第3話「C」記憶

 意識を失ったジャンは過去の記憶と邂逅していた。

 それはボスにスラムから見いだされFHの構成員となった日の事だ。

「良いか?FHの構成員となり俺の部下となったからにはお前には一端の教育と礼儀そして能力についてもしっかり学んで貰うからな。」


 春日さんはそう言って俺に知識や技術や能力についても詳しく指導してくれた。

 俺はその恩恵を受けつつも疑問に思ったことを聞いた。

「何故、俺にここまでしてくれるのか?」

 スラムで育った者にとって無償で何かをすることは絶対にない。

 利用し利用されるだけの世界、それがこれまで俺が生き抜いてきた世界のルールだったからだ。

 すると、春日は少し悩むと俺の質問にこう答えた。

「組織を強くし俺の手駒として俺の為に手柄を上げて欲しいからだ。

 その為にはスラムのガキレベルの知識じゃ足りない。」

「それにな......」

 そこで、俺は目を覚ました。



 辺りを確認するが全く見覚えのない建物で体を起こそうとすると背中に痛みが走るが誰かに治療されようで包帯が巻かれていた。

(俺は....一体?)

 俺はスラッシュに斬られた後の事を思い出そうとする。

 斬られたダメージで背中の羽が無くなった為、落下している最中、薄れていく意識の中で"黒い何か"に俺は吸い込まれて.....


「気がついたようね。」

 突然、聞こえてきた声の方向に俺は目を向ける。

 そこには金髪の女と燕尾服に身を包んだ白人の男性が立っていた。

 ジャンが警戒している事を察したのか金髪の女は笑いながら声をかける。

「ふふっ、そんなに怖がらなくても平気よ。」

「私の名前はローゼ、こっちの部下のバルゲロ。」

「私達はFHのエージェントでこのF市でとある任務を受けているのよ。」

 ジャンはローゼの名前に聞き覚えがあった。

「貴女がマスターローズ?」


『マスター』とはFHのエージェントの中で一定の功績や能力を持った者に与えられる称号で、選ばれると組織からアジトと部下そしてある程度の裁量権が与えられる。


 ジャンが自分の事を知っていることにローズは驚いた。

「驚いたわ、私を知っているのね。」

 ジャンはベッドから起き上がろうとしながら答える。

「ボスからUGNのビンゴブックを読み込んでおくように言われてその関係で名前を拝見しました。」

「そうなの、それと起き上がらなくて良いわよ治療したとは言え重症には変わりないんだから。」

 その言葉を聞きジャンはベットに横になる。


「それで、俺を治療して生かしてくれたのには何か理由があるんですか?」

 ジャンがローズに尋ねる。

「察しが良いわね、貴方が昨日、闘ったスラッシュとヤテベオに関してちょっと貴方に聞きたいことがあってね。」

「ここ最近、FHを抜けてと"ある組織"に入るエージェントが増えているのヤテベオもその一人で彼女の処分とそのある組織の調査を行うために私達が派遣されてきた。」

「そして、二人の居所を調査している時に貴方達の取引に二人が現れた事が分かって現場に向かってみたら貴方が空から降ってくるのが見えて"バルゲロの能力"で助けた。」


 ローズがそう言い終わるとバルゲロが話を続ける。

「春日 恭二の報告書から君の実力の高さが伺えるスラッシュとヤテベオについて分かったことだけでも構わないから報告してくれ。」

 ジャンは戦った二人について思考を巡らしながら話し始める。

「スラッシュの能力は恐らく風を使った斬撃と飛行だと思われます。

 オーヴァード同士での戦闘にも慣れているようで俺の"毒籠"を食らっても反撃をする余力が残っていたようでした。」

「オーヴァードにも効果のある神経毒を霧状に散布して相手を毒殺する技ね、春日からの報告書にもそう書かれてたわ。」


「スラッシュ曰く脳と心臓に無理やり酸素を送って体を動かしたそうです。」

「ヤテベオに関しては戦闘をしなかったので能力は確認していませんがFHの情報は手に入れているらしく俺の事や能力についても知ってる様子でした。」

「ヤテベオとは話したの?」

「はい、何かの力を手に入れるためにFHを裏切った事とトラックの中身が必要だったとも言っていました。」

「成る程ね、中々有益な情報だったわ。」


「マスターローズ、お聞きしても宜しいですか?」

 ジャンがローズに向かって尋ねる。

「何か?」

「その"とある組織"について何か情報はないのでしょうか?

