11. デート


 翌日は昼過ぎに起きた。


 10時過ぎに一度目が覚めたが、ミイがまだ寝ていた。俺にぴったりと寄りうようにして、静かな寝息を立てていた。


 昨日の夜、おそらくミイはあまり眠れなかったのだろう。狭いベッドで何でも寝返りを打っていた。この間までは酒をしこたま飲んで、セックスをして気絶するようにして寝ていたから、彼女の不眠に気がつかなかった。


 このまま寝かせてやろうと思って二度寝を決め込むと、すっかり日はのぼり切ってしまっていた。


「やっと起きた。おはよ」


 身体を起こすと、ユニットバスのドアの方から、ミイが顔を出していた。すでに着替えて、髪にアイロンを当てているところだった。


「今日。渋谷行ってくれるんだよね」


「おう」


「お店閉まっちゃうから、早く行こう」


「そんなに早く閉まらないよ」


「でも早く行きたい」


 急かされるようにして、シャツとセーターを羽織はおる。

 着替えがないと言っていたミイは、最初に来た時と同じ制服とダッフルコートを着ていた。2月の風は肌寒く、彼女はコンビニで買った黒いタイツをつけていた。


 地下鉄で新宿駅まで出て行って、そこから山手線に乗り換える。休日の都心は恐ろしいくらいの人がいた。ホームへと向かうコンコースは、肩が触れざるを得ないくらい混雑していた。


「すごい人だね」


 キョロキョロと辺りを見回しながら、ミイは言った。


「迷子になりそう」


 大勢の人に押されたり、潰されそうになりながら、彼女は何とか俺に付いてきていた。その姿は頼りなげで、本当に迷子の子羊でも見ているような感じだった。


「ミイ、こっち」


「あ、ごめん。また間違えた」


「大丈夫か」


「人がいっぱいなの、慣れなくて」


「腕、捕まっても良いよ」


 俺が腕を差し出すと、ミイは立ち止まって、二、三度目をパチクリとまばたきをした。


「どうした?」


「あ。うん、とね」


 笑みを浮かべたミイは、俺の腕に手を回して、照れ臭そうに身体を寄せてきた。


「ありがと」


 やや視線を伏せて、彼女はお礼を言った。どこか恥ずかしそうで、はにかむように笑っていた。


「なんか、子どもみたい」


「あー、3人で遊びに行った時とかな。ミイはよく迷子になってた」


「そんなことないよ」


「いや、そうだった。良く覚えてる」


「そっか。覚えてるんだね」


 ミイはうつむきながら、小さな声で「意外だな」と言った。


「何か変か?」


「いや。サキ兄、地元のこと嫌いだから。全部忘れてるのかと思って」


「忘れるわけないだろ。忘れたくても忘れられない」


「忘れようとはしている」


「そうかもしれない」


 ついこの間まではそうだった。

 忙しい日々の中で、昔のことを全てひっくるめて、目に見えないところに追いやる。


 5年かけて俺がやろうとしていることは、ただの現実逃避だった。


「思い出すの嫌だった?」


「そこまで嫌じゃないよ。ずっと昔の楽しい思い出は、別に忘れなくても良かった」


「そうだね、あの頃は楽しかった。お姉ちゃんがいて、サキ兄がいて、わたしがいて、世界は完璧だった」


 懐かしいとミイは微笑んだ。


 山手線のホームに降りていく。間も無くして電車がやってきた。


 乗っているのは、家族連れとカップルばかりだった。誰もがどこか浮かれた調子で、毒のない話に花を咲かせていた。


 その姿にミイは、まぶしそうに目を細めていた。


「みんな、楽しそう」


「休日だからな」


「こうしていると、なんか私たちもデートしているみたいだね」


 そう言ってすぐに「あ」とミイは頬を赤くした。


「ごめん」


 恥ずかしそうにうつむくと、彼女は俺の腕からそっと手を離した。


「私たちそんな関係じゃないのに」


 彼女はサッと視線をそらした。窓の外の景色に目を映した。


 ガラスに映る彼女の顔は、あまりに寂しげだった。半透明な彼女の姿は、迷子になった小学生の頃と、そう変わりはなかった。


「良いよ」


 距離を取ろうした彼女の腕を引き寄せる。


「今日はデートということにしよう」


 そっと手を握る。


 ミイが目を丸くして俺の顔を見た。手に力をこめると、彼女は「うん」と強く握り返してきた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る