第2話「C」空

 ジャンとスラッシュの戦いはジャンが劣勢に追いやられる形から始まった。

 戦いが始まるや否やスラッシュはジャンに向かって斬撃を飛ばしジャンがそれを回避しながら近づけるチャンスを狙っていたがスラッシュの放つ斬撃のスピードが早く回避しか出来ないでいた。


 しかし、反撃できないながらもジャンはスラッシュの放つ斬撃を的確に知覚し攻撃を避けていた。

 スラッシュはその光景に疑問を持つ。

(俺の風の斬撃は目に見えることはない。

 故にここまで完璧に避けられたのは始めてだ...ヤツの能力が関係しているのか?)


 スラッシュの推測は当たっておりジャンの能力は蜂の能力全般を使える為、今彼の視界は蜂と同じようになっている。

 蜂には5000個の目がありその視野は300度まで見渡せる。

完璧に同じとはいかないまでもジャンの視野と視覚はそれに近いレベルにまで強化されていた。


 ジャンはその凄まじい視力でスラッシュの放った風の斬撃によって生まれた空気の歪みを感知し攻撃を避けていたのだ。

 しかし、攻撃に転ずる事が出来ないジャンは焦っていた。

(くっ!スラッシュとか言うヤツ思っていたよりも出来る。

 斬撃の密度が高いせいで全く近付けない....それにヤツを無視してトラックの方に向かおうとしてもすぐ斬撃が飛んでくるせいで元に戻されてしまう。)

 ジャンの攻撃手段は主に腕に生成される針を使った近接戦の為、遠距離攻撃が苦手であった。(大抵の敵なら高速で近付いて針をさせるため問題無かった。)

 お互いに決定打が無いまま時間だけが過ぎていく。

 そんな中でもトラックを積んだ木の塊は二人からどんどん遠ざかっていった。

(このままじゃトラックを見失うその前にコイツ《スラッシュ》を何とかしなければ)


 俺は"スラム時代"から良く使っていた"あの技"を使用しようと決めた。

 まだ、俺がスラムの小汚い名前のないガキだった頃、俺の噂を聞いてスカウトに来たボスに使った技。

 今でもその時の記憶だけは鮮明に覚えていた。

「お前か?この辺りのスラムを仕切ってるガキは。」

「何者だ?おっさん。」

「口の聞き方がなってねーな。

俺の名前は春日 恭二、

FHのエージェントって言えば分かるだろ?」


 FH、最近このスラムの裏を仕切る組織がそんな名前のヤツに変わったことを俺は部下から聞いていた。

 しかしジャンは春日に恭順することはなかった。

「あんたが何者かなんて興味ないが.......

