カウントダウン

門参。

カウントダウン

教室の窓際の1番後ろの席で、春の始まりの弱い日光を浴びながら机にかがむ。

じわじわと感じる温もりに対して僕の心は曇っていった。


あぁ君は死ぬのか。

本当に好きだからこそ僕は悲しい。


先程、目の前の彼女の頭の上に、300という数字が現れた。

子供の時から僕には「人の死までのカウントダウン」が見える。

人の頭の上に数字が現れ、その数字がゼロになるとその人に死が訪れる。

数字は1日に1ずつ減ってゆく。

つまり彼女はあと300日しか生きられない。

この数字は何をしても覆らない。

今まで見てきた人は皆んな死んでしまった。

祖母の時も、テレビで見た時のある有名人の時も。

ここで恋愛ドラマや漫画ならば、彼女を助けることができるだろう。しかし、現実はそうはいかない。君はあと300日しか生きられないよと話しても、笑われてしまうだろう。もしかしたらパニックになって楽しく生きられないかもしれない。

そう考えると何も言わずに幸せに過ごすのが、最も良いのではないかと思っている。


教室では現代文の授業が行われている。なんとなく面白くて好きな先生の授業なので、いつもは聞いている方なのだが、今日はまじめに受ける気になれない。


本当は彼女に告白したかった。でもフラれるのは怖い。

もし「はい」と返事をもらっても、彼女を人生の悔いが残らないほど楽しませるという自信がない。

僕なんかと付き合えば残りの人生がもったいない。

そんなことを考えているうちに放課後が来た。


取り残された教室で静かに上を向く。

友人がしつこく一緒に帰るのを誘って来たが、それどころではない。ノリが悪くて申し訳ないが、先に帰ってもらった。

体が重い。重力が2倍以上の星だとこんな感じなのだろうか。

小さい頃から経験して来た事なので、慣れていると勘違いしていた。癌で仕方がなく死んでしまった祖母や、赤の他人の有名人の時とは何かが違う。

彼女の目の前でこの数字が出た時は、いつもより息苦しかった。


なんとか力を振り絞って重い体を持ち上げ、教室の扉に手をかけた時、前で彼女が通り過ぎた。急いでいるような、少し慌てているのか。

再び彼女の頭の上に300と言う数字が現れた時、何故かはわからないが、全身から何か熱いものを感じた。心を締め付けられるような感覚。無意識にドアを勢いよく開けて、僕は何も考えずに彼女の元へと走る。




夏日、蝉の声が響く暑い部屋の中、本やパソコンで調べ物をする。窓を全開にして、アイスを頬張る。扇風機の風は体を撫で、風鈴の音は、何とも言えない良い雰囲気を出す。

別に昭和に生まれたわけではないのに、何故か毎年ノスタルジックな気持ちになる。


結局あの日彼女の元へと行き、告白した。

結果はOKをもらったが、実を言うとその日の事は必死のあまり詳しくは覚えていない。

その日から僕は彼女を幸せにする方法ばかり考えている。


彼女にとっての幸せとは何か、それは当然生き延びる事だ。そんなもの決まっている。

死から救うことができるなら、もちろん救いたい。

暑さを凌ぐものが扇風機しかないこんな部屋で、汗をかきながらも調べものをするのもその為だ。


僕はいつしか、「彼女が死ぬまで楽しませる方法」よりも「彼女を死なせない方法」を考えていた。

思えば逃れられない数字の呪縛に、僕は初めて抗おうとしたかもかもしれない。


机を改めて見回すと本がぎっしりと置いてある。

「死ぬ人を助ける」と言う見出しの自殺を止めた人の経験談を書いた本から「時が戻る」などというオカルト的な本まで広い範囲で図書館から借りた。

改めて見ると、少し恥ずかしいラインナップだ。

貸し出しの際、受付に居るおばさんに心配されていたのかもしれない。


本で無いならインターネットだと考え、家のリビングから自分の部屋にデスクトップのパソコンを持ってきた。もちろん家族には怒られたが、そんな事は知らない。こっちは人の命がかかってるんだ。


