3. いやらしいね



 新宿駅東口から少し離れたところにある喫茶店が、俺のバイト先だった。周りは風俗店かラブホテルばかり。


 あまり目立たない場所にあるので、買春の待ち合わせとか、宗教の勧誘場所に使われていたりする。


 頭がガンガンしたまま、キッチンでサンドウィッチをさばく。


「おはよう。サキくん」


 休憩前に裏口から出て路地裏にゴミを出そうとすると、メイド服の上にコートを羽織はおった金髪の女が、タバコをふかしていた。


「バニラさん、またサボりですか」


「ちょっとだけ。休憩中」


 そう言うと、彼女は煙を吐き出した。


 この辺もすっかりタバコ吸えなくなってさ、と愚痴ぐちのようにこぼす彼女は、俺が上京してきてからの初めての知り合いだった。


 とは言っても、本名すら知らない。


 知っているのは、彼女が近所のコスプレ喫茶の副店長であること、バニラと言うニックネーム。俺より2、3歳上であること、それからマルボロの12ミリを好んで吸っていることくらいだった。


「毎度のことなんですけど。わざわざこんな薄暗いとこで、吸うこともないじゃないですか。うちの店で吸えば良いのに」


「やだよ。あんなドブみたいなコーヒーに、金払うなんて」


「ドブ」


「じゃなかったら猫のしょんべん使ってるんでしょ。知ってるよ」


 すぐそばをのそのそと歩いていく野良猫を見ながら、バニラは俺に言った。


「後、酒臭い店員がサンドウィッチ作ってる」


 顔を近づけて、すんすんと匂いをかいで、バニラは顔をしかめた。


「ずいぶん呑んだね」


「分かります?」


「女の匂いもする」


 彼女は俺を見上げて、からかうように笑った。


「ようやく彼女できたんだ。やったね、サキくん」


「なんでそんなこと」


「分かるんだよなぁ。顔も浮ついてるし。酒でベロベロになりながら、ヤリまくったって感じだね。相手は誰?」


「誰でもないですから」


「じゃあ風俗だ」


「違いますって」


「ふーん」


 彼女は再びタバコを吸った。

 チリリと火が弾けて、灰がポトリと地面に落ちた。


「風俗じゃないけど、やましい相手だね」


「なんで当てようとしてるんですか」


「昔の知り合い? 元カノ?」


「だから」


「違うけれど、ちょっとあたりだね」


 ふふと満足げに笑って、彼女はエアコンの室外機から腰をあげた。コートについたタバコの灰をパタパタとはらうと、「あー肩った」と身体をぐぐと伸ばした。


「やましい相手じゃなかったら、そんな電源の切れたペッパー君みたいな顔にならないもんね」


「もともとこう言う顔ですよ」


「生気がしぼり取られた顔。罪悪感がある。当たり?」


「当たりです。バニラさん占い師でもやった方が良いんじゃないですか」


「わあ、良く言われるのよね」


 彼女は嬉しそうに手を合わせた。


 罪悪感。

 そうだ。まさしく大当たり。


 ミイとやったことに罪悪感がある。加えて処女だったこともまた胸を締め付けた。


 あいつ、初めての相手が俺で良かったのか。


「ねえねえ。どんな関係?」


 肩上まで伸びた自分の髪をいじりながら、彼女はしつこく俺に聞いてきた。


 一つため息をついて、仕方なく言う。


「幼なじみ。いや元カノの妹です」


 それを聞くとバニラは口に手を当てて、


「うわあ、いやらしいね」


 とからかうように笑った。

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