白い狐

 皇帝・ダオからの≪強制・指名依頼≫を請けてからの翌朝。



「移動の【神技シェンジー】の【瞬歩シュンブー】ですが欠点と言うか、弱点のようなものが有ります。見えない場所、行ったことの無い場所や他人を連れて行く場合などは制限が掛かります」


 青龍チンロン精霊ジンリンである青みがかった長い黒髪のトカゲの亜人のような少女・リウが、準備を終えて帝都に向かおうとする俺達に注意点を語っていた。

 六日後に控えた目的の武術大会”極真武ジーヂェンウー”に全速で向かったとしても、三日は掛かるそうだ。

 以前に誘拐されたこともある皇女のシーを連れた旅路が平穏である”幸運”を願うよりかは、【瞬歩】で移動した方が安全で確実だと判断したのだ。




「今回も馬車を使わないですか!?? やった! 偉く賢いボクの繊細な、お尻が守られましたよ」


 馬車の固い荷台を苦手としているミドリガメの亜人のような少女の姿の精霊・シンが喜んでいた。




「目の前に移動できるのは、見える距離で単身の場合だけです。見えない移動先に何か有れば、ズレますし。”満月草マンユェツァォ”の採取や【死なず】の刑天シンティェンの出た村への移動は、近くではありましたが完全に目的地の目の前では無かったのは多人数だったからです」


「移動までは白虎パイフー様の【神技】だけど、正確な位置の選定は青龍様の領分だからね。大人数で長距離を”目の前”なんて芸当は青龍様の【神技】も含めないとダメなんだよ、タイチ様」


 何気なく使ってきていた【仙術シィェンシュ】だが、色々と制約や制限が有ることに改めて驚かされる。

 以前に言われたことのある【神技】を連発しないようにというのは、こういった意味合いも有ったのだろう。


「聞いたことが有ります! 今は平和で大きい戦争も有りませんが、昔の戦争では”伏兵”の方が本隊よりも多い状況が有ったそうです! 歴史の授業で習いました!!」


「当時は”攻撃”の朱雀ヂゥーチュエ様よりも、”索敵”の青龍様が重要だったそうですよ。事前の情報で敵より倍の軍隊が、突然に現れたの敵軍に敗れることが珍しくなかったそうですから」


