12. 早く大人に
ミイの行きたい店はハチ公前、渋谷スクランブル交差点を抜けたところにあった。信号が変わって一斉に歩き始めた人を見て、ミイは「わあ」と声をあげた。
「やっぱり人がたくさんいる。バカみたい」
「バカではないと思うけど」
「そうかな」
人の流れに沿うようにして、歩いていく。
「ミイはどこに行きたいんだ?」
「待って。住所言うから」
彼女が言った住所をスマホに打ち込む。
パルコを抜けていく。両側から迫ってくる波のような、狭いビルの間を抜けていく。渋谷に来るのは初めてだと言っていたミイは、ずっとキョロキョロと辺りを見回していた。
「新宿とは違うね。道が狭くて、ごちゃっとしている」
「坂道も多いしな」
「あと、ちょっと臭い」
鼻をつまみながら、彼女は顔をしかめた。
大通りから外れた雑居ビルの中に、彼女の行きたがっていたアパレルショップがあった。年季の入ったビルの2階の茶色い看板。
「インスタで見つけたの。ここのブランド、東京にしかなくてさ」
外観の割に、中はお洒落で客の数も多かった。服をただんでいた女性店員が「いらっしゃいませ」と言うと、ミイは小さく
「アウターは持ってきたから、スカートとシャツが欲しい」
品定めをするミイは、楽しそうに目を輝かせ始めた。こんな浮かれたような表情のミイを見るのは、東京に来てから初めてだった。
昔はこんなふうに良く笑う子だった。
どうでも良い俺の話にも声をあげて笑っていた。だから今、服を選ぶ彼女をみると、愛おしいような気持ちになる。
「これにしてみようかな」
薄いピンクのロングスカートと、グレーのスウェットを手に持つと、彼女は試着室の方に向かっていった。
椅子に座って待っていると、しばらくして試着室のカーテンがあいた。新しい服に着替えたミイは、ぎこちなく俺に見せてきた。
「ね、どうかな」
春めいた色は、いつもの制服よりもずっと明るい雰囲気だった。俺の前で、ミイはくるりと回ってみせた。
「サイズは良い感じなんだけど」
「うん、似合ってるよ。大人っぽく見える」
「本当? 太って見えない?」
「見えないよ、大丈夫」
うーん、と鏡の前で悩んだ彼女は、意を決したようにうなずいた。
「じゃあ、これ買う」
その場でタグを取ってもらった彼女は、新しい服に着替えた。自分で払おうとしていたので、その手を止めて財布を出した。
「俺が払うよ」
「良いの?」
「金はあるんだよ。普段使ってないだけで」
悩んだように首をかしげたミイだったが、自分の財布の薄さに気がついて、控えめな声で「ありがと」と言った。
「買い物も付き合ってくれて嬉しい」
「他のは買わなくて良いのか?」
「うん。もう良いかな。後はユニクロとGUで適当に買う」
「遠慮しなくても良いのに」
「そうじゃなくて、大切な服は一着だけあれば良いの」
嬉しそうに店を出た彼女は、くるりと俺の方を振り返った。
「ねぇ、お腹すいちゃった」
「ちょっと遅いけど昼ごはん食べるか。何食べたい?」
「あのね、わたしね」
彼女が口を開こうとした時、通りの反対側からミイと同い年くらいの女子高生の集団が歩いてきていた。この辺りの高校だろうか。制服を着た彼女たちは、楽しそうに「カラオケ行くー?」と笑いながら俺たちの側を通り過ぎていった。
途端、口を閉じて固まったミイは、彼女たちの後ろ姿に目をやっていた。さっきとは打って変わって、顔に
「なぁ、ミイ」
たたずむ彼女に声をかける。
反応もしなかった。
「ミイ」
女子高生の集団が角を曲がっていく。
そこでようやく彼女はハッと我に帰って、こっちを振り返った。
「何か言った?」
「あのさ。本当は帰りたいんじゃないか。普通に学校に通いたいとか」
「そんなことない」
「でもやっぱり高校は卒業しとけよ。そっちの方が、何かと良いことあるし。そこまで悪い事ばかりじゃないはずだから」
「そんな事ないよ」
「十代なんだから、いろいろ選択肢だって残しておいた方が楽だよ。きっと」
「嫌だよ。嫌だ」
今度は大きな声で否定した。息をはきだして呼吸を整えると、ミイは言葉を続けた。
「十代なんだからとか、そういうの嫌だ」
言葉の節々にトゲが見える。
「ここが人生の一番良い瞬間だって、言われている気がする」
「そうか?」
「言われてるよ。バカみたい。それを
唇を強く
「早く大人になりたい」
女子高生たちが去っていった曲がり角を見ながら、ミイは吐き捨てるように言った。
昔、彼女の姉も全く同じことを言っていた。早く大人になりたい、と俺にこぼした彼女は、こんな風なやりきれない表情をしていた。
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