・雨、時々カードゲーム
「ひーまーだーよーしょーねーん」
窓際の椅子で足をぶらぶらさせながら、少女が間延びした文句をたれる。
「外は雨なんだから我慢してください」
部屋で旅道具の点検をしながら、少年が淡白な返事を返す。その言葉にはもう聞き飽きたという気持ちがありありと籠もっていた。文句をバッサリ切られた少女は頬を膨らませて少年を睨むが、少年はどこ吹く風だ。
二人は今、とある街の宿屋にいた。本来ならいつも通り朝には引き上げるのだが、あいにくの雨により出発を一日延ばすことにしたのだ。特に期間も目的地も決まっていない旅なので、こうしたスケジュール面では一泊増やした程度で問題はない。問題といえば、宿の中で暇を持て余した少女の機嫌ぐらいだろう。
「うー、ただでさえ暇なのにキミが構ってくれなきゃ更に暇じゃないか!道具ばっかいじってないで私の暇つぶしに付き合ってくれたまえよ!」
「旅道具のメンテナンスは必要なことでしょう。もうちょっとで終わりますからそれまでおとなしくしといてください。あなたが面倒くさがってやらないから、僕が全部やるしかないんですから」
「むー」
少年の言うことは紛れもない事実だ。旅道具の整備を少年に丸投げしてしている以上、少女は文句を言えない。
「こうなったら……!」
少女は椅子から飛び降りると、壁際にまとめてあるリュックサックを探り始めた。
「……何する気なんですか?」
嫌な予感を覚えた少年が、整備の手を止めて少女にジト目を向ける。少女がリュックを探り始めたら警戒しろ、というのがこれまでの旅で得た少年の教訓だった。そんな目を向けられているとは思いもしない少女は、少年に向けて不敵な笑みを浮かべる。
「雨だから外を出歩けない……なら私の秘術で雨雲を追い払えばいいのだよ……」
「いやいやいやなにしれっと魔法使おうとしてるんですか!天候操作の魔法は特級禁術ですよ!?」
特級禁術は災害など特別な事情がある場合を除き使うことを許されていない特大魔法のことだ。違反すれば即座に魔法発動場所が特定され、警邏隊が飛んでくることになる。
「私をこんな長時間屋内に拘束したんだ……暇を持て余させたという立派な理由があるだろう……?」
「それ本気で警邏に言う気ですか!?こんなところで捕まるなんて俺嫌ですよ!?」
「うるさーい!もう決めたんだ!見よ、我が秘術!」
少女の腕がリュックから引き抜かれる。その手には魔法を使うためのデバイス……ではなくポケットサイズの白い何かが握られていた。
「……あの、それは?」
少年には“それ”の正体が一目で分かった。それは少年が危惧していたものとはかけ離れた日用品。少女の意図に気づき呆れたような、安心したような、そんななんとも言えない声が少年からこぼれ落ちる。少女はそんな少年の様子に気づかぬまま、顔全体に自慢げな表情を浮かべて手に持った“それ”を眼前に突き出した。
「ティッシュだよ!これでてるてる坊主さんを召喚して、雨雲を追い払ってもらうのさ!」
言うが早いかティッシュを容器から取り出し、ついでに古紙も持ち出して颯爽とてるてる坊主を作り始めてしまった少女。
「……ああ、はい。頑張ってくださいね」
緊張が一気にほぐれた少年はそんな少女を生暖かい目で見守りながら、整備途中の旅道具を再び手に取るのだった。
「……むぅ」
「どうかしましたか?」
机の上に頬杖をつきながら、少女が再び呻いた。旅道具の整備を終え、道具一式を全てリュックに仕舞いなおした少年がその声に反応して振り返る。
少女は「ん!」と指を窓の方へ向けた。そこには先程少女が作ったてるてる坊主が、陽気な笑顔を浮かべてこちらを眺めていた。
「見たまえ少年!私がせっかくてるてる坊主さんを召喚したというのに、まったく雨が収まる気配がないじゃないか!」
少女が言うとおり、雨脚は先程までと大して変わった様子がない。陽気に笑うてるてる坊主を嘲笑うかのように、部屋の中にまで聞こえるぐらいの雨音が二人の耳に届いた。
