第5話・青紫の心
「真菜子、禍々しい希薄な存在たちを見たら、あなたはそれを消さなければならない。それがウチの家系の女のお役目なの。分かる?」
「私にもあなたにもその力がある。同情や恐れは必要ない。ただ消浄を唱えて消せばいい。」
幼いころから何度も聞かされてきた母の言葉が思い出された。しかし真菜子はいつも消浄を最後まで唱えることが出来なかった。
…どうしてこの希薄さんはここにいるんだろう
…どんな死に方をしたのかな。
…消えたらどうなるの?
そんな思いが沸き起こり、最後まで消浄を唱えることが出来ない。そのため命の危険にさらされたこともある。
今も真菜子は目の前の少女の霊に同情し、消浄を最後まで唱えられなかった。
…私とおんなじ髪型だ…お母さんに結ってもらったのかな?
真菜子は少女の霊の人らしさに心を向けていた。
「かあえぇぇぇるぅぅぅ」
「つれてぇぇぇてえぇぇぇぇ」
半端に唱えた消浄の力で、少女の霊は真菜子に憑依できずにいた。
しかし、少女の念は徐々に真菜子の領域を犯しつつあった。
感情を司る霊的な身体である真菜子のアストラル体へ、少女の念が入り混じりつつあった。
アストラル体は肉体と重なるように存在している。美しい青紫色をした真菜子のアストラル体の首のあたりに、少女の霊の灰色のどす黒い念が侵食してきた。
強烈なダルさと苦しみの念が真菜子の心を支配しようとする。
それでも真菜子は目の前の少女の霊に攻撃的な意識を持てなかった。
それは真菜子の弱さではなく、彼女のもつ彼女自身も気づいていない、他者を慈しむ優しさだった。
…記憶が流れ込んできた。
少女は孤独だった。断片的に流れ込んでくる彼女の記憶からは、楽しさや笑顔、喜びといったものが感じられなかった。
病なのか、虐待といわれるものなのか、はっきりとした理由は分からなかったが、強い孤独感を抱えたまま彼女は逝っていた。
死後も誰にも気づかれることなく、あの通学路に独り佇んでいたのだった。あの場所にどんな因縁があるのかまでは分からなかった。
…私にはこの子が見えていたのに無視してた。
…この子が私に気づいていたのを知っていた。でも無視してた。
真菜子は深い同情心と後悔の念を抱き、一切それを隠さない眼差しで少女の霊をまっすぐに見つめた。
ポッカリと空いたまっ黒で虚ろなな空洞を、憐れみと慈しみに満ちた瞳で見つめながら真菜子は言った。
「…ごめんね。」
そのひと言と共に真菜子のアストラル体は一層眩い光を放ち、一瞬で少女の霊の念も、記憶も何もかもをその光で包み込んだ。
…光が和らぐと、真菜子は自分の視界がぼやけるのを感じた。
涙が真菜子の視界を曇らせていた。
少女の霊の顔の空洞からも、涙がとめどなく流れ落ちていた。眼球もないのに彼女は泣いた。
二人の少女は異界の地でシクシクといつまでも泣いていた。
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