ここは"俺の島"だ怪我したくなければ出ていけ。」

「はっ!威勢だけは一人前だな。」

「良いだろう、俺が礼儀ってやつをお前に教えてやるよ。」

 そう言うと春日の腕はまるで獣の腕の様に変形し殺気を放ってきた。

 ジャンはそれを見るや否や春日に急接近し心臓に向かって拳を打ち込むが簡単に止められてしまう。

「その程度か?スラムのボスって言うのは」

 春日は拍子抜けの攻撃をしたジャンを笑う。

 そこでジャンは捕まれた腕に能力を発動させる。


 しかし、危険を察知した春日はジャンの腕を離し蹴りを加えて距離を離す瞬間、掴んでいた腕から一本の針が飛び出した。

「危ない危ないお前の能力は知っている。

 その針を相手に刺して毒を注入して仕留めるんだろ?」

 自分の能力が知られていることにジャンは驚きつつも戦闘の意思は消えていなかった。

 スラムでは戦いを放棄した者から死んでいく故に一度戦うと決めたらどちらかが死ぬまで戦闘の意思を切らしてはならない。

 それがジャンが劣悪なスラムという環境で学んだ事だった。


 戦う姿勢を止めないジャンに春日は肉体を更に変形させて獣の腕を背中に二本生成する

「お前の弱点は遠距離攻撃が無いことだ。」

 そして、周りの建物や廃材から色々なものを剥ぎ取るとジャンに向かって絶え間なく投擲し始めた。

 蜂の能力で高速で移動できるジャンにとってかわす事はそんなに難しいことではないが反撃に転ずる手段が無かった。

 そこで、ジャンは逃げながらも蜂の能力を発動し時間稼ぎを行った。

 春日の投擲を避けつつ彼の周りを離れないようにしていると急に春日が苦しみ始めた。

 そして、時同じくしてスラッシュも突如苦しみ始める。

「がっ....あっ...お前何を?」

 苦しみながらも二人は《春日とスラッシュ》はジャンに尋ねる。

 これはジャンの持つ裏技でありスズメバチの特徴に由来している。


 スズメバチはその凶暴性もさることながら、毒を"霧状"にして発射する能力をもっている。

 ジャンはその能力を使用し避けながら毒を霧状にして噴霧し敵のいる一体を神経毒で汚染された空間を作り出したのだ。


「毒籠(どくかご)」

 ジャンは小さくこの技の名前を呟いた。

 オーヴァードにも効く強力な神経毒で覆われた空間ではどんな相手でも肉体にダメージを負うことは必然であった。

 春日もスラッシュも首を抑えながら苦しそうに息をしている。

 しかし、この技はジャンにとっても諸刃の剣であった。

 一度の使用でも大量の毒液を使用するため長時間は維持できず、またこれを使うと一定時間能力が低下してしまうためだ。

 過去と現在のジャンどちらにとってもその弱点は変わらないため効いてきた春日には止めを刺しにそして、スラッシュには攻撃せずジャンはトラックの回収に向かった。


 しかし、どちらのジャンにもトラブルが起こった。

 春日に止めを刺そうよ彼に近づいた瞬間、

 ジャンの首を捕まえると締め上げながら残りを腕でジャンの両腕を拘束した。

「全く、毒ガスとは恐れ入ったよ...

だが、直接打ち込むよりも効果は薄いみたいだな。

 ブラド=ストーカーの能力で血液を高速でろ過したら何とか動けるようになったよ。」

 そう言いながらも春日の顔は笑顔だった。

「気に入ったぜその根性!

 お前はFHにいるべき存在だ。

 俺と共に来い、お前もスラムのガキから立派なエージェントに育ててやるよ。」

 ゴミのように扱われてきたジャンにとってそれは人生で始めて触れる身勝手ではあるが始めての人間の好意だった。

 そんな彼をボスと慕い現在も春日の忠実な部下として働いている。


 スラッシュを無効化したジャンは木の塊に追い付き着地をする。

 そんな俺の姿を見た一人の人物が俺に話しかけてくる。

「流石は決殺の針の異名を取っているだけはありますね、スラッシュをここまで手こずらせるなんて。」

「俺の事を知ってるのか?」

「えぇ、私も元はFHのエージェントでしたのでね」

 そう言うとその人物は俺に顔が見えるように向くと話し始める。

「始めまして、私の名前は"ヤテベオ"と申します。」

「!?あんたがヤテベオだって」


 ジャンはその名前に聞き覚えがあった。

 かつて複数の有名なUGNエージェントを葬りビンゴブックのAランクにまで登りつめたFHきっての武闘派エージェントだった為である。

「あんたが本物のヤテベオだとしたら何故我々FHの邪魔をする?」

「私は私の求める力を手に入れるためにFHを抜けました。

 そんな私からすれば邪魔をしているのは貴方達ですよ?」

「トラックの中身を返す気はないわけだな?」

「えぇ、残念ですが貴方に返す気はありません。」

「ならば、ここで仕留める。」

「ふふ、強がらなくて結構ですよ。

 貴方の事は調べが付いていますからね。」


「"毒籠"でしたっけ?遠くで見てましたが中々の大技ですね。

その技は能力をかなり酷使するのではありませんか?」

 ヤヘデオはジャンの顔を見ながら見抜いた様に話し始める。

「その結果、暫く能力がろくに使えなくなってしまうとか。

 普通の敵ならバレなかったでしょうが相手が"私"で残念でしたね。」


「それと貴方の敗因は私だけじゃありません。」

 すると、ジャンの背中に鈍い痛みが走る。

 後ろを向くとそこには先程まで毒で苦しんでいたスラッシュの姿があり、ジャンを後ろから攻撃したようだった。

「さっきの技は効いたぞガキ。」

「ぐっ!どうして?」

「お前が神経毒を使って呼吸を行えない様にしたのが分かったから能力を使って"脳と心臓に無理やり酸素"を送ってる。

 いつもの俺からしたら無様な攻撃だが仕方がない。」

 相手の能力の方が上手だったと気付いたジャンは目の前の二人の敵を目に焼き付けながらも、意識を失い木の塊から落下した。




「追わないのですか?」

 ヤテベオがスラッシュに尋ねる。

「無理だと分かってるだろ?

 無理やり体を動けるようにしたとは言え、

 正直戻ってくるだけて精一杯だ....

ヤテベオ解毒してくれ。」


 それを聞くとヤテベオはやれやれと言った表情で彼に近寄りスラッシュの体に触れる。

「貴方の悪い癖ですよスラッシュ。

 敵との戦いを楽しみたがるのはね。」

「あぁ、だが何でFHにバレたんだ?

 今回の一件はアイツらはに責任を押し付けるためにも特に情報の漏洩には気を付けていたはずだが。」

「どうやら、相当な切れ者がFHにはいるようですね。」

「心当たりは?」

「見当がありすぎて困りますね。」

 そう言うとヤテベオはスラッシュの体から手を離しポケットから種を取り出すと急速成長させて一瞬で実をつけた。

「この毒の解毒に効果がある果実を精製しましたからこれを食べてれば何れ毒は消えますよ。」

 スラッシュは果実を受け取ると一口齧り顔をしかめた。

「苦いなこれは。」

「遊び過ぎた罰ですよもっと大人になってくださいね。」

「大人かっ....ははっ!」

 その後、ヤテベオとスラッシュの二人は夜の闇にトラックを連れて姿を消していったのだった。





 続く


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