第3話 ―もう、忘れない―

―――大会当日


古戦場跡の重苦しい雰囲気に、肩が重くなる。

その昔、オーガ族が使っていたであろう大剣や槍などが地面に刺さり朽ちている。

当時の大砲が今もなお残っていて、巨大な動物の骨が地面出ている。

そんな惨状が地平線の先まで続いており、惨憺たる戦の様子を伺わせる。


「うーん、確かこの辺だったと思うんだけど……ってうわぁ!?」


「楽しみダ。」


「今日はゴブリン オブ ゴブリンが決まる めでたい日ダ。」


「早くプリンセスが見たいゾ……。」


古戦場跡は賑わっており、熱気に包まれていた。


「す、すごい数だな……。」


「なんダおまえ!なんでここにニンゲンがいるんダ!」


「そうダそうダ!ここはゴブリンにだけ許された聖地ダ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「出ていケ!」


「「出ていケ!!」」


「「「出て行ケ!!!」」」


あっという間に囲まれたアルドは、狼狽える。


「どくゴブ!

その人は、VIPゴブ!こっちに通すゴブ!」


合唱を打ち破る声に、ゴブリン達は静まり返る。

奥から、声の主が歩いてきた。


「なんダおまえ、このニンゲンの味方をするのか!」


「オイマテ!こいつは、選手ダ!」


「ナ、ナンダト!?」


出場選手だと知り、道をあけていく。


「師匠、こっちゴブ。」


「た、助かったよ……!」


冷や汗を浮かべたアルドは、弟子ゴブリンに案内され会場に向かう。

ちょうど、黒いマントを付けた青色のゴブリン―ハイゴブリン―が黒いふんどしを靡かせ会場を盛り上げ

その隣に豆のような頭で全身緑色、所々蔦や葉を生やしたゴブリン―プラームゴブリン―がいた。


「レディーース、アーンド、ジェントルメーーン!

いよいよ本日、ゴブリンの中のゴブリン……

ゴブリン オブ ゴブリンが決まります!」


「「うぉおおおおお!!!」」


「ゴブリン オブ ゴブリンは、プリンセスとのケッコンが約束されております!

果たして、プリンセスのフィアンセとなるのは一体誰なのかーーーーー!!!」


「「うぉーーーーーーーーー!!!!!」」


「それでは、ゴブ一武闘会の開催です!

実況と審判はワタクシ、ハイジと!」


「解説はぼく、プラジがお送りいたします」


「「わああああああー!!!!!」」


「おいおい、すごいな……!」


熱気に飲み込まれ、目を見張る。


「当然ゴブ!ゴブリンの中のゴブリンが決まるゴブ!」


「おお……ゴブリン オブ ゴブリンか!」


「みなさん!プリンセスゴブリンのごとーじょーであります!

盛大な拍手と共に、お迎えください!!!」


「「「わーーーーーー!!!!!」」」


「ゴブ!?プ、プリンセス!!」


「おお、ついに!!」


弟子ゴブリンはプリンセスの登場に右往左往し、アルドはいよいよかと心を躍らせる。

プリンセスと思わしきゴブリンが歩き、会場に立つ。


「ごきげんよウ」


ゴブリンの熱気は最高潮に達した。


「プププ!プリンセスゥーーーー!」


「こっち見てェーー!!」


「キャーーーーー!!!」


「ふ、ふつくしい……」


「ブハッ……もう、思い残す事はない……パタッ」



手を振る姫ゴブリンを見て、気絶する者まで現れる始末。

しかしアルドはただ一人、いかめしい顔で腕を組んでいる。



「見た目が全く同じじゃないか!!!」


「何を言うゴブか!師匠にはあの美しさがわからないゴブか!」


「ナンダオマエ!ブジョク するノカ!」


「そうダ!そうダ!ニンゲンには わからないんダ!」


「オレタチのような ミニクイ 見た目をプリセンスが しているワケないだロ!」


「……オマエ、自分で言ってて悲しくならないノカ。」


「(どこからどう見ても、同じに見えるけどな……。)」


――これ以上敵を増やしたくないアルドは腕を組み、思ったことを敢えて口にしなかった。



「えー!それでは第一回戦が始まります!選手は準備してください!

なお、時間に間に合わない場合は シッカクとみなします!」


実況のアナウンスが鳴り、弟子ゴブリンは慌てる。


「オイラ、出場するからあっちに行くゴブ!

見ててほしいゴブ!」


「ああ!頑張れよ!」


――程なくして、2体のゴブリンが対峙した。


「ひがし!人間の師匠に巡り合い修行を積んで来たという、その実力は正に未知数!

