7. ファム・ファタール


「うわあ。さらに生気がしぼり取られた顔してる」


 翌日、例のごとく路地裏でタバコをふかしていたバニラは、俺の顔を見るなり言った。


「その妹ちゃん、ファム・ファタールみたいだね」 


「ふぁむふぁたーる」


「生気を搾り取る怪物」


 案外間違いはないのかもしれない。


 ミイとセックスをすると、ドッと疲れる。

 心も身体もコントロールを失って、バラバラになったみたいだった。元に戻るまでに恐ろしいほどの労力がかかる。一昨日おとといの二日酔いがまだ残っている感じさえした。


「妹ちゃんのこと嫌いなの?」


「そう言うわけじゃないですけど。なんか違和感があるって言うか」


「違和感」


「そうとしか、言いようがないです」 


「もしかして、サキくん、妹ちゃんとヤりながら元カノのこと思い出してる?」


「いや。まさか」


「間があったね。うわー、それはひどいよー」


 バニラはドン引きした、と苦々しい顔をした。


「それは妹ちゃんも気付いてるし、傷ついてるよ。ヤりながら『あ、今。わたしのお姉ちゃんのこと考えてる』って思ってるよ、きっと」


「そうかも。否定できないです」


「やめなよ、そう言うの。その子と、いつまで付き合ってたの?」


「5年前まで」


「フラれたの?」


「そりゃもうこっぴどく」


「まだ好きなんだ」


「それは違うかもしれないです」


 俺が首を横に振ると、バニラは不思議そうに首を傾げた。


「違うかも? 何それ?」


「うまく言えないんです」


 バニラは納得いかなそうな顔をしていたが「何かいろいろ事情がありそうだね」と、あきらめたように煙を吐き出した。


「それにしても、難儀な三角関係だね。まぁ、悪いのはほぼサキくんな気がするけど」


「何も言い返せない」


「いっそ追い出しちゃえば良いのに。中途半端な気持ちのセックスは、お互いを不幸にするよ」


「それは無理です。て言うか嫌です」


「ヤっちゃったから?」


「そうじゃなくて。いや、それもありますけど。こう言う関係じゃなくても、あいつを見捨てることはできないです」


「セックス抜きで、大事な人?」


「セックス抜きの方が、ずっと大事なやつです」


 一番よく遊んでいたのは、あいつが小学生の頃だったか。

 俺と幼なじみとミイ。地元の夏祭りに行って、疲れ果てたミイを家までおぶって帰った時が懐かしい。


 今じゃ、その彼女が俺にまたがっている。


 笑えない。


「ズルズルいくね」


「同感ですよ、本当に」


「そのうち、チンコでも取られるんじゃない」


「そんなにヤバく見えますか?」


「様子を見る限りでは」


「正直、どうにかしたいです」


 このままでは良くないと言うのは、分かっている。

 家出してきたミイとセックス三昧生活。高校の頃の俺が聞いたらどう思うか。ゾッとする。


「彼女を追い出さずに、セックスせずに済む方法。バニラさん、何かありませんか」


「ふざけた悩み」


「割と本気です」


「そんなの簡単じゃない」


 バニラはタバコを灰皿にしまうと、おもむろに立ち上がり俺の前に立った。日陰から出てくると、バニラの金髪が白く光を反射した。


「先にスッキリさせとけば良いんだよ」


「何です?」


「つまり。妹ちゃんの誘惑に負けないように」


 彼女は一番上のボタンを外した。自分の胸に手を突っ込むと、彼女は一枚の紙を取り出した。


「はいこれ」


 何かと思えば店の名前が載ったカードだった。


「どこに入れてるんですか」


「内ポケットだよ。エッチでしょ」


「これ? マッサージ店?」


「この店、知り合いがやってるの。まあ安全な店だよ。話通しとくから、行ってくれば」


 こっちを見つめるバニラの瞳の奥は、からかっているようにも見えた。


「特別割引。指名料無料。30パーオフ」


 解決策としては実に単純。

 リスクがあるとしたら、ミイにバレたら非常に気まずいと言うこと。


 もらうかどうか迷っていると、バニラはこそこそと小さな声で言った。


「おっぱいが大きくて、可愛い子だよ」


 せっかくなので、もらうことにした。

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