締めの一服
俺の宣伝効果によって、独りで守ってきた肉まん屋が繁盛したことに感謝してくれたツァンの好意で、店舗、兼、住居である肉まん屋の一部屋を住まいとして貸してもらえることになった。
日が沈み、満月の明かりだけが支配した街を、部屋の窓からタバコを吹かしながら眺めていた。
「満月か……。無事に、あの青年の母親が助かったのか。明日、仕事を探しに行くついでに聞きに行ってみるかな」
昔ながらのキセルでタバコを吸いながら、今日の事件のその後についてを考える。
「タイチ様の世界では、
「実物は触ったことが無いが、創作物なんかで使い方は見たことが有るからな。見よう見マネだ。時間が出来たら自作になるが、外でも気軽に吸えるように紙巻きを作ってみようと思っている」
精霊とはいえ、女性であるガンちゃん達は、今まで独りで寂しかったであろうツァンの為にも、彼女と同じ部屋で寝起きすることになったが、就寝前に俺の部屋にガンちゃんが訪ねて来たのだ。
「寝る前に確認しておきたいのだが。これは本当に、俺が貰っても良いのか? ”願い”を叶え、信仰を集めるための【
「余れば、
俺がツァンの”願い”を叶えたことで手に入れた、使用前の白虎の爪を眺めながら、とんでもないことを言い出した。
「この世界の人類はね。タイチ様。全員が1度は”願い”を
「”願い”を叶えてもらっているだと? 全員が全員、一瞬で移動したり、所在不明のモノを言い当てたことが有るというのか?」
俺の当然の疑問に対して、理解しやすいように整理して説明される。
「曲がり角から、人が出てこないと良いなと
「そういう仕組みなら、
途中まで疑問を口にしていたが、一つの仮説が浮かび、青年やツァンのような清く正しい生き方、”願い”を、媒介を渡された人物達を思い浮かべ、納得する。
「そういう感謝の心を忘れさせないために”願い”を目に見える形で叶えるのか。信心深く、徳の高い者には”願い”が優先的に叶えられるとして。より強く、多く、信仰を集めるために」
「本当に察しが良くて助かるけど、タイチ様。付け加えるなら、影響力のある人の”願い”も優先してるよ。皇帝だとか領主だとか、教祖や神父、学者だとか先生。今日のタイチ様みたいに宣伝効果の高いって意味でね」
つまり、これから先は政治がらみや、領土や治安関係なんかの血生臭いことに関わっていかなければならない時が来るのかもしれない。
「ま、そんな訳だよ。白虎様たちからしたら、叶えられずに信仰が弱まるよりは、タイチ様に使って貰ったほうが嬉しいのさ。見た感じ、性分的に困っている人を放っておけないでしょう? 助けられた人は”願い”が叶ったとして、信仰が厚くなるかもしれないし。白虎様たちは、タイチ様には長生きしてもらいたいんだよ」
就寝しようと、ツァンの部屋に向かうためにドアへと向かっていく。
「当然、僕もね。無茶はしないでね。タイチ様が、墓に入るところなんて、早く見たい訳じゃないから」
閉まりかけのドアを閉じきる前に、念を押すように言われた。
ーーーーーー
現代の紙巻きタバコでも滅多に見かけない”紫煙”が立ち昇る。
前世での愛飲していた普通のモノよりも濃いせいか、心の赴くままに振舞ったせいなのかは分からない。
「……美味い……」
ツァンの肉まんも美味かったし、いつもよりタバコも美味い。
元の世界の両親、弟、妹達に会えないのは寂しくないと言えば、嘘になってしまう。
だが俺は、この世界で人生初と言っていいかもしれないくらい
足枷、お荷物などと言ってしまうのは間違いだが、何も気にするということが無いというのは素晴らしかった。
「もう、良いか……良いんだよな」
四十年近く、家族の為に尽くしてきた俺に対する、天からの
新たな生を得て、好きに生きて良いんだという報酬だと思おう。
残してきた家族への別れの言葉を、想いを、”紫煙”に込め、吐き出す。
未練が溶ける、この世界で馴染む、それを表すように”紫煙”が空気に溶け込んでいった……。
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