塩漬けの”願い”

 おずおずと、緊張しながらもツァンから渡される肉まん。

 普段、見かけるような大きさではなく、メロンパン程の大きさで、の価値は充分にあるように思える。

 それを、おもむろに一口、大きく、かぶりつく。


「ど、どう? 美味おいしい? タイチちゃん」



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 涙が出る……!


美味うまい! 美味すぎる!?」


 犯罪的だ……!!


「美味っ!! なんだコレ……美味い!!!」


 前世の理想と現実との差で生じたストレスのせいで、砂のような食事とは違う……!!!

 一人の青年の純粋な”願い”を叶え、その母を救い、食べる食事の、なんと美味い事か!!?


「はむっ!! うわっ……美味い!! ぐっ……美味い!!!」


 そういった事情を加味しても、噛みしめる度に口に広がる肉の濃厚な油、適度に効いた香辛料、歯応えを残したタケノコ? の食感、全てにおいても前世での一流店の味わいが有る……!!


「タイチさん! ”美味い”以外の感想は無いんですか!!? 語彙力が無いのは知性、品性を疑いますよ!!! まったく!!」


「お、おい。見ろよ。だ」「じゃあ、アイツが噂の”迷い人ミィーレェン”か!?」「……美味そうだ……」


 あまりにも一心不乱に食べていたので、周りが見えなくなるくらいになっていたようだ。


「他の感想か……。……、美味おいしい!!!」


「変わってないですよ!!!?」



「五月蝿いぞ! リウ! 食ってみれば分かる! とにかく美味いんだ!! ツァン! もう1個……いや、また俺も食うから2個くれ!!!」


「え、あ、うん。はい、タイチちゃん」


 テンションの上がった俺に驚いていたツァンから受け取った肉まんの一つをリウに手渡す。


「長年、色んな招き人ヂァォレェンに付いてきて、色んな料理も食べてきた私の舌が満足するなんて有り得ません! 失礼ですが、ツァンさんは料理人厨師3級。御付きで食べていたのは特級のモノばかりなのですから」


 うだうだと聞いてもいないことを話しながら、肉まんを一口、頬張る。


「……え? 嘘? 美味しい。美味しいですよ!! ツァンさん! タイチさん! これで、なんで3級なんですか!!?? 間違ってますよ!!!」


「大げさだな~~。シャオ・リウは肉まんを食べ慣れてないから、そう思うだけで、白虎パイフー様の御供え物。その極上を味わったことのある僕には通じないよ。タイチ様」


【実体化】をしていないガンちゃんが、肉まんを食べられずに手持ち無沙汰をしているように見えた。


「ツァン。すまないが、ガンちゃんの分を1つと、【実体化】を”許可”する。待たせたな。ガンちゃん、お前も食べてみろ」


 リウが【実体化】した時の様に、俺から多量の仙力シィェンリーが流れ込み、ほのかに光る。



「あの迷い人!?? 精霊ジンリンが2人も!!」「【実体化】を2回も、なんて」「……美味そう」


「あ~~あ。御供えの作法をしてくれたら、【実体化】しなくても食べられたのに。無駄な仙力消費だし、目立ち過ぎだよ。タイチ様」


 文句を言いつつも、俺から手渡された肉まんを頬張るガンちゃん。


「え!? 嘘? !? めっちゃ美味しいよ!! タイチ様!!!」


 生意気を言っていたガンちゃんですら、目を丸くするほどの美味しさだ。



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「……1つ、貰おうか。良いよな?」


「え! あ、はい!! ありがとう!!」


 俺達の美味そうな様子を見て、我慢できなくなった周囲の人達の一人が、一つ買い求めていた。



「…………家で待つ。家族にも、食わせてやりたい。6つ。包んでくれ……」


「はい、……はい!! ただいま!!!」


 食べ終えると、余韻に浸るように目を閉じ、家族への土産まで買い求めていた。


「お、俺にも1つ!!」「こっちにも、1つ……いや! 4つ!!!」「3つ!!!」


 最初の客を皮切りに、次々と注文が入る。

 これだけの品が、今まで評価されていなかったのが間違いだったのだ。

 店には、ツァンが一人だけだったので、接客、調理、梱包と、あっという間に手が足らなくなってしまったので、俺達が総出で手伝うことにした。



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「招き人も迷い人も基本的には、この世界より飽食のところから来るからね。その人達が”美味い”と感じただけで2級以上は有るんだよ。しかも、タイチ様の反応は異常なくらいだからね。めっちゃ売れるのは間違いなし!! なのさ」


「良いモノは売れる。それが自然の流れです。きっかけさえ有れば、これは当然の結果ですよ!! タイチさん!!」


 見事に完売し、一息入れていた俺にガンちゃん達が説明してくれる。




「……穢れた”グゥイ”の血が入ってる。……そんな私を育ててくれた義理の両親」


 完売し、空っぽになった店、積みあがる利益大銅貨の山。


「その両親が残してくれた店。残してくれた肉まん料理の味」


 自身の手のひらと店の功績を交互に眺めながら、ツァンが語る。


「こんなこと……初めてだお。ずっと、ずっと。両親が亡くなってから、ずっと。一人で、ずっと。……あれ? おっかしいなぁ。なん、で……涙……」


 今までの辛かったこと、この成功のことに感情が追い付かず、止められない涙が溢れる。


「守れたのかなぁ。ツァン。大好きな両親の店と味を、守れた、のかなぁ……」


 ”美味しい”と、きっかけは掴めたのだ。

 今日の客達が、次の客へと、それが評判になり、更なる客が増えることだろう。



「守れたさ。以前の味は知らない。だけど、また食べたいと俺は思った。他の客も同じだ。だから、売れた。少なくとも店は守っていける。お前は偉いよ。ツァン」


 ここでカッコつけて頭でも撫でてやれば良いのだろうが、女性の髪をみだらに触るのを止め、肩を優しく叩いた。


「ううぅ、うわぁぁあぁぁん!!! タイチちゃ~~~~ん!!!!!!」


 それを合図にしたように、ツァンが俺の胸に飛び込み、盛大に泣き明かす。

 その時、ツァンの身体から【神技シェンジー】の媒介、が浮かび上がり、俺へと吸収される。


「ーーっ!!? ああああああああ!!!?? !!! そりゃあ、のはずだよ! ツァンちゃんが、をしたのかよ!?」


 予期せぬ”願い”の回収に困惑していた俺に、ガンちゃんが答える。



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『ガハハハッ! ガン。食ってみろ。この供え物をした者は”願い”に何をしたと思う? 肉体強化が主な俺に、”商売繁盛”だとさ!! ガハハハッ!!!』


 ちゃん、を付けてよ。と思いながら、極上の肉まんを頬張る。


『こんな楽な”願い”など無いな! どうだ? 美味いだろう。【神技】など使わずとも、放っておいても勝手に売れて”商売繁盛”!! 楽で良いことだ!!!』


 上機嫌な白虎様のおかげで、美味しい肉まんを食べれたことしか記憶していなかった。



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 こうして、俺や白虎ですら予期せぬ形での”願い”の回収が終わることとなる。



 是枝・太一これえだ・たいち消滅まで、あと三年……。






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