第17話「C」代償

 扉の先の空間は部屋の一室だった。

 目の前は一面本棚となっており来客用の机と椅子がある書斎となっている。

 椅子には白髪の男性が座っており机に置かれたティーポットを眺めていた。


「随分と災難だったねフェリス。

 まさか、D ロイスを持つ能力者と戦うことになってしまうとは.....」

 フェリスは傷付いた身体を無理矢理動かし男性に向かい答える。

 いつものふざけた対応ではなくフェリスは真面目に答える。

「申し訳ありません"プロフェッサー"。

 エージェントに襲撃されてしまい....」

「襲撃?おかしいねそれは、

 先に仕掛けたのは"君の筈"だよフェリス。

 そして、戦いの最中リカルドに入れ替わり結果、エージェントはDロイスに覚醒し、

 そのせいで君はボロボロになって帰って来た。」

「!?」

 真相を全て知られていることにフェリスは驚愕の表情をする。


「メンター.........

 いえ、"ジェームズ博士"からお聞きになられたのですか?」

 メンターとは違うもう一人の組織の協力者でありこの"空間"を提供している人物の名前を上げる。

「いいや、別の人から一部始終を

 "見せて"もらっただけだよ......

 そんなに驚くことじゃない。」

 プロフェッサーはティーポットを手に取るとカップに注ぐと芳醇な紅茶の香りが部屋に広がった。

 プロフェッサーは注いだ紅茶を一口飲むとフェリスに優しく告げる。


「私は今回の失態を叱責する気は無いよ。」


「メンターは無事に手元に帰って来た。

 こちらの損害は無いに等しい.....

 "君達"以外はね。」


「オーヴァード専門の殺し屋としてギルドで名を馳せていた君達にとってこの敗北は屈辱的なものだろう?

 格下だと思っていた敵に負けるだけなら、未だしも死にかけながらここに逃げてきたのだから.....」

 プロフェッサーは彼女の心情を的確に理解しておりスラスラと話し続ける。

「しかも、相手はDロイスを手に入れてしまった....君が欲して止まなかったオーヴァードの新たな"進化の力"をね。」

「.............」



 これはリカルド・フェリスがギルドを裏切る前の話.......

 彼女はとある依頼を受けて"ある男"の元に向かっていた。

 裏社会で最凶最悪の暗殺者として名を馳せている最強のオーヴァード......

 狩猟者プレデターの異名を持つ

 伊庭宗一いばそういち

 彼の仕事ぶりは犯罪組織であるギルドでも

 伝説的な存在となっていた。


 そんな彼を殺すことが出来れば殺し屋としての格は間違いなく上がる。

 この時のフェリスは自分の強さに絶対的な自信を持っており、負ける可能性など一ミリも考えずに依頼を受けたのだ。


 狩猟者が最近、出没するエリアに深夜捜索に向かうと驚くほど簡単に見つけ出すことが出来た。

 黒いコートを風に靡かせた長髪の男がこちらを見ておりその目は常に鋭く相手を見定めていた。

 まるで、獲物を品定めでもするかの様に....

 この時の"私達"はまだ気付いていなかった。


 私達が標的を見つけたのではなく、

 彼が私達獲物を見つけたのだと.....


 それは戦いとすら呼べなかった。

 作り出した武器も、呼び出したリカルドの力も何もかも通用しない。

 それどころか動くことすら許されずその圧倒的な力に蹂躙されてしまった。

 彼の作り出す黒いエネルギーの塊がフェリスの身体に突き刺さり骨や肉を容赦なく破壊していく。

 抗う術が無くただただ為すがままを受け入れる事しか出来なかった。


 そんな私を見て狩猟者は呟く。

「.......つまらん。」

「久し振りに粋の良い獲物の気配を感じて来てみればこんな雑魚だったとは....」

 雑魚.....その言葉がリカルドの琴線を逆撫でする。

 怒りに任せて立ち上がろうとするがボロボロの身体がそれを許さない。

「お前は俺と同じ匂いがしたと思ったのだが.......」

 狩猟者は心底残念だと言わんばかりの顔で私に一言.....




「ハズレだったみたいだな。」





 それだけ言い終わると私達の前から姿を消した。

 思考できるまで身体が休まるとフェリスは考えた。

 何故、殺さなかったのか?と

 しかしそんな事は考えるまでも無かった。

(殺す価値すらない.....)

 その真実と狩猟者の圧倒的な強さを認めるのが嫌で何度も人格の交代が行われる。

(私....俺...は...負けて....ねぇ.....のよ!.....)

 感情が激流のように身体を流れそれに呼応して肉体へのレネゲイドウイルスの侵食が加速していく。

 目の前が怒りや屈辱の感情に支配され歪んでいきそして、

朝になる頃にはリカルド・フェリスは"ジャーム化"してしまう程、

身体がウイルスに侵食されてしまっていた。



 目を覚ました私は身体を確認する。

 そこには狩猟者につけられた傷はなく血で汚れてはいるが健康な肉体が存在していた。

 そんな中でプロフェッサーは私達の前に現れた。


「随分と手酷くやられた様だね"鮮血姫"?」

 異名を言われたフェリスは目の前の白髪の男性に警戒の目を向ける。

「そんなに警戒しないでくれ。

 君.....いや、君達に危害を加える気は無いんだよ。」

 ギルド内でも一部の人間にしか知らない秘密であるもう1つの人格すら知られていることにフェリスは驚愕した。

 しかし、その後の話で更にフェリスは驚くこととなる。


「どうだった?狩猟者と戦ってみて?」

「........!?」

「種明かしをすると狩猟者の暗殺を君に依頼したのは私だ.....

そして今の君では勝てないことも分かっていた。」

 そこで彼はDロイスについて私に説明をしてくれた。

 オーヴァードの第二の力であり覚醒すると既存のオーヴァードよりも強くなれること。

 そして、狩猟者はDロイスと似た力を保有しておりその影響で強くなっていることを


「そのDロイスを手に入れれば私は狩猟者に勝てるの?」

「いいや、残念ながら君はDロイスを手に入れることは出来ない。」

「何故なら君はもうジャームになってしまったからだ。

 ジャームになったオーヴァードはDロイスを手に入れることは出来ない。」

「.........」

 自分がこれ以上強くなれないことにフェリスは絶望の感情を浮かべる。

 そんなフェリスの顔を見て穏やかな笑顔を浮かべながらプロフェッサーは続ける。


「だが、まだ"可能性"は残っている。」

「可能性?」

「あぁ、オーヴァードにとっての覚醒が

Dロイスならジャームにもある種の覚醒が存在する。」

「先程、ぼやかして答えた狩猟者の持つ

Dロイスに似た力がそれだ。」


「リカルド・フェリス。」

「その力が欲しいかね?

 その為にどんな代償を払うことになっても......」


 プロフェッサーからの問いにフェリスは間髪入れずに答えた。

「えぇ、欲しいわどんな犠牲を払っても私達はその力が欲しい。」

 リカルド・フェリスにとって力とは自分を支配から解放してくれる絶対的な物だった。

 故に異常なまでに力に固執していた。

 だからこそ、狩猟者に敗北したことが許せなかった。

 敵としてすら見られなかった事実は負けただけではなく自分の力を全て否定されたと同義だったから、

 そして、彼女はギルドを抜けてプロフェッサーが率いる組織に下った。



 全ては力を手に入れるために.....その為なら


「プロフェッサー。

 この前、仰っておられた実験ですが......」


 リカルド・フェリスに迷いはなかった。



「私達を使ってくださらないでしょうか?」




 続く





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