「人の死 見える」と検索して、ずっと下の方へとスクロールしてゆく。

パソコンのある書き込みが目に入った。

「人の死を変える」と言う見出しの下にURLが貼ってある。

中はブログのような構造になっていて、淡々と文字が書いてあるだけだった。5年前の少し古い投稿。

しかし内容には驚いた、全く僕と同じ体験をしている人の投稿だ。

しかも内容を読み進めると、その人は数字の呪縛から救うことができたらしい。

この際、嘘でもなんでもよかった。少しでも彼女を救うことができる可能性があるならば試すべきだ。




紅葉散る秋。

学校帰りに公園で、肌寒い風にあたりながら彼女のの返信を待っていた。


目の前では友人達が、小さな公園でまるで子供のように遊んでいる。

いつもならそこに飛び込むだろうが、今日はそれどころではない。


あの時の投稿いわく、彼女を救える方法はカウントダウンが終わるその日に、死の原因を断ち切る事らしい。

その為には当然、当日に彼女と合わなければならない。今はその日に会うため約束の返信を待っている。

彼女から断られればそこでおしまいだ。スマホを固く握りしめて、「はい」の返事が来るのを願っていた。


そういえばこの前彼女に日頃感謝をしているか、などと聞かれた事を思い出した。

例えば家族や友人、その他お世話になった人達にだ。

人のことばかり見て盲点だったが、よく考えれば僕自身もいつ死ぬかはわからない。

50年後か、もっと早くて10年後か。

はたまた明日かもしれない。

感謝はいつも伝えておくべきだと、今思う。

まずは目の前ではしゃいでいる、お世話になった友人から。

突然何かと言われるかもしれないが、帰りにでも伝えてみよう。


そんな事を考えるうちに返事が来た。

「いいよ」と言う返事に、かわいい絵文字が付いている。とりあえずの安心からか、心の緊張が少し緩んだ。

準備は整った。その日までにできる事をやろう。




雪輝く冬の朝、約束の場所で待つ。

この震えは緊張なのか、寒さなのかはわからない。


息を凍らし「彼」を待つ。


私は彼が好きだった。

そんな彼にある日、300という数字が見えた。私だけに昔から見える、忌々しい死までのカウントダウン。

私はその日に告白された。

顔を真っ赤にして、口をモゴモゴさせて。

告白は先に私がするつもりだったのに。

私はその日から彼を救う事ばかりを考えてきた。

私の好きになった人、死なせるわけにはいかない。


私は5年前に一度、この数字から友人を救った事がある。その時の事は鮮明に覚えている。

青信号の横断歩道を渡ろうとした時。私は何かを察して友人の肩を掴んだ。すると目の前で大型トラックが横転した。飲酒運転だったらしい。

その時から友人の数字は消えた。

その日さえ過ぎればカウントダウンは無くなる。

だから今回もたぶん...いや、きっと大丈夫。


助けられないとはちっとも思ってないけど、念のために彼には感謝を伝えておいてほしいと頼んでおいた。何があっても後悔だけは無いようにしたい。

あれだけ言えば流石に伝えてるよね。


私がしようとしていた今日のデートの約束は彼から誘って来た。もちろん返事はいいよで返事したけど、何かいつも先手を取られている気がする。

まぁ私に都合がいいからそれはよしとする。


準備は万全だ。失敗するはずがない。


目の前に彼が現れた。

何か今日は姿勢が良い気がする。

手を繋いだ時彼の手は震えていた。

やっぱり雪が降った朝は寒いのかな?




二人で雪道を歩き、デートを始める。

共に頭に0という数字を乗せて。


大丈夫、僕•私 が 彼女•彼 を救うから。

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カウントダウン 門参。 @MonsanZ

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