第2話 ―勝ちたいワケじゃ ない―
――ヌアル平原の様子について、ゴブ一武闘会が関わっていると思ったアルドは、祖父に相談しようと考えた。
「なんと!」
ゴブリンを連れて家に入るアルドを見て、村長は腰を抜かす。
「じいちゃん、あの事なんだけど……。」
アルドはこのゴブリンの事や、ゴブ一武闘会についてかいつまんで話した。
「つまり、ヌアル平原の様子がおかしいのは そのゴブ一武闘会が原因なんじゃな?」
「たぶんそうゴブ!きっとみんな楽しみにしてるだけゴブ!
この村をおそう事はないゴブ
武闘会が終わればまたいつもと同じになるゴブ。」
「そうか……ふーむ。」
「だからどうか、戦い方をオイラに教えてほしいゴブ!この通り、お願いしますゴブ!」
「うーむ、ゴブリンを弟子に……。」
「なんかよく分からないけど、俺からも頼むよ!」
「おじいちゃん!私からもお願い!
愛する姫と結婚するために、辛い闘いを乗り越えるなんて……
ああ、なんてロマンチックなの!」
「ほ、ほら、フィーネもこう言ってることだし……。」
「うむ……その姫への想いは変わらぬのじゃな?」
「ケッコンしたいゴブっ!」
「わしの特訓は、かなりきついぞ?」
「覚悟はできてるゴブっ!!!」
「よろしい!では広場に向かうぞ!」
「ゴブ!」
腹をくくったゴブリンを見届けた村長は、足取り軽く家を出る。
「おお!良かったな!」
「やったゴブやったゴブ!」
「やったあ!頑張ってね!」
特訓が決まり二人は喜ぶが、早速外から村長の怒鳴り声が耳に入る。
「喜んどる場合じゃないぞい!さっさと来んか!」
「は、はいゴブ!」
「あ、あれ?じいちゃん、結構熱くなってる?」
ゴブリンの熱意に感化され、熱くなる祖父に距離を感じつつも、特訓の行く末を見守る為後に続くアルド。
広場に出ると、いつの間にか修練袋が出されており
村長は杖を手に指南していた。
アルドは腕を組んで見守っている。
「まずは武器の使い方じゃ!この修練袋に攻撃してみなさい」
「はいゴブ!てい!!!」
「違う!そうじゃない!こうじゃ!」
「ゴ、ゴブ!?こうゴブか!」
「脇を締める!」
「は、はいゴブ!てや!」
「まだまだ!続けるのじゃ!」
「ゴ、ゴブ!?!?!?」
なんとか特訓にしがみつくゴブリン。
この日一日、攻撃の仕方について学ぶことになった。
「結構スパルタだな……。」
アルドは頬に汗を浮かばせながら見ていた。
―ゴブリンは物理攻撃の基礎を学んだ!
――次の日
「今日は、防御のレクチャーじゃ。修練袋にちょいと仕込みをしておいたぞ。
力尽きぬよう喝を入れておこう。」
「ありがとうございますゴブ!」
「これでよし……じゃ。さぁ、なんでも良いから行動してみるんじゃ。」
「はいゴブ!」
仕掛けるゴブリンに、修練袋から謎の攻撃が繰り出された。
「ゴブ!?」
「ほっほ。びっくりしたかの?
今、修練袋がしてきたのは物理攻撃じゃ。」
「ぶつりこうげき……。」
「相手からの物理攻撃のダメージを抑えるには1つポイントがあるんじゃ。」
「1つ……!」
「うんうん、確か……ってあれ?1つだっけ?」
今日も離れたところでアルドは見守っている。
かつて教わった事を思い出しながら。
「圧倒的な筋肉じゃ!!!」
「ゴブ!!」
「……そうだっけ?」
「相手の攻撃をものともせず、跳ね返せるだけの、圧倒的 力!筋肉を鍛えるのじゃ!」
「ゴゴゴ、ゴブーーー!!!!!」
「これが激しい戦いで身を守るための、秘訣じゃ!!」
死にものぐるいで特訓にかじりつくゴブリン。
今日もバルオキーに悲鳴が響き渡る。
ただ一人、アルドは困惑していた。
「じいちゃん、そんな事言ってたっけな……。」
―ゴブリンは物理防御の基礎を学んだ!
