第16話「C」薔薇

 フェリスは目の前の怪物ジャンを縛り上げながら燃やしている仮面の男に目を向けていた。

 仮面には£《ポンド》のマークが入っておりそこから自分の組織に協力しているWORKERだと察しがついた。


 そんな中、仮面の男がフェリスに話しかける。

「アンタがリカルド・フェリスだな?

 俺はゴールドネストのWORKERでアンタ等の援護をするためにここに来た。」

「ありがとう助かったわ(^-^ゞ

 正直に言って結構不味い状況だったから」

 自分の体の状態を示しながらフェリスは答える。

「勘違いしてるようだが報酬の為であって、お前の為じゃない。

 それで?コイツはどうすれば良い?」

 縛り上げている怪物を顎で指す。

「コイツ、最初は雑魚だったんだけどいきなり強くなったのよね(#`皿´)

 .....多分、Dロイスに覚醒したからだと思うわ。」

「Dロイス?うちの"ボス"と同じか。

 それにしては俺の攻撃で苦しんでいるようだが?」

 事実、怪物は燃える体の火を消そうともがいてはいるが縛られているため動けずただ呻き声をあげているだけだった。

「ここで殺した方が良いならこのまま消し炭にするが....どうする?」


 フェリス個人の意見としては殺し屋としてのプライドから自分の手で命を奪いたかったが今は自分の身体の回復にエネルギーを向けていて他に手を割けない状況でありジャンをこの場で見逃せるほど彼の成長を軽視してもいなかった。

 フェリスが答えを決めかねていると、

 ジャンの体が変質し背中から新しく二本の昆虫類の腕が生成され縛っている何かを掴み引きちぎろうと力を加える。

 それを察した仮面の男は体を回転させ、

 ジャンを壁に向かって投げつける。


 するとジャンは乱回転しながら壁に衝突しそうになるが四本の腕で壁を掴み衝突を防ぐ。

 ジャンを縛っていた何かが投げられた事で解放され火も消えるとその姿を確認することが出来た。

 それは大きな蛇に変化した腕であり、投げ飛ばした後、元の人の腕に戻っていた。


「少し舐めてたみたいだ。

 簡単に勝てる相手じゃなさそうだな。」

 謎のWORKERがそう呟くと腕をまた蛇に変化させ攻撃を加えようと近づいた瞬間、

 地面から突如現れた蔦がWORKERを襲う。

 間一髪で回避すると攻撃を仕掛けてきた相手を仮面の男もフェリスも確認する。

「ここでアンタが出てくるわけか?

 FHの薔薇姫。」

 仮面の男の問いにローズは冷静に答える。

「当然でしょう?

 彼は今、"私の部下"なんですから。」



 蔦を使った奇襲攻撃は失敗したがローズ自身は至って平静であった。

 何故なら暴走した部下をダメージ無く

 "捕らえることが出来た"のだから。

 ローズは薔薇の蔦で縛られ身動きが取れなくなった蜂と人間の怪物に目を向ける。

 残った格好や能力からこの怪物がジャンであるのは理解できた。

(予想よりも変化が進んでいる......

 早く"能力を解除"させないと。)

 いくらDロイスの恩恵があるとは言え四本の腕や巨大化をして大きく力を使って侵食率が上がっているジャンをこのまま放置すればジャームとなってしまうことはローズの目から見ても明らかだった。

 そして一応捕縛は出来ているが不安も残っていた。

 ローズの生成した薔薇は特別製で蔦も同じく鋼鉄を切り裂いたり蔦一本でトラックを持ち上げられる程の頑強さを誇っていた。


 しかし、そのローズの蔦が暴走したジャンのパワーによりミリミリと悲鳴を上げ千切れるのではないかと音を出して軋んでいた。

 直ぐに切れることは無いだろうが長い時間もたないことは分かる。

 ローズは現状から取れる最善の選択を考える。

(敵を全員殲滅しようと思えば出来ますが、

 私が本気を出したらジャンくんもまとめて殺してしまいそうですね。

 かと言って、ジャンくんの救出を優先しようなら敵が邪魔になる.....)

「仕方ありませんね。」

 そう言うとローズは事態を最善の形で、治めるために敵との取引を行うのだった。



「提案なんですが今回はここで終わりにしませんか?」

 マスターローズからの提案にフェリスと仮面の男は驚く。

「私達はこれ以上の戦闘を望んでいません。

 それは貴方達も同じでしょう?

 戦闘を終わらせてくれるのなら私は貴方達を"今は"追いません。」

(今は.....か。)

 わざと含みを持たせた言い方に少し不快感も感じながらも仮面の男はローズに尋ねる。

「嫌だ....と言ったら?」

「貴方達を"殲滅"します。」

「そんな簡単に....」

「行くとは思ってませんよ?

 私もそれなりの手傷を負うでしょうし。

 暴走している部下を見捨てないと殲滅は難しいでしょうからね。」

「けれど、私が"たかが一人の部下の命"の為に貴方達を殺すことを躊躇うとでも思いますか?」

 これまでとは打って変わって酷く冷たくなった瞳と威圧感を放つローズの姿を見た二人はこれがハッタリではなく真実なんだと理解した。


 そう、これは"提案"ではない"脅迫"だ。


 その事が理解出来ながらも抗う手段の無い

 二人はローズの提案に乗るしかなかった。

 仮面の男が無線で話しかけると辺りは謎の霧に包まれフェリス達のいる場所にアンティーク調の木製のドアが出現した。

 扉が開かれるとメンターと仮面の男は中に入り最後にフェリスが入ろうとして止まりローズに振り向く。

「.....彼に伝えといて。

 次会うときは絶対に殺すからって。」

 いつものふざけ口調ではない本気のトーンで殺意ある言葉をジャンに言い放つと彼女は扉の中に入り扉と霧は消滅した。




(取りあえず目先の問題は解決した。

 後は.......)