 それに奴等が盗んだトラックの中身は分かっているのですか?」


「組織については分かっているのはまったくない目的や名前でさえもね。

 それとトラックの中身は"何かの装置の部品"らしいのだけど担当したエージェントは殺されてしまったので中身は分からなかった。」

「全く手がかりがないわけですか。」

「えぇ、残念ながらね、

 "貴方の仕掛け"以外何もないわ。」

 そのローズの一言にジャンは驚く。

「知っていらしたんですか?」

「貴方が倒れた事を春日に伝えると彼は直ぐにこちらに来て詳細な情報を聞きに来たわ。

 その時、貴方の服から発信器の受信装置を取り出した時は私も驚いたわ。」

 ジャンは春日から任務を行う際、自分一人ではどうしようもない時には相手の居所を掴むために"追跡用の発信器"の取り付ける様に訓練されていた。

 スラッシュに背中を斬られた時もジャンは発信器をヤテベオの作り出した木の塊に埋め込んでいたのだ。


「春日は私の部下を連れて奪われたトラックの捜索に向かったわ。」

「なら、俺もボスの元に」

「それは許可できない。

 さっきも言ったが君の体は重症だ。

 今は回復のために休むべきでありハッキリ言って行くだけ邪魔だ。」

 バルゲロはジャンに向かってそう言い放つ、

 その言い分を理解できた為、ジャンは黙った。

「兎に角、今は休みなさい。

 それが今の貴方の仕事よ。」

 そう言うとローズとバルゲロは部屋を後にした。


 ジャンはローズとの会話を反芻しつつ1つの疑問が思い浮かぶ。

(おかしい、ボスならまだしも下っ端である俺にまでここまで情報を教えてくれるなんて...)

 通常、FHのエージェントでも下っ端の人材は命令を受け遂行するだけで詳しい概要を聞くことはない。

 ボスが必要な場合、話すことはあるがそれも稀である。

 今回の任務だってボスから聞いた概要だけで遂行したのだ。

 ジャンはその理由を考えるが思い付かず、

 体を治すために眠りについた。




 続く




【おまけ】


 ジャンが致命傷を受けたと言う報告を受けた春日 恭二は急いでF市にあるFHのアジトに向かった。

 アジトに着くなり医務室に向かうとそこにはベッドに横になり眠っているジャンの姿があった。

(どうやら、命には別状はなさそうだな。)

 内心安堵した春日はベッドの横に置いてあるジャンの服を探り発信器の受信装置を取り出し電源を入れる。

 すると、表示された画面の地図に赤い点が1つ点滅していた。


(不利な状況になったら相手に発信器を取り付ける...ちゃんと覚えているみたいだな。)

「挨拶もなしですか?ディアブロ。」

 その声を聞き春日が振り向くとそこにはこの地区の統括者であるマスターローズが立っていた。

「部下から現状は聞いた。

 ここは確かにマスターローズ、貴女の管轄だろうがやられたのは俺の部下だ....俺が片をつける。」

「....貴方の手に持っている装置は受信機ですね?

 どうやら、そこに眠っている伊藤 ジャンは相当に有能な駒なのですね。」


「何が言いたい?」

「取引ですよ、本来は部外者である貴方を参加させる事は許しませんが二つの条件を飲んでいただけるなら考えましょう。」

 このF市を統括しているマスターの言葉に嘘が無いと理解すると春日はため息をつきながら尋ねた。

「ふっ、条件とは?」

「1つは伊藤ジャンの経歴と情報を私に渡すこと、もう1つは....」

 ローズの提案を聞いた春日は渋い顔をする。

「1つ目は問題ないが2つ目はダメだ認められない。」

「あらっ、意外ですね。」

「貴方の性格なら真っ先に飛び付くと思ったのですが.....伊藤ジャンという"駒"に思い入れでも?」

 ローズの質問に春日は"昔の事件"を思いだしながら答える。

「ジャンは"俺の駒"だ。

 死ぬ時は俺の為に死ぬそれ以外は認めないそれだけだ。」

 ローズは春日の答えに少し考えながらも答える。


「どうやら、彼と貴方には何が特別な絆があるようですね。

 まぁ、良いでしょうこの"一件"に限り貴方の行動を認めます。

 私の部下を預けますから彼らと共に事にあたってください。」

「承知しましたマスターローズ。」

 話が終わり春日が部屋から退室した。


(あの"ディアブロ"がここまで変わるなんて)

 "ディアブロ"春日 恭二、彼の名前はFHでも別の意味で有名になっていた。

 自分がのし上がる為なら平気で仲間を切り捨てていき、上の者に取り入るためならどんな事でもする卑屈で小物臭の強い男。

 しかし、目の前にいた人物は全く違っていた。

 何が彼を変えたのか、その答えは今私の目の前で眠っている。


「いつか、答えを知れる日が来て欲しいですね。」

 そう言いながらローズは眠っているジャンに目を向けるのだった。


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