不可解な≪指名依頼≫

 薬草採取を終え、日も暮れはじめたころの傭兵受付は混みあっていた。

 その業務の性質上、日雇いの労働が多いので当然のことである。



「おい、アイツだ」「マジで”精霊ジンリン憑き”かよ」「精霊ちゃん、可愛いな」


 小言の多いリウ、今まで暇だったので構って欲しいガンちゃんとの会話が多いので、見えない奴らの不審な視線を避けるために、二人には出来る限り【実体化】させているが、逆に好奇な注目を浴びてしまっている。



「あ! あそこの受付が空いてますよ、タイチさん。行きましょう」


「……いや。リウ、普通に並ぼう」


 初めて訪れた時に、を起こした上に、精霊憑き英雄クラスの実力者であることが周知されたので、俺が訪れると必ず道が出来る。

 しかも、が出勤している時は決まって、彼女の受付に道が出来るのが心苦しかった。



 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー



「常時依頼の≪緑癒草リュユーツァォ採取≫を終えて来た。運よく赤癒草チーユーツァォも取れたから、報酬にを付けてくれよ」


「あ、あはは……。それは運が良かったですね。……ですが、私では受付できません」


 長いこと並んで、ようやくたどり着いた小太りの男の受付が、冷や汗を流しながら拒否してくる。



「…………」


 俺が特別扱いを嫌って、普通に並んでいるにも関わらずには、誰も並ばない。



「………………」


 ジッと俺の方を見続けながら、彼女の受付には、誰も並べない。



「……………………」


 俺が並んだ二つ隣の受付に対して、笑うという行為のを発揮し続けている。



「……すいません。まだ、……ものですから」


「こちらこそ、悪かった。つまらないプライド意地で迷惑は掛けられないな」


 観念して、空いている受付に向かう。



 ーーーーーー



「嫌ですよ~~。タイチ様の受付嬢のチィェンの顔をお忘れですか? 今日は出勤でしたのに、常時依頼だからって受付を通さずに、結果だけを持ってくるなんて。として、首を長~~くして、お待ちしておりましたのに。として、寂しいかぎりですよ。はい」


 勝手に俺のだと言い張っている浅黄色の揃いの受付服を着た、長い三つ編みのチィェンが、獣が牙をむくという行為が原点である笑顔を貼り付けたまま抗議してくる。

 こういうのが嫌だったから、今日は常時依頼をしようと決めていたのだが、捕まってしまった。


「ま、冗談は、これくらいにして。タイチ様に≪指名依頼≫が入っております。タイチ様のとして承っておりました。こういうことも有りますので、仕事をする気の日は受付まで必ず顔を出してくださいね」


「おお~~! 凄いね、タイチ様。仕事を始めて1月で≪指名依頼≫が来るなんて! すっかり有名人だね!!」


「そうですよ! タイチさんは凄いんです! 我が主、青龍チンロン様の使者なのです。様の凄い使者なんです! すぐに有名になるなんて、様も鼻が高いことでしょう!!」


≪指名依頼≫が入ったことを素直に喜ぶガンちゃんと、チィェンの真似をして周囲に俺がゆかりの者だということをアピールするリウ。



「とりあえず、その≪指名依頼≫とやらの内容を聞かせてもらおうか?」


「かしこまりました。内容は、こちらです」



≪指名依頼・会いに来てちょ♪・大銅貨1枚≫



「なんで肉まん1個大銅貨1枚の依頼で≪指名依頼≫なんですか!!?? しかも内容が、ふざけてるんですかぁぁ!!!!!??」


 依頼内容のあまりの特異さに、驚きと怒りを露わにしたリウの叫び声が響き渡った。



 ーーーーーー

 ーーーーー

 ーーーー

 ーーー


 ーー


 ー



「本来なら大銅貨1枚の依頼で≪指名依頼≫は無理なんです。今回は依頼者が特殊で……。この光星グゥァンシン街1番の遊女妓女の”チィゥリー”様なので断れず。内容も簡単で簡潔なので依頼料も上げられませんでした。それに……」


「依頼内容は、では無いんだろ? 依頼内容が誰でも良いようなこと。つまり、おおやけに出来ない理由が有る。俺と確実に会って話がしたいから≪指名依頼≫にした。なかなか頭の廻る才女のようだな」


 まだ傭兵の等級が低い俺が、≪指名依頼≫を断るのが難しいことを分かっているので依頼という形で面会の機会を強制的に作ったのだろう。


「さすがはタイチ様です。聡明で話が早くて、として鼻が高いかぎりです。数日以内に営業時間外の……そうですね。昼過ぎから夕暮れ前くらいの時間に来て欲しいそうですよ。入り口で、この木片カードを出せば通してくれるそうです。色街の場所は分かりますか?」


 ”リーの大切な人だから、丁重にね♪”と書かれたカラフルなカードを受けとる。


「この街に来て1ヶ月。行く金も、行く用事も無かったが。街の大体の地理は理解しているつもりだ。街1番の妓女ジーニュなら聞けば分かるだろうし、でかい遊郭から回れば良いだろう?」


「まあ!? タイチ様は2級妖魔ヤオモも簡単に倒し、裕福。イケメンですから妓女の方からも割引されて行き放題だと思っていましたけど。そうですか……無駄遣いはしないで、節操をわきまえてるなんて。女性からは高評価ですよ!」


 話が聞こえていたのであろう周囲の受付嬢から無言の肯定うなずきと、男性の受付からは嫉妬の視線が飛んでくる。



 前世では”是枝枯れ枝太一タイチ”と呼ばれるくらいの強面こわもてで女っ気が無かったのだが、賞賛が理解できなかった。


「前世で、どれだけストレスが有ったのか分からないけどさ。今のタイチ様は若返ってるし、表情にかげが無いから。ぶっちゃけタイチ様は、かなりのイケメンだよ。めっちゃカッコイイよ」


「その甘いマスクで女性を騙すんですね。酷い人ですよ。皆さん! このタイチさんは、タバコは吸うわ! ”銃”なんて子供の玩具おもちゃを買うわ! 無駄遣いするダメ男ですよ!!」


 俺の評判を良くしたいのか悪くしたいのか分からない精霊達の発言を聞き流しながら、不可解な依頼を受けることになった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る