「ジャンくんを大人しくさせないとね。」

 そう言いながらローズは巻き付いた蔦を引きちぎっている怪物に向かっていくのだった。



(オレハ.......イッタイ......)

 薄れていく意識の中でジャンは辛うじて目を覚ました。

 だが、意識が鮮明になることはなく直ぐに強烈な"恐怖の感情"が襲ってくる。

(!?............アッ.....ガッ!)

 濁流のように流れる感情にジャンの精神はまた耐えられなくなり意識を手放すのだった。



 蔦を千切ったジャンはローズに向かって攻撃を仕掛けてきた。

 ハエでも潰すように広げた両腕をローズに向けて振り下ろす。

(獣のような攻撃......やっぱりジャンくんは意識を失っているのね。)

 ローズはジャンからの攻撃を回避すると、手から生成した棘の鞭をジャンに向かって振るった。

 加速のついた鞭はジャンの体に当たるが、

 ダメージはない。

(私の鞭で傷ひとつ付かないなんて......)


 今度はお返しとばかりにジャンは三本の尾を彼女めがけて奮う。

 鞭では防御出来ないと考えたローズは回避行動を取るが、身体能力の高くまた強化もされているリカルドですらやっと回避できた攻撃をローズが回避することは簡単なことではなく針のついた三本の尾はローズに直撃しその体をボールのように遠くまで弾き飛ばした。


 ローズは腹部を手で抑えながら何とか立ち上がるが口から喀血してしまう。

「カハッ!.....凄まじい威力ですね。

 "対オーヴァード用の強化服"を来ていなかったら貫通してたでしょう。」

 ローズは来ている服を見ながらそう呟いた。

 オーヴァードとの戦闘用に特別に開発された強化服は一見、普通の服装に見えるが、

 防弾防刃であり生半可な攻撃では傷1つ付かない物だったがジャンの攻撃を受けてローズの服の一部が破けてしまった。


(とは言うものの内臓にかなりダメージを負ってしまいました。

 やはり"手加減"したままでは勝てませんね。)


 ローズは覚悟を決めると口元についた血を拭いジャンに向けた。

「そう言えば"私の能力"について教えていませんでしたね?

 丁度良い機会です見せて上げましょう。」

 彼女は不敵に笑い能力を使い技を発動する。


「真紅のクリムゾンドラゴン

 拭った血液を支点に赤い蔦が増殖すると、1つの塊となり形を整形していく。

 大きな二つの翼に鉤爪を思わせる刺のついた大きな両足、そして蔦が絡み合い出来た三本指の両腕。

 顔は爬虫類を思わせるが口には大きな牙が携えられて角が日本頭に生えている。

 整形が完了するとその蔦の龍の瞳に光が灯りまるで生きているかのようにジャンに向かって威嚇を始める。


 大きさは怪物となったジャンの三倍近く、

 ジャンもその姿に警戒したのか体を縮こまらせている。

 ローズの能力は、「血を媒介にすること薔薇を生成出来る」事であり、

 また、生成した薔薇は鉄と同じぐらいの硬度を持ちそれだけでも武器となる。

 生成した薔薇は好きに形を変えることが出来それは鞭や剣、龍などの生物も"薔薇の性質"を持たせれば作り出すことが出来た。

 しかし、デメリットとして作る物の大きさや能力に応じて血液の量も比例して多く消費される。

 もし同じ能力をもつオーヴァードが、

 この蔦の龍を一匹作り出そうとすれば失血死してしまう筈だが"彼女"はそうはならなかった。


 その理由は彼女が発現したDロイスのお陰であった。

変異種イレギュラー」の中でも、

 更に希少な『ロイヤルブラット』と呼ばれ

 能力は、血を媒介に発動する力を"強化"し

 また血液内に含まれる細胞の数を"爆発的に増やす"ことが出来る。

 具体的に言うと彼女の"血一滴にはオーヴァード数人分の細胞が含まれている"のだ。


 その結果、ローズは"口を拭った程度の血液"で巨大な薔薇の龍を難なく生み出すことが出来た訳だ。



 生み出された蔦の龍はジャンに向かって真っ直ぐに突進していく。

 ジャンも回避を行おうとするが龍の速度の方が速くその大きな顋に胴体を挟まれ持ち上げられ身動きが取れなくなってしまう。

 ジャンは逃げるため体を更に変化させようとするも、

「もう逃がしはしませんよ。

 繭!《コクーン》」

 そのローズの声と共に龍の体は元の薔薇の蔦に戻りジャンを縛り上げながら大きな蔦の塊へと変化していった。

 強靭な蔦が全身を包み完全に縛り上げると悲鳴のような叫び声を上げながらもジャンは動きは停止した。



 そして、このタイミングで現れた乱入者により戦いは終わりを告げる。

 彼がローズの前に立ちジャンに向かってゆっくりと言う。


『能力の使用を"不許可"とする。』


 その瞬間、暴走していたジャンの能力は完全に停止し元の人間の姿に戻るのだった。




 続く

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