第12話「C」恐怖

 伊藤 ジャンはスラムで産まれ落ちてから春日に拾われFHのエージェントになるまで幾度となく死闘を繰り広げてきた。


 しかし、彼はこれまで一度として敵に対して恐怖の感情を抱いたことがなかった。

 それは、どんなに強い敵でも彼の毒にかかれば殺すことは容易くそもそも初見の相手に自分の攻撃が毒だと見破られた事すらなかったのだ。


 勿論、それはただ運が良かったからではなくいかに敵に情報を与えずに戦うかという

戦法や攻撃方法を常に思考し実践してきた

賜物でもあった。

 失敗することはあれど相手に完全に思惑が読まれることなどこれまで一度もなかった筈だった。


 今、両腕を掴んでいるリカルドは俺の戦法や考えを"全て看破していた"のだ。

 始めて会ってから数分しか戦ってない筈の

 ジャンの考えを正確に理解しジャンの長所である腕を的確に破壊してきた。


 そんな体験は今までしたことがなかった

 ジャンはそれを行えたリカルドに対して確実な恐怖心を抱いた。

(全て、見抜かれているとでも言うのか?)

 その不安感が顔に出た為か

リカルドが話しかけてくる。


「どうした?

....顔色が悪いみたいだが

 もしかして、俺に考えを読まれたことが

そんなにショックだったか?」

 これ以上、リカルドに情報を与えてはならないと思いジャンは平常を装いつつ答える。

「随分とおしゃべりだな、

 変わる前のおフェリスもお喋りではあったが」

「ぎゃはは!そうだろうな。

 アイツとオレは元々同じだから似ていて

当然だしな。

 そんな事より....

 "いつ足払いをするつもりだ"?」


「!?」

 ジャンは次の行動がリカルドに読まれたことに驚愕する。

「やっぱりお前は能力に

"胡座をかくタイプ"だな。

お前今まで毒で殺せなかった奴

一人もいないんだろ?

 だからこそ決め技もそれに繋がる布石の技も毒への攻撃に繋がるように

無意識に動いちまってる感じだな。」

 リカルドの話は当たっており両腕を捕まれている時のジャンは兎に角、腕の拘束を外して攻撃する手段ばかり考えていた。


(右足で相手の足を払いバランスを崩した瞬間、腕を引き抜き左腕の針で首筋を狙う。)

「足を払ってその隙に引き抜いた腕で首を狙うって事か?」

「!?」

(また、バレている。

.....一体どういう能力なんだ?)

 リカルドの能力が武器生成以外にも

思考を読むものがあると思ったジャンは

その能力に警戒をする。

 そんな姿を察したのかリカルドが

ジャンの警戒している姿を見て笑い出す。


「ぎゃははは!お前は本当におもしれーな!

 先に言っておくがお前が考えているような

 能力はオレにはないぞ?

 これは単なる"経験則"だ。」

「経験則?」

「俺はオーヴァードに覚醒する前から

殺し屋として沢山の人間を殺してきた。

 だから、自然と相手の次の行動

何となく分かるんだよ....

それはオーヴァードになった

今でも変わってない。」


 リカルドから発せられた真実に

ジャンは驚愕する。

 つまり、リカルドは"過去の経験"だけを

頼りに俺の能力を看破し

武器を潰したというのだ。


 素人なら未だしもジャンはエージェントとしてこれまで数々の任務をこなしてきた。

 それ以前のスラムの時も命がけの戦いを何度もこなしてきた筈だった。

 しかし、リカルド・フェリスの持つ経験則によって全て敗北してしまっていた。


「さてと、俺の話はここまで.....

 これからはアンタの話を聞こうか。

 エージェント?

 誰の指示で俺達の組織を追っている?」

 リカルドがジャンに問いかける。

「.........」

「成る程、だんまりって事か....なら!」


 そう言うとリカルドはジャンの腹部に向かって蹴りを放つ。

 それを見たジャンは腹筋を固めるが蹴りが当たった瞬間、ジャンは吐血した。

「本当に読みやすいなお前は.....

 なぁエージェント?

 俺が何時、"手以外で能力が使えない"って言ったんだ?」

 確認すると靴から大きな杭が出ておりそれがジャンの腹部に突き刺さっていた。


「ガフッ!....足からでも...

武器は作れるのか。」

 ジャンは口から血を流しながらリカルドに尋ねる。

「まぁな......

"全身全ての箇所"から生成できる。

 お前に打ち込んだこいつの名前は

 "パイルバンカー"って武器だ。

 火薬を爆発させた力で杭を相手に打ち付けるっう最高の武器だぜ!」


 リカルドは説明が終わると無理やり杭付きの靴を引き抜く。

 グシャ!という音と共にジャンの腹部から、血が吹き出し始める。

「ぎゃははは!良い様だな!

 腹ん中ぐちゃぐちゃになっちまってるぞ?

 んじゃ、もう一発!」

 リカルドは続けざま靴に生成したパイルバンカーをジャンの腹部に向かって放つ。

 ジャンも避けようとするが両腕を抑えられ、腹部に尋常じゃないダメージを負っているため避けられず諸に攻撃を受ける。


 二発目の攻撃は内蔵に達し爆発して威力の乗った杭が内蔵をミキサーの様にかき回す。

 最早、痛みすら感じないダメージを受けて、ジャンは死を覚悟する。


 口から流れる血は止まることを知らず喋ることさえ出来ない。

(俺は....死ぬ....のか?)

 薄れ行く意識の中、

リカルドの顔が見える。

 まるで子供に玩具を与えたように無邪気な笑顔で俺の内蔵をえぐっている。

 何かオレに向かって話をしているようだが、もう聞こえない。

 だが、その顔には悪意は無くただ純粋に楽しんでいる表情のみが写っていた。

 その顔を見たジャンはとある思考が浮かぶ。


(俺は....コイツに殺されるのか?

 笑顔でなぶる事を心底楽しんでいるような奴に?)

『...イ』

(何なんだコイツは?俺の腹に杭を打ち込むのがそんなに楽しいのか?)

『.....ワイ』

(背筋が冷たくなって心臓が締め付けられる.....この感情は何だ?)

『.....コワイ』 

(...怖い?俺は何を恐れているんだ?

 何だこの感情は!何なんだ!)

 今まで感じたことのない物への焦りからか、感情が昂った瞬間、1つの答えに辿り着く.......




『コイツに殺されるのがコワイ。』



 自分の感情を正しく理解すると暴風雨の様な恐怖の感情に心が完全に支配された。

『コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ.................』



 そして、意識が途切れその恐怖に呼応するようにジャンの中にある"レネゲイドウイルス"が"変異"を起こす。



 最初に異変に気づいたのは攻撃をしていた

 リカルド本人だった。

 ジャンの意識が途切れたのに気付きトドメを指そうとした瞬間、リカルドの直感が危険を察知し握っていたジャンの両腕を離し後方に勢い良く下がる。

 それと同時にジャンの肉体に変化が起きる。

 ゴリッ!バキ!

 ジャンの体が波打つように動き始めると

音を鳴らしながら形が変容していく。


 それは正しくオーヴァードが手に入れられるもう1つの特性である"D ロイス"発現であった。




 極限状態で発現するもう1つの能力....

 発現のトリガーとなるのは感情。

 伊藤ジャンは"恐怖"の感情を糧にオーヴァードとして新たなステージへと足を進めるのであった。






 続く

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