6. 冷めちゃったね


 黒い髪が、蜘蛛くもの巣みたいにシーツに垂れている。互いの汗が、身体を濡らしていた。ミイの浮き上がった鎖骨を舌で舐めると「ん」と息を吐いた。


 呼吸が荒くなっていく。

 一際大きな震えの後、息を整えると、ミイは毛布をつかんで自分の裸を隠した。


「あーあ。カレー冷めちゃったね」


「だから言ったのに」


「レンジであっためよう。お腹すいた」


 毛布にくるまったまま、彼女はのそのそと起き上がって、カレーをレンジに入れた。


 ジーと音を立てて、レンジが周り始める。薄暗い部屋にオレンジ色の光がぼんやりと浮かび上がった。


 ミイは下着もつけないまま、Tシャツを羽織はおった。素足を振って、床に転がっていた俺のパンツを蹴飛ばすと、ベッドの上に着地させた。


 チン、とレンジが音を立てた。


 できたよ、と彼女が言う。パンツをはいて、半裸のままスプーンを握る。強い香りで目が覚める。


「ご飯がパリパリになってる」


「それでも、旨いよ」


「そうだね。これはこれで」


「不思議な味がする」


 暗闇の中で食べるカレーは、見慣れない宇宙食みたいだった。


「なぁ」


「なぁに?」


 スプーンを口にくわえながら、彼女は振り向きもせず、返事をした。


「俺で良かったのか?」


「ん?」


「その、初めての相手が」


「ふっ」


 ミイは鼻で笑った。


「何、今更。散々ヤったくせに」


「だからってさ。まさか処女だとは思わなかったから」


「初めてじゃない方が良かった?」


「そう言っているんじゃなくて」


「そう言っている。ずるいよ。サキ兄は」


 怒ったように彼女は言った。


「ばか」 


「スネるなよ、ごめん」


「あきれてるの。良いよ。処女なんて、大したもんじゃないし」


 言葉の通り、投げやりな口調だった。


 パリパリになったカレーを二口食べただけで、彼女はスプーンを置いた。手元にあったぬるくなった缶ビールを手にとった。


「それにサキ兄のこと好きだから、処女あげたこと後悔してないし」


「それは」


 本心じゃないんだろう、と言いかけた口を閉じる。


 そんなこと、俺が言えた身分じゃない。

 家出してきた弱みにつけ込むように、彼女を抱いたのは自分だ。


 けだものめ。


 俺がカレーを食べ終わると、彼女は俺に身体を寄せると、静かな声で言った。


「ねぇ、今度休みいつ?」


「明後日だけど」


「一緒に服買いに行ってくれない? 着るものがなくて」


 どこにも行けないの、と彼女は言った。持っているものは制服だけで、どうしても目立ってしまう。本当に着の身着のまま出てきたらしい。


「まあ良いけど」


「やった。わたし、渋谷行きたい」


「渋谷とか、あんまり分かんないんだが」


「良いの。行きたい店あるから、ついて来てくれるだけで良いの」


 よろしくねと、嬉しそうに言って彼女は立ち上がった。

 洗面台に立って、コップに水を入れると、ごくごくと飲み始めた。


「なぁ、本当にずっとここにいるつもりか?」


 水を飲みこむと、彼女はコクンとうなずいた。


「しばらくね」

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