にし!大食い大会と間違えて出場してしまった食いしん坊!」


「プリンセスは、オイラが頂くゴブ!」


「出たからには、負けないゾ!」


「両者見合って……

はあぁああじめぇえええいいいい!!!!!」


「うわ!気合入ってるなぁ……。」


奇声とも取れる実況の試合開始の合図に若干引いた。

殴り合う2体のゴブリン。

弟子ゴブリンの方が優勢である。


「よし、いいぞ!特訓の成果を見せてやれ!」


「いけいけ!そこダ!」


「なにやってるんだ!そうじゃなイ!」


「オマエは食う以外、何もデキンのか!」


両陣営とも応援や野次が飛び交う。


「見た限りでは、ひがしの選手が優勢ですが!解説のプラジさん!」


「いやあ、さっぱりわかりませんねえ。」


「なるほどー!解説のプラジさん!ありがとうございました!

にしの選手には何か秘策があるかもしれないという事ですね!」


「そうダ!

オーイ!もし勝ったら好きなモノ1年分やるゾー!」


「!!!い、イチネンブン!

ウォオオーーー!!!!!!」


「おおーっと!ここで にしの選手!気合いが入ったもようです!

逆転できるのでしょうか!解説のプラジさん!」


「わっかりませんねぇ~……。」


「ありがとうございます!」


しかし、順調に弟子ゴブリンが相手を押し切り、勝利となる。


「おお!やった!」


「「うおおおおー!!」」


「勝負ありました!第一試合ひがしの勝利です!

順調な滑り出しですねえ」


「いやあ、わかりません。」


選手が退場していく。


「イヤァ、順調ダッタナ!」


「安心シテ 見られル試合ダッタ!」


「何故、アンナ ヤツが予選を勝チ抜いタノカ……。」


「ソシテ、何故オレタチは アイツを応援してイタノカ……。」



「師匠ー!」


奥から駆け寄ってくる。

アルドは弟子ゴブリンの勝利に喜ぶ。


「よくやったぞ!」


「自分でも、びっくりゴブ!あんな力が出るなんて!

これも師匠と師匠の師匠 のふたりのおかげゴブ!」


「ハハハ、まだ次があるだろ、油断するなよ!」


「ゴブ!」


「ひゃぁぁあああじめええええいいいぃ!!!!」


「うわ!」


慣れない開始の合図にまたしても驚く。

――2試合目、3試合目と次々始まり、勝敗が決まっていった。


「1戦目、最後の勝負が終わりました!

予選を勝ち進んだ8人もの戦士!本戦では更にアツい闘いを繰り広げております!

目的は、そう! みんな……プリンセスと結婚するため!」


「「うぉーーー!!!」」


「敗者に、盛大な拍手を!」


――パチパチと弾ける音が鳴った。


「へぇ、結構ちゃんとした大会なんだな。」


「当然ゴブ!

みんなゴブリン オブ ゴブリンの資格をもってるゴブ

そこらへんのゴブリンと一緒にしないでもらいたいゴブ。」


「ハ、ハハ……悪かったよ。」


普段一撃で仕留めてしまう相手が、団結し、敗者に賛辞を送る姿に見直すアルド。

弟子ゴブリンは胸を張る。


「続きまして、2戦目を始めたいと思います!選手は準備を!!」


「行ってくるゴブ!」


「頑張れよ!」


また2体のゴブリンが対峙し、実況が場を盛り上げる。


「ひがし!先ほどの闘いでは、実力のすべてを見せていないという噂も…まだまだ未知数です!

対して、にし!本大会 優勝候補!1戦目では一撃で決めて見せました!

しかしこの勝負、どちらに軍配が上がるのでしょうか 解説のプラジさん?」


「いやあ、さっぱりわかりません。」


「ありがとうございます。

そうですねえ、優勝候補と言えども、相手はあの未知数ですからねえ。」


にしのゴブリンが口を切る。


「……さっきの闘い、見ていたゾ。」


「オイラもオマエの闘い、見てたゴブ。」


「ユダンはしない。」


「最初から、全力でいくゴブ。」


「それでは、両者見合って……

ふぁぁああぅあうぅじめええええええいいいいいっ!!!!!!」


「あの合図、どうにかなんないのか……。」


猛烈な勢いで互いに殴り合う。

両者ともガードを捨てている。


「ウオォオ!!」


「ゴブ…ブ!」


「な、何ということでしょう……!お互いに一歩もゆずりません!」


「「おおおー!!!!!」」


「あのゴブリン…つ、強い!!

けど、アイツも負けず劣らず……修行を思い出せー!」


「すごいナ!」


「な、なんだこの闘いハ!」


「目が離せないゾ。」


「かなり実力が拮抗している様子ですねえ!

皆さん、集中して見ております。

一体いつまで続くのでしょうか……解説のプラジさんはどう思われますか?」


「いやあ……これは、わかりませんねえ。」


しばらく殴りあった後、試合が動く。


「ゴブっ……!」


「ああっと、クリティカルヒットーー!

