塔、待望の続編が公開か! 観に行こうぜ!」


 友人同士だろうか。何やら盛り上がる通行人の会話。

 映画。フィーネは実際に観たことはないが、アルドから未来の演劇のようなものと聞いてはいた。

 それに反応したのはどうやらフィーネだけではないらしく……。


「……エイミ 今のって」

「知らない。」


 通行人の会話に興味を示すアルド。それに対してあからさまに視線を逸らすエイミ。


「今 確かに『ゴブリンのはらわた2』って聞こえて」

「聞こえない。」

「もしかして 怖いのか? エイミ」

「ここ 怖くなんてないわよ! 前に観たのだって 全っ然平気だったんだから!」


 二人のやり取りがいつの間にか思い出話から『ゴブリンのはらわた2』とやらに変わり、アルドの声は生き生きと、エイミの声はびくびくと変化していく。


(あれ? なんだかさっきまでの二人と違って…… お兄ちゃんの方が強気というか……。 こんな会話も小説で見たような……)


 アルドとエイミの様子の変化に、フィーネは直前まで欠片も感じていなかった色恋の気配を感じ始め、想像を膨らませる。




『へぇ 怖くないのか。』

『え ええ 全然! これっぽっちも怖くないわよ!』


 アルドの挑発するような問いかけにエイミは声を震わせながらも精一杯の強がりで応える。


『じゃあ観に行こう。 前のもエイミと一緒に観たし 今度のもエイミと一緒に観たいしな。』

『べべべ 別に アルド一人で行ってきてもいいのよ。 ……それとも アルドこそ怖くて一人じゃ行けないのかしら?』


 反撃とばかりにエイミも震える声を必死で誤魔化しながら、アルドを挑発し返す。

 しかし、アルドはこともなげに答える。


『ああ 本音を言うと 実は怖いんだ。』

『え!?』

『前に「ゴブリンのはらわた」を観た時も 思わず腰抜かしかけたしな。』


 素直に恐怖を告白するアルドに面食らってしまうエイミ。

 同時に、なぜ自分は強がってしまったのか。と、後悔に苛まれる。

 そんなエイミの表情を見て、アルドはどこか悪戯っぽく笑顔を見せながら追い打ちをかける。


『だから ホラー映画が平気で まったく怖くない エイミに 是非とも付き合ってほしいんだ。』

『え! そ それは…… その……』

『一緒に冒険して エイミほど頼れる仲間はいないからな。 ……まさか 怖がってる仲間を 一人行かせたりはしないよな?』

『えっと…… そ そう! 怖いなら無理して行くことないわよ! 映画よりも有意義な過ごし方があるかもしれないし』


 どうにか映画から離れたいエイミは頭をフル回転させて、なんとかそれらしい言い訳を紡ぎだす。

 だが、アルドに逃がすつもりはないようで、必死なエイミを横目に笑いを堪えながらアプローチを変える。


『いや 怖いもの見たさってあるだろ? それに映画で得た知識が 旅の中で役立つことだって ないとは言い切れない。』

『ち 知識なら…… ほら! リィカと一緒に行ったらどうかしら? きちんと情報を記録してくれるし 新しい知識のためなら喜んで協力してくれると思うわ! うん!』


 映画を断るためにリィカの名前まで出す。

 自身の体裁を保つためとはいえ、少し心苦しくなり、エイミは心の中でリィカに謝罪する。


『…… わかったよ。』


 アルドはエイミに背を向けて分かりやすく肩を落として見せる。


『前にエイミと観たのが楽しかったから また一緒が良かったんだけど そこまで拒絶するってことは オレ 嫌われてるんだな。』


 背を丸め重い溜息を吐きながら零すアルドの姿に、少しばかりエイミの胸がチクリと痛む。


『違うわよ! アルドのこと 嫌ってるとかそんなことは全然なくて』

『じゃあ 好き か?』


 アルドはとても簡単で、とても意地の悪い質問をエイミに返す。

 自分の口から嫌いを否定した手前、真逆の直球過ぎる問いの意味を冷静に理解して顔が熱くなってくるエイミ。


『すすす 好きとか嫌いとかじゃなくって ふ 普通よ普通! かけがいのない仲間だと思ってるってことよ!』

『……オレは とっくにエイミのことを 仲間以上に想い始めてるんだけどな。』

『え それって……!』


 ポツリと呟いたアルドの一言に、ついにエイミは二の句を継げなくなる。

 顔もカッと熱を上げたように熱さを増し、脈打つ音が聞こえてしまいそうなほどに心臓の音が高鳴っているのがわかる。


『ア アルド それって……』


 言葉の真意を探りたい気持ちと、それを知ってしまえばこれまでの関係が壊れてしまうな予感とで、あと一言が出てこない。


『残念だけど 映画にはリィカと行くよ』

『ちょ ちょっと待って!』

『……ん?』


 去ろうとするアルドをエイミはつい引き止めてしまう。

 なぜ引き止めてしまったのか、何と言えばいいのか、二人は見つめ合ったまましばし沈黙の時が流れる。

 その沈黙に耐えきれず、先に口を開いたのはエイミだった。


『どうしてもって言うなら 付き合ってあげてもいいわよ。 その…… え 映画に……』

『ホントか?』


 エイミの言葉に、ぱっと明るい笑顔を見せるアルド。


