第4話・押し寄せるもの

 真菜子がそちらを振り返ると、が空間の裂け目からこちらを覗いていた。濡れた長い黒髪の間から、真っ白な顔と目のない黒い空洞が見える。見えないはずなのに、彼女は真菜子のほうを向くと動きを止めた。元々の住人なのか、真菜子と同じく迷い込んだのかは分からない。


「いぐねえ、いぐねえようう」


 猫が両手(脚)をパタパタとさせながら何事かわめいている。ちょっと何を言っているか分からなかったが、十分焦りは伝わった。サッサと逃げればいいのに、と真菜子は思ったが、猫は動揺しながらも塀の上から動かない。


「わぁたあしぃぃかえるぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 は不協和音のようなくぐもった声を上げた。そして首を深く右側に傾けながら両手を前に突き出し、真菜子のほうへ左右に揺れながら近づいてくる。

 こちらの世界のほうがのか、体が透けていない。小さな赤い靴を履いている。状況的にかなりヤバいはずなのに、真菜子の思考は


 あの靴可愛い


 と呑気なことを考えた。は歩いているのに砂利を踏む音がしない。しかし、確実に真菜子と猫の元へ近づいてくる。


「ニャアアアアア」


 とうとう人手猫は猫本来の鳴き方で大きく鳴いた。

 の湿り気を帯びた真っ白い両手が真菜子を捕らえようとする直前、真菜子は小声で何事かを呟いた。すると女の子の動きがぴたりと止まった。

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