ある冬の日。

tada

生きるとは。

「死にたいなぁ」

 一人の少女が、ベッドの上で呟いた。

 窓から日の光が差し込んでくる時間帯はとうに過ぎ、今は夜。少女が住むこの町は、昼間は騒がしく、喧騒としている。対して夜は、静かな静寂に満ちた町。

 そんな町のある一軒家、そこの二階の部屋──少女の自室で呟いた。

 それはボソッと呟かれた何気ない一言にも聞こえるものだったが、少女の本心に違いはなかった。

 少女は、本気で死にたいと思っている。

 そんな少女に人は問いかけるだろう。

「何故死にたいんだい?」

 少女は答える。

「生きている意味が分からないからです」

 ここで人はなんと返すのが正解なのだろうか、正論で「生きている意味がないと死ななくちゃいけないのかい?」なんて言ったところで、少女の死にたいという気持ちに変化があるわけがない。

 なら「じゃあ死ねよ」とでも言えばいいのだろうか、そんなわけがない。もしこの少女のことを全く知らない人に対して少女が言ったとしても、その人はそんな返しをするべきではない。

 じゃあどうすればいいのか、とそんなことを考えている内に少女が部屋を出ていってしまった。

 少女は、自室から出て右隣のベランダへと向かった。

 寒風が少女の頬を撫でるように吹いている。

 季節は冬。

 明日は雪が降ると天気予報で言っていた。

「はぁ⋯⋯」

 自分の掌に白い息を吹きかける。

 少女にしてみれば今この瞬間が、生きている最後の時。

 白い息が宙を舞いその息は一瞬にして、儚くも尊く消えていく。少女もその息と同じく消え去りたいなんて考えが頭によぎる。

 そして少女は、手すりを掴む。

「死の」

 言って飛び降りようとしたその瞬間──少女が掴んでいた手すりに一人の、少女と少年どちらとも言える左右非対称な人の姿が現れた。

 その人は少女に向かって感情のこもっていないロボットよりも、機械的に言った。

「後処理が面倒くさいから死なないでくれる?」

 今まさに死のうとしている少女に向かって、正論でもなく何か救いの言葉というわけでもなく、ましてや死の後押しというわけでもない。ただただ自分が面倒だという自己的な言葉だった。

 少女は戸惑いを見せる。

 当たり前の反応だろう、自分が死のうとしているその瞬間に突然知らない人が現れて、その人がとても自殺希望者に言っている場面が想像できないような台詞を、感情の一つも込めずに言うのだから。

 その人は少女の言動でさらに煩わしく感じたのか、言葉を繋げる。

「あのさそうやってびっくり仰天四月に雪が降りましたわお姉様ってされるとこっちもなんて言っていいかわからなくなるんだよね」

 そもそもその例えがよくわからないよ、とツッコミを入れたくなる少女。

 わたしは、そんなにおどおどしていたのだろうか。

「あ、あの。あなたは誰なんですか?」

 少女はその人に問いかける。けれどその人は問いかけを軽く流すだけだった。

「誰でもないよ」

 少女はここで、自分は死神だとか、泡だとか、専門家だとか言ってほしかったのだけれど、求めていたような回答は得られなかったようだ。

「それよりもさ、君死ぬの止める気になった? もしなってたらもう炬燵にでも入って寝なよ」

 炬燵に入りながら寝るのは風邪を引くから止めろと親に散々言われているので、しないけれど。

「今の少ない会話でわたしの気持ちが変わると思ったの?」

「ということは変わっていないってことなの?」

 質問に質問で返すなと教わらなかったのかと、少女は不満を漏らす。

 今まで生きてきた中で、少女にはバケツ満杯に不満が溜まっていた。それは些細な不満から重大な重い想いの不満まで様々だけれど、それが少女の死にたい理由になっているのは間違いがなかった。

 それに気づいているのかいないのか判断はつかないけれど、その人は突然じゃあ、と言ってバケツをひっくり返す動きをする。

「何をしてるの?」

 少女はその人にこの人は何をやっているんだ? というような怪しむ目を向ける。

「うん? こうしたら君の溜まっている何かがなくなって君が死にたいとか言わなくなるかなって」

 こいつは何を言っているんだ? そんなことでわたしの気持ちが変わるのなら、今この瞬間この場所にいたりはしない。わたしは耐えきれなくなったからこの場所にいるのだ。そんなくだらないことで変わるわけが──その時少女は手すりから手を離した。

 自分の今の行動がとても恥ずかしむべき行動ということに、気づいた。

 今まで溜まっていた何かが、一瞬でどこかに消え去り、そこへ新たに不満が溜まることはない。

 今この状況に少女が不満を漏らしたとしても、バケツはひっくり返ってしまっている。

 今までが不幸というものを溜めていたのだとしたら、ひっくり返った今のバケツは不幸を溜めるのではなく、流すのだろう。そして幸福を小さな水溜りにでも溜めて少女は過ごしていく。

 その時少女は、その人がいなくなっていることに気づいた。

 あのよくわからないその人はなんだったのだろうか、そもそもこの数分のわたしの出来事も正直、よくわからない。けれどそれでいいんじゃないのかな、なんて気がしてしまう。

 よくわからないけれど、バケツをひっくり返す動作をしたらわたしは死にたくなくった。意味がわからない荒唐無稽なことではあるけれど、そんな意味がわからないことでも生きていこうと思えるのだから、それでいいのだ。

 生きていれば良いことはあるなんて無責任な言葉はわたしは嫌いだけれど、今、思うことがある生きていて良いことがあるかはわからないけれど、生きていこうと思える何かは、周りを見渡せば些細な本当に小さなことでもあるのではないかと。

 そう思う。

 だからわたしは、炬燵に入って眠りにつこうと思う。

 寒い寒い冬の時。

 わたしは──。

 

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ある冬の日。 tada @MOKU0529

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