『ええ。 さっきはちょっと 言い過ぎたわ。』

『……いいんだ。 付き合ってもらえて嬉しいよ。 それに……』

『?』


 そこまで言ってからアルドは笑いを押し殺すように体を震わせた。


『いつも隣で勇ましく戦ってるエイミの いろんな表情が見れて面白かったし』

『なっ……!』

『ホラーが苦手なのを必死に隠そうとしたり リィカと行くことを勧めたと思ったら慌てて引き止めたり』

『……!!』

『おまけに オレのことを好きか訊いた時の動揺っぷり 笑いを堪えるのが大変なくらい可愛かったよ。』

『か か かわ……!』


 自分ではうまく隠し通せていたつもりのものが全て筒抜けで、尚且つ可愛いなんて評価を受けたことに否応なく赤面してしまうエイミ。

 アルドの方を真っ直ぐ見れなくなりエイミは視線をあちらこちらに彷徨わせる。

 面白がるアルドはおろおろするエイミに近付いていき、耳元で小さく囁く。


『そんな風に恥ずかしがってるエイミも 可愛くて オレは好きだよ。』

『~~~~~~っ!?!』


 にこやかにとどめの口説き文句を告げたアルドに、少し前までからかわれていたことさえ失念して今度こそエイミは言葉を失う。

 それは、ハンターとして、背を預け戦う仲間として、同じ時を過ごしてきたアルドを初めて異性として明確に意識した瞬間。

 これから先、旅路の中で二人の新たな関係が築かれていく。その始まり――。




「とにかく わたしは行かないわよ! 絶対!!」


 エイミの強い拒絶の言葉で、フィーネは妄想から現実に引き戻される。

 頭を振り、イシャール堂の前にいる二人を見やる。

 フィーネの妄想の中の乙女全開な赤面エイミとは180度真逆で、腰に手を当てながら怒りを露わにしている。


「そ そうか。 わかった。 ……諦めるよ。」


 そんなエイミの態度にアルドも気圧されたようで肩を落とす。こちらもフィーネの妄想の中とは打って変わって押しの強さや意地悪さはまるでない。


「どうしても観たいなら サイラスでも誘えばいいのよ! 男同士で映画に行ったって何の問題もないんだから!」

「わかったよ。 なんか ごめんな。」


 エイミは言うだけ言うと、アルドの言葉を待たずしてズカズカと怒りに任せた歩調でイシャール堂に帰っていく。

 アルドはどこか疲れた様子で肩を落とし踵を返す。

 不意の行動にフィーネは姿を隠す暇もなく、アルドと目が合ってしまう。


「……あ!」

「あれ? フィーネ。 リンデで買い物して帰るって言ってなかったか?」


 見つかってしまったフィーネは失態に頭を抱えたくなったが、そうしたい気持ちをどうにか堪えて言い訳を探す。


「ええと その……」

「あ さては」

「!」


 アルドに気付かれたと思い、フィーネの思考が飛ぶ。


「フィーネも気分転換したくなったんだろ? 暇なら一緒に映画でも観に行かないか? 大迫力で時間を忘れるくらい楽しいぞ。」

「……」


 警戒した自分が馬鹿馬鹿しくなるくらいにアルドは笑顔で映画に誘ってくる。

 どうやら本気で『ゴブリンのはらわた2』を一緒に観賞する人間を探しているだけのような純粋な笑みに、フィーネは安堵とも落胆ともとれる重い溜息をゆっくりと吐き出した。おかげで大分落ち着くこともできた。


「ううん わたしは エイミさんにちょっと用があっただけだから。」

「エイミに?」

「ほら 前に お爺ちゃんに杖をプレゼントしたいって 話してたでしょ?」

「ああ そういえば フィーネが攫われたり オレもいろいろ忙しくて 武器屋の親父さんに頼みっぱなしだったな。」

「お爺ちゃんに渡すのが遅れちゃった分 もっとキラッとしたものを付けられないかと思って エイミさんならそういうのに心当たりもあるかなって。」

「確かに エイミなら詳しそうだな。 未来なら 前に見つけたミグラドライトより もっとキラッとしたのがあるかもしれないし」


 リンデの時よりも信憑性のある言い訳にアルドも乗ってくる。

 この短時間のうちに嘘を重ねてしまっている自分に少し嫌気が差しそうになるが、兄の色情を見極めるためと心の中で言い聞かせる。


「でも オレは エイミを怒らせちゃったみたいだし 一緒には行けないな。」

「いいよ。 わたし ひとりで行けるから。」


 気まずそうなアルドにフィーネは優しく微笑む。

 エイミとの会話を聞いていたからこその誘導だが、もちろんアルドがそれに気付くことはない。


「お兄ちゃんは? 次はどこか行くの?」

「ん? もうちょっとエルジオンを見て回ってから 合成鬼竜で古代にも行ってみようかと思うけど」

「そっか 気を付けてね お兄ちゃん。」


 アルドを見送ると、次の行き先を口に出して確認する。


「次は古代……」

(お兄ちゃんより先に 合成鬼竜さんにお願いして乗せてもらわないと……)


 次こそはアルドに悟られないように警戒しようと心に決めて、フィーネは合成鬼竜が係留するであろうエルジオンエアポートへ足早に移動するのだった。

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