「次からはより過酷な修行になる
今持っているその棍棒じゃ、修行を乗り越える事はできん。」
「このこんぼうじゃ……乗り越えられないゴブか。」
「何か思い入れがあるのか?」
「いや、その辺で拾ったものゴブよ。」
「な、なんだ。」
「ふぉふぉふぉ、ならば丁度良いのう
どれ、月影の森で採れるオーク材があればワシがこさえてやろう。」
「分かったゴブ!持ってくるゴブ!」
「俺も一緒に行くよ。たしか あの辺に行けば良いのが採れるはずだし。」
「師匠!ありがとうゴブ!」
―月影の森―
バルオキーから西、ヌアル平原を超えた先に、真夜中のような青白い森の入り口が見える。
森の中は、昼でもお構いなく大きな満月が姿を現し、妖しく光る様々な草や花、木の実、鉱石が森を仄暗く照らす。
―その深部
ウルシゴイやタイガーフグの良く揚がる釣り場―月の鏡―を曲がった先で
目当ての材料を拾う。
「確かこの辺に……あった、これだ!」
「なかなか、強そうな木材ゴブ!」
「今まで使ってた棍棒はどうするんだ?」
「どこかに置いていくゴブ!
きっと誰かが拾うゴブ。」
「そっか
それにしても、過酷な修行って……。」
「ゴブリ……。
きんちょう してきたゴブ。」
「大丈夫!何とかなるって!」
「生き残れるか心配ゴブ。」
「さ、流石にじいちゃんもそこまでしないだろ……。」
「本当ゴブか?」
「多分?」
「不安ゴブ!心配ゴブ!」
慌てふためくゴブリン。
「お、落ち着けって!大丈夫!じいちゃんもそこまで鬼じゃないはずだ!」
「勝つまで死ねないゴブ!」
「じゃあ大丈夫だ!」
自信満々のアルドに、問いかける。
「なんでそう言い切れるゴブ?」
「おまえが死ななければ良いんだ!」
「……古くから伝わることわざがあるゴブ。」
「ことわざ?」
「ゴブリンの子はゴブリン……。」
「な、なんだそりゃ!?」
「オイラ死んじゃうんだ……。」
「大丈夫だって、何かあったら俺が止めに入るよ!」
「信じるゴブよ……。」
「ああ!
とりあえず、この木材で新しい棍棒を作ってもらおう!」
ゴブリンはトボトボと歩き始める。
「うーん、まだ信じてもらえてない気がする。」
小さな背中を追いかけるアルド。
――バルオキー
修練袋がない。
「次はどんな修行ゴブ?」
「今日は試験じゃ。初日に教えたことを思い出し、わしを倒してみよ!」
「ゴブ!」
「その前に!
昨日採ってきてもらったオーク材はあるかのう?」
「ああ、これだよ。」
アルドは祖父に寄り、オーク材を渡す。
「ふむ、中々良いものじゃ
これを、こうして……
こうして……
こうじゃ!」
「そんな簡単に出来るのか!?」
驚くアルドをよそに、出来上がった棍棒を、ゴブリンに渡す村長。
「ゴゴゴ……ゴブ!
掴み心地、振り心地まで全然違うゴブ!
なんだか、とてつもない力を手に入れた気分ゴブ!」
「それでは、早速始めようかのう!」
「でぇやあああーーーー!!!ゴブゴブゴブゴブ!!!!!」
がむしゃらに村長に攻撃するが、全く効いている様子がない。
「ゴ…ゴブ……。」
「ふむ、初日よりだいぶ進歩しておるな……じゃがまだまだじゃのう。」
「ぜんぜん効いてない……ゴブ……。」
「今日は少し早めに切り上げるとしようかの、休息も必要じゃ。」
全く歯が立たない事に肩を落とす。
村長は自宅へと帰り、ゴブリンはうなだれながらヌアル平原へ向かってしまった。
今日のバルオキーは静けさに包まれている。
「あいつ……大丈夫かな。」
「ゴブちゃーん、休憩に……ってあれ?
お兄ちゃん、ゴブちゃんは?」
「ああ、フィーネ
今日はちょっと早く切り上げちゃったんだ。」
「何かあったの?」
「じいちゃんにコテンパンにやられちゃって、それでアイツ 自信を失っちゃったみたいなんだ。」
「そっか……
いつも頑張ってる声が聞こえてたから、今日はサンドウィッチ作って来たんだけど……。」
「まだ近くにいるはずだし、俺が届けて来るよ!」
「ありがとうお兄ちゃん!
はいこれ、お願いね!」
「ああ!
じゃあ行ってくる!」
フィーネから手作りサンドウィッチを受け取り、ヌアル平原へと走る。
ゴブリンは一人、アルドと最初に出会った場所で、小さなミグランス城を眺めている。
「ここの眺め、最高だよな!」
「……師匠。」
「そう落ち込むなよ!俺もじいちゃんに何度もやられたし!」
アルドは励ますが、落ちたゴブリンの肩は上がらない。
完全に心が折れてしまっているようだ。
「もう、時間がないゴブ……大会はあと3回、日が昇ったころゴブ……。」
「そ、そんなに近いのか!……うーん」
大会まで時間がない事を知り、アルドは思わず腕を組んでしまう。
「もしかしたら、オイラ 勝てないかもしれないゴブ……
きっと無理なんだ……。」
「お、おいおい そんな後ろ向きになるなよ。」
「勝てなかったら意味がないゴブ……。」
「勝てなかったら、意味がない?」
「そうゴブ!
