塩漬けの”依頼”

≪母の”満月病マンユェビン”の治療のために”満月草マンユェツァォ”の採取を求む・大銅貨1枚≫


「この依頼は、すでに終わってると思っていましたよ!? 何処に生えるか分からない”満月草”ですが、依頼者にははずですよ!! それなのに、何故ですか!!?」


 依頼書を握りしめたリウの糾弾を受け、受付嬢のチィェンが申し訳なさそうに詳細を語る。


「生えている場所が分かっても、人が居ないのです。正確に言うと、採取を任せられるだけの人が居ないのです」



 ーー”満月病”ーー


 非常に珍しいやまいで、新月の日に発症し、満月の光が降り注ぐ時に絶命する。

 治療には”満月草”を主原料とした薬が必須である。


 ーーーーーー



 ーー”満月草”ーー


 満月の輝きを放つに効くとされる薬草。

 生える条件、場所に規則性は無く、非常に高価で、見つけた者は幸運である。


 ーーーーーー



肉まん1個大銅貨1枚の依頼ってのはね。タイチ様。依頼料の払えない人の”依頼願い”を叶える慈善事業みたいなものなんだよ。お金にならないけど、達成すれば昇級の時に有利だから、受けてくれる人は多いんだよ.」


 ガンちゃんの説明だと、何処に生えているか分からない薬草の場所がのに請け負う人間が居ないのは変だ。


「”満月草”とやらの生えている場所が、厄介。もしくは、しそうな奴しか居なかったのか」


「はああぁぁあぁ!!??? 場所が分かっているんですよ!? 失敗のしようが無いでしょう? 馬鹿なんですか!??」


 俺の言っていることが理解できていないリウと、理解している受付嬢のチィェン。


「どの程度の実力が必要な場所なのか分からない。だが、依頼物が高価すぎるのが問題だ。実際は採取に成功していても、失敗したとして横流ししそうなのだろう?」


「その通りです。しかも厄介なことに、最初に請けてくれそうだったのが……光星グゥァンシン街の誇る、特級のフェイ・ランさんだったのが問題だったのです」


 あのイケメンは容姿だけでなく、心根までイケメンだったようだ。


「フェイ・ランさんは大銅貨1枚の依頼が有り、手が空いていたら、率先して請けてくれて助かるのですが……。依頼物と、タイミング時期が悪かったのです。あの日も、依頼内容も見ないで請けようしてくれたのですが……」



 ーーーーーー



「内容も確認しないで請けようとしたことを謝罪します。これは請けられない。は請けるに値しない」


 特級という特別であるにも関わらず、下っ端の受付嬢である私に深々と頭を下げることに抵抗が無い人格者のフェイ・ランさん。


「普段なら、問題ない。依頼料と釣り合わない案件は承知の上なのだから。……万病に効く薬草なのが問題なのです」


 そこで思い出したのが、街の領主のこと、フェイ・ランさんが仕える領主のこと。

 昔に大恩が有るとかで、実の親のように、その身に代えても守ろうとしていることを。



 その領主の幼い一人娘が、で寝込んでいることを。



「各地から様々な薬草や【仙術シィェンシュ】使いを集めても、効果が無かった。”満月草”も効果が薄いと思いますが……。現物を手にした時、が頭をよぎってしまいそうなのです。ですから……」


 請けることは出来ない……と、悔しさからか、おのれの至らなさからか、強く握りしめてしまった依頼書を、丁寧にしわを伸ばして返してきたのです。



 ーーーーーー



 去り際にフェイ・ランが、お互いに苦労する信条生き方だと言っていたことを思い出す。


「釣り合わなすぎる依頼を完遂してくれる人格者は、フェイ・ランさんだけとは言いません。ですが、という噂が立ってしまったのです。そのせいも有って、請けてくれる人が居ないんです」


「そんな!!? !! もう昼過ぎですよ!?? 日没と薬の調合の時間を考えたら……採取に1時間も掛けられないんですよ!!!」


 不幸な巡り合わせで、塩漬けになっていた依頼に対して、今までとは考えられない程に感情的になっているリウに、少し思うところを感じた。



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 ーー


 ー




「その依頼。級だとか、条件だとかに問題が無ければ。”満月草”の採取……!」




「それは!? 本当ですか!!!??」



 思案し、決意した俺の背後から聞こえる、歓喜と驚きと戸惑いの混じった声。

 声に反応して振り向いた先には、薄汚れた兎の獣人の青年が立っていた。



「依頼主さん!!?」


「…………」


 母の死の刻限が迫り、居ても立っても居られなかった依頼者の来訪に、請け手が見つかったことを報告出来ると、安堵の表情のチィェン。

 それとは対照的に、苦虫を嚙み潰したように押し黙るリウ。


「あ、ありがとうございます……。もう、駄目かと。フェイ・ラン様に断られたと聞いても諦め、切れませんでした。毎日、神に祈りました。母の病を治す”願い”をしていたように。毎日」


 神に、青龍チンロンに、願っていた時と同じ所作なのだろう。

 俺に跪いて祈る青年から、清貧という言葉が相応しいような印象を受ける。


精霊ジンリンのリウ様にも、なんと、お礼を言っていいか……。”願い”を聞き入れ、”満月草”の場所を教えてくれるばかりか……。採取に行っていただける方を探して欲しいという”願い”まで、とは……」


「あ、いえ、あの、ですね……」


 返答に窮するリウに助け船を出してやるとするか。


「礼なら、無事に完遂してからにしてくれ。何しろ時間が無いらしいじゃないか?」


「そうです! 迷い人ミィーレェンさん、どうするんですか!? ”満月草”は私達が、ツァンさんと出会った場所の近く。ここに来るまでに2時間程は掛かりました。身体強化の【仙術シィェンシュ】も用いても、間に合うかどうか……」



「それなら問題は無い。【仙術】ではなく【神技シェンジー】を使う。これなら往復の時間は、はずだ」


「そんな! 【神技】を使った媒介の”願い”に!!? 割りに合いません!!!」


 驚くリウと対照的に、どこか諦めた表情のガンちゃんが【神技】の使い方を教えてくれる。


「移動系の【神技】なら【瞬歩シュンブー】だね。初回は僕が補助するから、タイチ様は念じるか唱えてくれれば良いよ。1度、使えば感覚的に使えるようになるはずだよ」


「時間が無いようだから、さっそく。依頼者の青年くん。待っていてくれ。すぐに帰ってくる。【瞬歩】!!!」



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 ーー


 ー



 移動にガンちゃんの補助、場所の指定にリウの補助により、”満月草”の生えている森の近くに移動する。

 唱えてから一分一秒も掛からず、唱え終わった一瞬の内に移動が終わっていたのには、流石に驚いた。


「まさに【神技】。読んで字のごとく、だな」


 を全て省略して、だけを与えられた気分だ。



でもあるし、俺達より上手く出来ると思うぞ』


 思い返すは、神・白虎パイフーの言葉。


 人の機微や、なのかを判断できる”人の心”が有ったなら、今回の”願い”は終わっていただろう。

 ”満月草”の場所を的確に告げるのでなく、他の目的などで近くに行くを告げていたなら終わっていただろう。

 今回の場合なら、ツァンに周囲を注意深く探してもらうように頼めば、たぶん終わっていた。


「愚痴っても仕方ない。その至らぬ点を補助する目的で、俺は生かされているんだからな」


 報酬給料分の仕事をしなければと、目的の”満月草”の目指して歩き始める。






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