一触即発

「もう! そんなにカリカリしないで、ニーナ」


「”姫”は勝手で、ごぜーます。で、やがりますよ。あれはニーナの敵で、やがります! つまりは国の敵で、やがりますですよ!!!」


 タイチから”玉簪たまかんざし”を受け取った獣人の少女に”ニーナ”と呼ばれたタヌキの獣人の少女が憤慨していた。


「だって、仕方ないじゃありませんか。わたくしは国では顔が売れております。こうして、市勢を見て回れませんもん。他国に来た時くらい、自由にしてもよろしいと思いませんの?」


「それとこれとは話が別で、ごぜーます。偶然、見かけて話しかけて、タイチと仲良くするのは違うで、やがりますですよ!」


「だってぇ! あんなにも美しいオレンジ色は、国の術者では出せないのですもの! そもそも”いかずち”は数が少ないというのに! 出会った時が最善でしたの!!」


 可憐な少女達の可愛らしい口喧嘩だと周囲に映っていたかもしれない光景。

 しかし、”ニーナ”と呼ばれた少女は”極真武ジーヂェンウー”で”無手”、”武器”の自国代表枠を獲得している程の強者である。



 そして、ニーナに”姫”と呼ばれた金髪の獅子ライオンの獣人の少女は___




 ___国の父、国の槍、国の盾、”獅子王”アレクセイ・レオニダスの娘、ロゼ・レオニダスなのである。




 手を出そうとするのならニーナに、万が一にも傷を付けようものならアレクセイに国を挙げての”対応”を受けることになるのだ。






 ーーーーーー






「大体、姫は緊張感に欠けるで、ごぜーます! 大事な大会の前に”人質”にでも___


「おっ! なんだぁ?」


 話しながらだったからだろうか、ロゼの迂闊な行動に腹が立っていたからだろうか。

 通行人と衝突するなど、護衛として、常に周囲を気にしていたニーナにあるまじき失態。




「悪かった、で、やがりますよ」


 自身の失態といえど、まだ幼き少女、苛立ちと恥ずかしさで謝罪の物言いが荒々しくなってしまっていた。

 立場を抜きに考えれば、この歳の少女が突然の事故に対して、とっさに謝罪の言葉を言うだけでも立派で、、それで許して然るべきことだった。






「おい! 俺様の武器得物が汚れただろう! 獣人の匂いばかりか、女の匂いを付けられては!! 言葉だけで済むと思ったか!!!」


 しかし、今は時期と


 ”極真武”という大会が控え、世界中の猛者達が帝都・ムーダンに続々と集結しており、街を周囲を”闘気”が満たしていた。

 タイチが先日に戦った【死なず】の刑天シンティェンを産み出すキッカケとなったソレに、影響を受けるように武芸者の多くは気が高ぶっている。

 加えて、ぶつかった浪人風の着流しの人族の男は、作法やプライドに五月蝿く、が強い国の出身。




「立身出世のために他国まで来たというのに、ケチの付いた得物で出られるか!! それなりの謝礼を置いていってもらおうか!!!」


 判断しかねるが、不運な問題が起きようとしていた。






 ーーーーーー






ゆえあって、身分を明かすことが出来ませんが。お泊りの宿を教えていただければ、充分な謝礼をお届けいたしますわ。宿と、いか程が必要なのか教えてくださいまし」


 タイチ程の推察力が無くとも、ロゼの一挙手一投足が一朝一夕で身に付くような所作でなく、真に高貴な血筋と出自なのだということが分かったであろう。

 この場を他国から来ている来賓として恥ずかしくなく収めるために、今にも殴り倒そうとするニーナを抑えながら頭を下げるのは立派と言うほかない。






「何処の誰かも分からん獣人に宿など教えるか! 寝首でも掻かれたら堪らぬわ!! 今! 手持ちが無いのなら……」


 だが、残念なことに”気”が高ぶっているとはいえ推察力に乏しく、ロゼの配慮に、優しさに気付かない無作法者が所持品を見定め始めていた。




「その____”玉簪”を貰おうか。その珍しき色なら高く売れるだろうからな」


 タイチがツァィに贈った”玉簪”は大銀貨五枚程の品だが、ロゼの持つ”玉簪”は装飾も派手な金貨五枚の逸品。

 店の職人が語ったように【仙術シィェンシュ】入りのは取り扱いが少なく、タイチ程の珍しく、強い【精霊技ジンリンジー】が込められているのは値が跳ね上がるのだ。




 ロゼの持つ”玉簪”は、その値を元の十倍、大金貨五枚(五百万円)にもなっている!