こーんなに辛い修行をしてるのに勝てなかったら、今まで何のために がんばってきたのかわからないゴブよ!」
「……なあ、大会にどうして出たかったんだ?」
「それは……プリンセスとケッコンするため……――
――はっ!」
「だったら、前に進むしかないんじゃないのか?」
「ゴ!ゴブ!!!」
闘う理由を思い出したゴブリンは再び燃え上がる。
「オイラ なんで忘れてたんだろう……!こうしちゃいられないゴブ!」
「あ!そういえば、これ フィーネのサンドウィッチ
いつも頑張ってるのは、俺もフィーネも、じいちゃんも見てるよ」
「ありがとうゴブ!
……とっても美味しいゴブ!」
「ハハハ!そんな急いで食べたら――」
「ゴブッ!?
ゴホッゴホッゴブッ!」
「ほら言わんこっちゃ……。」
胸に詰まらせつつも、食べ終えた。
フィーネの愛を感じたゴブリンは一転して立ち直る。
「とても美味しかったゴブ!」
「フィーネに伝えとくよ。」
「オイラ、またがんばるよ……。
プリンセスの為に!」
「ああ!明日、待ってるからな!」
「また明日ゴブ!」
我に返ったゴブリンに安心したアルドは、月影の森に消える背中を見送る。
――暖かい風が頬を撫でていった。
――翌日
ゴブリンはバルオキーの広場に来ていた。
満身創痍で、別れた後の凄惨な訓練を想像させる。
しかし、ゴブリンの目は輝いており、力強く立っていた。
「ふむ……では、続けるとしようかのう……卒業試験じゃ!」
今日はフィーネも一緒に修行を見届けている。
「頑張れゴブちゃーん!」
「ゴブーーー!」
卒業試験が始まると同時に、襲いかかる。
「踏み込みが足りん!」
「ゴバブゥ!」
「もっと腰を回さんか!」
「ゴブボォ!」
「遅い!」
「ゴッ……ゴブ……ハァ、ハァ」
何度も立ち上がり、挑み続けるゴブリン。
村長に叱られながらも、対等に渡り合っている。
「ゴブちゃん……。」
「す、すごい……昨日までとは違う……一体どんな稽古を積んだんだ!」
「そうなの?」
「ああ、まるで別人のようだ!」
「そっか……プリンセスの為に頑張って来たんだね。」
「何をぼさっとしておる、アルド!」
「えっ、ええ!?」
急に大声で呼ばれた事に、目が飛び出るアルド。
「お主も鍛え直さねばならんようじゃな!」
「ふふふ、お兄ちゃんも行って来たら?」
「いや、俺はいいって!」
「燃えてきたぞい!ふぉおおおおおお!!!」
「か、勘弁してくれ!!!」
背中から炎が見えるくらい盛り上がっている。
逃げようとしたが、直ぐに首根っこを捕まれ連れていかれる。
「うわあああああーーー!」
「ゴブーーーーー!!!!」
今日は二人の叫び声がバルオキーに木霊する。
――最終日
「昨日は散々な目に会った……。」
文句をたれつつも、ゴブリンの事が気になるので広場に来てしまったアルド。
ゴブリンもかなり堪えたようで、ヘトヘトになりながら今日も来ていた。
「アルドから話は聞いておる、大会は明日なのじゃろう。」
「はいゴブ。」
「ついにプリンセスのために闘うのね……。
気を付けてね!」
「今日は調整日じゃ、明日に備えるため軽いトレーニングにしておこう。」
「師匠の師匠……。」
「もう、おまえに……
教えることはない。」
「ありがとうございましたゴブ!!!」
「ほっほ。礼は、大会に勝ってからじゃ。」
初日と比べかなり見違えたゴブリン。
この日は軽くクールダウンし、トレーニングを終えた。
アルドはゴブリンを見送るため、村の出口にいる。
別れる前、アルドは思い出したように口を開いた。
「なあ、そういえば大会はどこでやるんだ?」
「古戦場跡でやるゴブ!」
「見に行っても良いか?」
「もちろんゴブ!師匠に見てもらったら百人力ゴブ!」
「ハハハ!でも、気を抜くなよ!」
「もちろんゴブ!油断大敵ゴブ!」
「よし!その意気だ!」
――明日を待ち焦がれる、二人の長い影が伸びていた。
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