 俺が【瞬歩】を使ってでも”極真武”に間に合わせなくてはいけない遅刻組の前回の”仙術シィェンシュ”優勝者の皇女・シーと前回の”無手”優勝者フェイ・ランが補足する。

 俺が大会で【武道】を出し惜しみなく披露することになったと聞いた途端に、上機嫌で早く行こうと急かす遅刻組。




「シー様もフェイ・ラン様も前回の部門ごとの優勝者なのですから、国の代表枠なのですよ。もっと自覚を持って頂かないと困ります」




 そして何故か付いて来た自称、俺の受付嬢のチィェン。



「うっきゃあ! タイチちゃんの晴れ舞台だお! 見逃せないお!」


「うふ。うふふ。タイチさぁんが世界に認められる日が来ましたねぇ」


「仕事で応援に来れない兄上のバン達に代わって、このツァィが誠心誠意、応援いたします!」


 ツァンとジィェン、ツァィ達をを引き連れて帝都へ、”極真武”へと向かう事となった。






 ーーーーーー

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 ー






 帝都の高い建造物らしき物が、かろうじて見えるくらいに離れた山の中に【瞬歩】で移動できたらしかった。




「うふ。タ、タイチさぁん。うふふふふ。タ、タ、タ、タイチさぁぁん」


「近いと言えば近いと言えるが。ちょっと離れすぎてないか? ”満月草”や”小和シャオフォ村”と比べて、何が違ったんだ? 人数か?」


「おふう……。タイチ様、冷静だね。確かに人数は過去最多だけど、これくらいなら問題は無いよ。ここまでズレたのはが入ったからだよ」


 ジィェンを気にも留めず、いつもと違う挙動を示した【神技】に、【仙術】についての見解を求めていた。




 __『お~~い』




「タタ、タ、タイチ様。呼んでます、呼んでますよ!!」


「すまん、チィェン。後にしてくれ。____つまり、他人の【仙術】に介入、邪魔が出来るということなのか?」


「むしろ、出来ないと思う方が理解できないわね。実際にタイチは”いかずち”の【仙術】を奪ったことがあるでしょう? 【スキル】とは違うけど、似たことは出来るわ」




 __『お~~いってば。聞こえてはりますか~~』




「タイチさんは感覚的に分かるでしょうが。【創造】建造物には自動的に尊く、慈悲深い玄武シェァンウー様の【結界加護】が有ります。所有者の【許可許し】無しでは、簡単に入れませんよ」


「タイチちゃん! ちょっと邪魔されて、少~~し歩くことになっちゃったけど。無視は可哀そうだお! イジメかっこ悪い!!」


 殺気や敵意、が、悪戯いたずらを仕掛けて来た相手への意趣返し。

 それを心優しいツァンから許すように諭されて、ようやく視線を張本人へと向けることにした。




 __『そうだぞ~~。イジメ良くありまへんよ~~』




「……わざわざ帝都から離れた場所に連れて来たんだ。目的は何だ? 理由によってはにするぞ。この____


 目の前には、視界に収まるかという程の巨大な妖狐の姿が在った。


「お~~怖や。いくら男前でも、そないに睨まれたら。縮み上がって、うなってしまいそうやわ」




 山かと見紛うばかりの白い____の姿が在ったのだ。





 ーーーーーー

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 ー






「名前は”パイ”。今は、とある国で厄介になっててな。そこでは”シロ”、呼ばれてますぅ。気軽にシロちゃん、呼んでええよ」


「タイチさん。このパイさん、いえ、シロさんですね。青龍様、”四神スーシェン”と同等だと言われる程の特級妖魔ヤオモ九尾ジゥウェイ”。善悪で推し量れないかたで、今は確か他国の___


 無邪気で、気さくな、我儘な九尾をリウが紹介しているところを___



「リウちゃん、を言うのは止めてくれはる? どうせすぐに分かることやけど____驚かしたいやん?」



 ___遮るようにシロが、厄介なっている国の名前を遮る。






「……はぁ。特にタイチの世界から来た”招き人ヂァォレェン”や”迷い人ミィーレェン”が陥る勘違いが有るのよ」


 心底、くだらないと嫌な顔をしているホンの傍で三者三様の反応を見せている精霊達。



「タイチさんが驚く姿ですか……。ボクも見てみたいですね。タイチさんには驚かされてばかりですし、たまには驚いてくださいね」


 驚いている所を見たことが無いシンが興味深々。



「タイチさんだけが驚く姿……。久しぶりですね」


 遊郭での”自動ドア”の件などで俺だけが驚いていたことを見たことの有るリウが懐かしみ。



「タイチ様が、驚く訳ないじゃんよ」


 ”ネタバレ”はしないが、ガンちゃんは退屈そうにしていた。




「街中で真の姿になれへんからね~~。こうして、ひなたぼっこしとったら【神技】の気配を感じたんよ。噂のタイチはんかな? 思うてな。厄介になってる国のために、顔を拝見しよ思て」


 そんな理由で気軽に遠くに移動させられたのでは堪ったものでは無い。

 この距離だと、帝都に到着するのが昼過ぎになってしまうではないか。


「予想外の場所に出ても冷静。シロちゃんを見ても冷静。半信半疑やったけど、ホンマにトウコツを従えとるし。”極真武大会”では、お手柔らかに頼むで」


 俺の非難の視線を受け流すように飄々と、悪びれもせずに陽気に言葉をつむぐ。

 悪意も、敵意も、害意も持たない無邪気さは何処か憎めないカリスマ側面が有った。






「シロちゃんは、も少し休憩してから行きますよって。うちのうたら、よろしゅうに」


 とんだ邪魔が入ったが、なんとか無事に帝都に昼過ぎには到着することが出来そうだった。






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