「これは駄目ですわ! これだけは!! 他のモノなら! 宿を教えてくださらないのなら、場所と日時を指定してくだされば、そこに使いの者を出しますから! これだけは!!!」


 ”玉簪”を渡すまいと意固地になっているのは、何も金額だけの問題では無かった。

 純粋にタイチの生み出す仙力シィェンリーの色を美しく思い、不躾だと分かっていながら頼んでしまった無垢な”願いワガママ”。

 ”属性”を他者に預けるという行為の危険性を、快く承諾してくれたタイチへの恩義。




 __立場もあって、お互いに疎遠になってしまっていた幼馴染のニーナとの久しぶりの”お出掛け”の記念品だからこそ、誰にも渡したくはないのだ!






「分からぬヤツだ! ここで帰して、戻ってくる保証が何処にある!? ソレで勘弁してやると言っておるのだ!!!」


「きちんと、謝りますから! 後生ですわ! せっかくの美しいオレンジの”玉簪”だけは!! 今は手持ちが有りませんが! 必ず、弁償いたしますから!!!」


 迫る無作法者の手を拒絶するロゼであったが、他国の来賓である自分達から手を出す訳にはいかなかった。

 大した落ち度では無かったが悪いのはロゼ側の方で、過大な謝罪要求を処断する権利を持つのは、この国の警察官憲なのだ。

 しかし、多くの他国の人間が流入し、その文化の違いで小競り合いが起きるのは、いつものこと。

 決定的に暴力を振るわれた訳でなく、取り上げられたモノが大事なら後日、自分で国の官憲に申し出れば良いと、野次馬たちは高みの見物を決め込んでいた。




 ____一旦、渡して後日に解決しても良いのだが、!!




「どなたか! どなたか、官憲を呼んでくださいまし!! 後生ですからぁ!!!」




 ______思い出を、タイチからの恩義を、美しき思い出を、ニーナとの友情の記念品を、一時ひとときでも、!!!






 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー






「そこまで! ……でして~~。相済あいすみませぬ~~。通りますゆえ、道を開けていただきますれば」


 鋭い制止の叫びが聞こえたと思えば、同じ声色の間延びした”声”が野次馬の中から聞こえて来ていた。

 ”声”に反応するように、人波が”声”を発した人物を通すための道を開け始める。




「なんだァ? てめェ……____っ!!?」


 男が振り返り、”声”を出した人物を視界に捉えた瞬間に、自慢の得物を構え、臨戦態勢に入る。






、言いはりましたなぁ。ほなら”極真武”で、ええ成績を残しはって、うちの国に仕官なはるおつもりやろか?」


 ”声”を上げた人物の後ろから付いて出て来た、豪華絢爛な和服を身に纏った少女が冷たく、静かに、怒っていた笑っていた

 男と同じく”人族”で、”和装”であることから同じ国の出なのだろうが、その圧倒的な気品と身に付けている服飾から、国は同じでもことが、傍から見ていても明らかだった。




「そないな堪忍でケッタイなん。どない、ええ成績でも、お断りやわ。他国えろう遠くまで、ご苦労様はばかりさん吉野ヨシノはん、お帰り願ってな」


「”姫様”、かしこまりまして~~。この吉野ヨシノよし子ヨシコに、お任せあれ~~」


 同族意識も高いが、作法やプライドに五月蝿い調が強い国の出身同士。

 あまりに過大な謝罪要求をしている器の小さい同族に対して、”姫様”から同族では無いと≪否定≫が下される。

 この国の官憲に捕まって処断される前に、自国の汚点を”声”の人物、動きやすい和装の女性ヨシコが動き出していた。






「うおおおおおおお!!!」


 男は殺されると本能で感じ取ったのか、ヨシコが迫る前に攻撃を先に仕掛けていた。


「ほぉお! その意気や____ヨシ!」


 男を褒めてはいるが、その攻撃、男自慢の得物での【突き】を最小限の動作で、涼しい顔で躱し続けていた。

 一見、男もヨシコも、タイチの【武道】を思わせるような合理的な動きを見せているのだが、その動きが




「相反する”適性”。”白虎強化”、”青龍流れ”をそこまで極めはったから、傲慢になってしもたんね」


 男が少しでも謙虚で礼儀正しければ、国に仕官が叶っていたかもしれなかった。

 ”三つ子の魂百まで”という言葉が有るように、人の本性は変えられない。

 それが”姫様”に見られたからには、男が自国で仕官する夢が叶うことは無いだろう。




「うぐぅ!?? か、身体が重い! ……いや、仙力が!? これが噂の【消力シァォリー】か!!!」


 ヨシノ・ヨシコは国で有名な青龍チンロンの”適性”者で、今回の”無手”、”武器”の国代表枠。

 触れるだけで他者の仙力を徐々に消失し続ける【毒】にも【呪い】にも似た高度な【仙術】の使い手。

 触る時間、範囲によって消失する量は変わるが、一度でも触れば、後は”青龍の適性回避の最適化”で逃げ続ければ良いのだ。




「ヨシノはんに、ちよと触れられて、すぐにへたばりますか。どちらにしろ、その程度では大会で、ええ成績は無理でしたやろな。____ヨシノはん!」


「かしこまりまして~~。ほあぁぁああ___



「お待ちになってくださいまし!? わたくし達は無事です! 命まで奪うなんて!!?」


 より一層の【消力】を込め、動けなくなり始めた男の”仙力”を根こそぎ奪おうとするヨシコを、ロゼが止めようと叫ぶ。

 しかし、同じ”姫”といえど他国の姫の”願い”よりも自国の姫様の”指示”が優先されるとヨシコは止まらない!



 ___あぁぁあ、あ? ほおおお!??」


 そのロゼの”願い”を叶えるように、ような洗練されたヨシコの一撃を止めて見せたのは___






「両者ともに、俺の【武道】に引けを取らない動きだったのだが。俺の”指導”って、必要なのか? 本当に?」


 ___すでに記憶に、その動きがタイチだった。






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