遂に決着かー!?」


「ッハァ……ハァ…オワリダ!」


「っく!立つんだ!!立ってくれーー!!」


ゆがめた顔で応援するアルド。

弟子ゴブリンは飛ばされていた。

そしてまさに、最後の一撃が繰り出されようとしている。

観客は皆、固唾を呑んで見ている。


「思い出せ!なんのためにここまで頑張ってきたんだ!」


弟子ゴブリンは、なんとか気を保っていた。

姫ゴブリンが目に映る。


「プリン…セス……。」


――思いかえしていた。

村長との辛い訓練の日々を。

何度もなめた、バルオキーの土を。

挫けた時、アルドに言われた言葉を。


―「…なあ、大会にどうして出たかったんだ?」


「もう、忘れないゴブ……!

でやあああああ!!!」


「な、ナニ!?

ぐはああぁぁ……!」


立ち上がり、トドメを刺そうと飛びかかる相手にカウンターを当てる。

それは、無防備な相手にとって致命的な一撃だった。

相手は倒れ、辺りがシーンと静寂につつまれ、またたく間に会場が沸いた。



「「うおおおおおーーーーーー!!!!!」」


静かに見ていた姫ゴブリンも、高揚している。


「こっ!これは!!最後の最後に、大 逆転勝利です!

あの態勢からの反撃が決定打となりました!」


疲労困憊のゴブリンに駆け寄るアルド。

負けた方は運ばれていった。


「大丈夫か!」


「へへ……し、師匠…やったゴブよ!」


「ああ、良くやったよ!

少し休もう。」


「なんということでしょうか!優勝候補が負けました!

この武闘会、分からなくなってきましたねえ!」


「ええ、わかりません。」


「それでは、興奮冷めやらぬまま、次の試合に参りたいと思います!

出場選手は準備をお願いします!!」


試合会場は熱気に包まれ、ゴブリン達は更に盛り上がる。

着々と次の試合への段取りが進む中、どこからともなく、姫ゴブリンが歩いてくる。


「先程の闘い、見事でしタ。」


「ん?」


「プ、プリンセス……。」


「あ、プリンセスか……。

(ダメだ、見極められない……。)」


「決勝、期待していますヨ。」


そう言い残し、去っていく。


「だってさ、良かったな!」


「……ゴブーン。」


「あれ?おい!しっかりしろ!おい!?」


ゴブリンは気を失っている。

―幸せそうな顔で。


「誰かー!ちょっと来てくれ!!」


どこからともなく、2体のプラームゴブリンがやって来る。


「ハイ、救護班です。」


「あ、ああ、コイツ気を失っちゃったみたいなんだけど……。」


「では救護室へ運びましょう!」


「よろしく頼む!」


運ばれていくゴブリン。



「はじめ!」


「……あれ!?普通だ!今普通だったぞ!」


「押セー!」


「いけいケー!」


「そうだ、次の試合の為に俺が見ておかないと!」


辺りは熱狂するゴブリンで溢れかえっている。


「ちょ、ちょっといいか?」


「ウオオー!根性見せヤガレー!」


「うわ!……っく、他の場所から行こう」


数歩ずれた場所から再度試みる。


「ちょっといいか?」


「バッカヤロォー!そこハ、コウ!こうシテ!コウだロー!!」


「うわ!?……この辺は 過激なゴブリンが多いな……。

このままだと試合を見逃し――」


「「うおぉおーーーーー!!!」」


「決着ゥーーーーー!」


「もう決まったのか!?

マズいな……決勝戦に向けて実力を見ておきたかったんだけど。」


「またしても無傷で勝利!強すぎる!

決勝戦では実力の全てを出せるのでしょうか…!」


「わかりません……!」



「アァー……ヤッパリ勝てないカ。」


「ヤハリ強いナ……。」


「予選でハ目立たなカッタガ どうやら相当ノ腕前のようダ。」


「なぁ、ちょっと良いか?

今勝ったゴブリンってどれくらい強いんだ?」


「ン?ソウダナ……

一部のゴブリンの間デハ 優勝候補より強いんじゃナイカッテ 言われてるくらいダ」


「そ、そんなにか!?」


「かく言うオレも、優勝候補よりも強いんじゃナイカ ト思ってイル。

きっと、今まで 実力を隠しナガラ闘ってイタに違いナイ!」


「えー、決勝戦は 更に奥で開催されます!

皆さま、是非おこしください!」


「見逃せない闘いダ!」


「行かない手はないナ!」


「決勝戦は会場が変わるのか。」


ぞろぞろと会場へ向かうゴブリンに続くアルド。


いよいよ最終局面を迎える武闘会。

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