「……この役立たずのてるてる坊主め。陽気な笑顔を振りまくばかりで仕事を全うしないというのなら、今すぐ貴様の首をちょん切ってやろうか……次なるてるてる坊主さんを召喚する手筈はもう整っているんだ……」
「やめなさい」
ティッシュといえどただではない。街以外の場所で補給することも出来ない消耗品なので、そうほいほい無駄遣いを許すわけにはいかなかった。
「……はぁ。旅道具の整備は一通り終わったので、カードかなにかで遊びますか?」
少年がリュックからケースに入ったカードの束を取り出す。その瞬間、少女の目の色が変わった。
「ほう、私にカードゲームを挑むとは良い度胸じゃないか。今日もこてんぱんに打ち負かしてやろう!」
「はいはい、お手柔らかにお願いしますよ」
裏向きにしたカードの束を素早くシャッフルしていく少年に、少女が不敵な笑みを浮かべる。机を挟んで向かい合った二人の間に、裏向けられたままのカードが振り分けられていく。
不敵な笑みを浮かべる少女と平然とした表情の少年による戦いの火蓋が、切って落とされた。
「うがーっ!もうやめだやめ!」
部屋中に響き渡った少女の絶叫。そして舞い散るカラフルなカードたち。なんとなくそんな結果になりそうだと予測していた少年は、自分の顔に向かって降り注いでくるカードを素早く受け止めケースへ戻した。
「……十戦十敗、そろそろ爆発する頃だと思ってましたよ。本当にゲーム下手くそですよね」
「うるさい!キミが強すぎるだけさ!まったく、そんなに強いなら乙女に花を持たせるぐらいしたまえよ!」
「そうしたらそうしたで怒るじゃないですか。それに真剣勝負じゃなきゃゲームは面白くないでしょう?」
「……う、うるさいうるさい!」
頬を膨らませた真っ赤な顔で、少女はぷるぷる震えた。少女の長い黒髪もそれにあわせて毛先をぷるぷる震わせる。少年は呆れたようにため息をついた。
少女がゲーム一式に弱いことを、少年は以前から知っていた。普段の少女の姿からは想像がつかないほど、少女は本当にゲームが下手くそなのだ。それはもう神がかっていると言っても違和感がないほどに。
「とにかくもう終わりだ終わり!まったく、本当につまらない時間だったよ!」
以前も何度か二人でゲームをして、少年の圧勝で終わり、少女が爆発することがあった。そしてそのたびに騒ぐので、少年はその際の対処法も心得ている。
「……逃げるんですか?」
「……」
そう、挑発である。プライドが高い少女は、挑発に面白いほどよくかかるのだ。普段は強い理性で抑え込んでいるが、相手が少年で、尚且つゲームとなると、その理性はあっという間にブレーキとしての役割を失ってしまうのだ。
「たかが十回連続で負けたからって尻尾巻いて逃げ出すんですか?随分とあっさり引き下がるんですね」
「……むっ」
「普段あんなに偉そうな態度なのに、自分が弱い立場になりそうな時は結果をうやむやにして逃げ出すんですか?随分と身に染みついた負け犬根性ですね」
「……むうぅっ」
「ぶっちゃけゲーム弱い以前の問題ですよね。さすがに考えなしすぎませんか?普段のあなたは一体どこへ行っちゃったんですかねぇ?」
「……むがぁあ!」
激高した少女は少年が集めて仕舞おうとしていたカードをケースごと奪い取ると、裏向けにして乱暴にかき混ぜ始めた。少年の口元に浮かぶ微笑に気づかないまま。
「良いだろう!今からキミをこてんぱんに負かしてアホ面晒させてやるさ!さぁ、カードを引きたまえ少年!」
「はいはい、今度こそ勝てると良いですね」
雨音をかき消すほどの声が、部屋に何度も響き渡った。窓際に吊されたてるてる坊主が、二人を見ながら陽気な笑みを浮かべる。
再び始まった二人の戦いは、少女が気合いで一勝をもぎ取るまで何時間も続いていくのだった。
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