8. 中華性三昧


 バイトが終わったあと、俺は駅には向かわずに、繁華街へと歩いていった。


 ガールズバーや性風俗店がある雑居ビルの中に、バニラが紹介したお店があった。


 店名は『中華性三昧ちゅうかせいざんまい』。

 エレベーターで上がっていくと、仰々ぎょうぎょうしい金の龍で飾り付けられた看板があった。


 名前を言えば分かるからと言っていたので、待合室で座っていると、浅黒いゴボウみたいな顔をした男の店員に、小さな部屋へと案内された。


「こんにちはアル! よろしくネ!」


 どこで覚えたのか分からない奇妙な語尾で入ってきたのは、チャイナドレスを着た黒髪の女の子だった。お団子を2つ結えた彼女は、俺より頭ひとつ分小さかった。


 バニラの言葉に嘘はなく、目がクリッとして可愛い子だった。そしておっぱいが大きかった。


「あなたが、バニラちゃんからの紹介さんネ! よろしくアル!」


「よろしくおながいします」


 噛んだ。


「かしこまらなくても、よろしヨ。こう言う店は初めてアル?」


「実は」


「ふふふ。可愛いアルね。わたしはリンスー。よろしくネ」


「リンスー」


「アルって中国人が言うと、みんな喜ぶアル」


「はあ」


「リンスーちゃんは需要にお応えする献身的な女アル! さ、さ。早く服脱いデ。ご奉仕するアル」


 言うが早いか、リンスーは俺の服を脱がせて、備え付けのシャワーからお湯を出した。


「やっぱっぱーやっぱっぱーいーしゃんてんてん」


 楽しそうに鼻唄を歌いながら、リンスーは俺の身体を丁寧に洗い始めた。小さな彼女の手が、石けんと共に身体を滑っていく。


 リンスーは満足げに笑った。


「バニラちゃんから聞いたアル。サキは、底無しの絶倫アルね?」


「おいおい。情報が歪められている」


「恥ずかしがる必要ないアル。元気の証拠アル。お求めは空っぽアル?」


「空っぽ?」


「アル」


 プロだからネ、とリンスーは言った。


「どうするアル?」


「じゃあ空っぽになるまで」


「りょーかいアル!」


 シャワーで石けんを流すと、リンスーは平たいベッドに俺を転がした。俺の上にまたがった彼女は、身体に優しく触れてきた。


 刺激が身体を走った。


「痛いアル?」


「少し」


「その内慣れるアル」


 次に彼女は歯を立てた。


 う、と思わず声が出る。


「普段感じたことない感覚アルね?」


 じりじりと身体の奥から、り上がっていくような感覚。


 快感のための快感。

 どこが気持ち良いか、理解しながらせめられるのは初めてだった。


 そう考えると、ミイとのセックスはまるで獣のようだった。


 言うなればセックスのためのセックス。

 快感は後から付いてくる。例えそこに快楽がなかったとしても、俺たちは肌を合わせるかもしれない。


 何のためにセックスしているのか、たまに分からなくなる。


 目を開けると、リンスーの顔が目の前にあった。ドアの飾りと同じ、仰々しく飾られたまつ毛。茶色の瞳が観察するように俺のことを見ている。


「他の女のことを想像したアル?」


「やっぱ分かるんですか」


「分かるアル」


 ふんすと鼻息荒く、俺の腹を撫でながらリンスーは言った。


「目の前にいる女の子のことを考えるアル。それが愛し合う時のマナーよネ」


「ごもっとも」


 ついさっきも同じことを言われた。


「じゃあ始めるアル」


 俺の頬に手を滑らせて、彼女は唇を合わせてきた。舌が口の中に入ってくる。蛇のように、上顎うわあごから、歯の裏側までを犯していく。


「口でしてあげるアル」


 生温かい。快感のための快感。


 60分12000円。計3発。


 昨日行為をしたはずなのに。自分でも信じられなかった。


「これで空っぽになったアル」


 口をうがいして、リンスーは満足げに言った。

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